第十三話 宵烏
第十三話 宵烏
草木も寝静まる深夜。
黒に限りなく近い薄墨色の衣の影が、夜の闇に紛れる。
影の正体は、獣ではなく四人の人間。
体つきからして男、それも身のこなしから見るにきちんと訓練された動きだ。
場所は人里離れた森の中、焚火を囲む一団は、闇に紛れて近づく影に気づかない。
一瞬の出来事だった。
――――火が消える。
何かが宙に飛ぶ。
首。
草木に飛沫が飛ぶ。
血。
その一瞬で、その場にいたはずの生ける生物の数が減った。
「”伯飛様”、これはどういたしますか?」
これとは先ほど屠った死体だ。
まだ皮膚も血も温かい。
「持って帰る。できるだけ腐らないように、冷暗所に保管しておけ」
死体を保管しろ、伯飛と呼ばれた男は平然とそう答えた。
いかに冷涼な北の地と言えど、そろそろ生ものが腐りやすい季節だ。
管理をしっかりせねばすぐ悪くなってしまう。
この死体には、まだ使い道がある。
(出来れば数日内に片が付いてくれればいいのだがなあ……)
腐った死体を処分する羽目になるのは御免被ると、伯飛は思った。
*
早朝。
季翠は目が冴え、いつもより一刻も早く目が覚めてしまった。
侍女が用意するよりもはるかに早く目が覚めてしまったため、顔を洗うために井戸まで来たのだが。
どうやら一足先に先客がいたようだ。
「――――四狛殿」
「姫様」
「随分とお早いのですね」
「ちょいと汗を流してましてね」
鍛錬か。
四狛は上半身をはだけて頭から水を被っている。
もうすぐ夏がくるとは言え、寒くないのか。
「鍛錬ですか。一度手合わせ願いたいものです」
「姫様とですか?」
「やはり相手不足ですか」
「いやあ、なんつーか、護衛する相手に刃を向けるってーのはどうも」
苦笑して四狛は頬を掻く。
なるほどそういうものか。
「俺はやっぱり葵将軍と手合わせ願いたいですね。あの副官殿も相当な手練れのようでしたし」
葵戰毅か。
確かに帝国一の槍使いの腕前、間近で見たい気はする。
「その時はぜひ見物させてもらいたいです」
「俺に賭けてくださいね」
賭けか、それも面白そうだ。
二人軽口を叩き合っていると。
「……何か騒がしいですね」
時刻は早朝。
葵戰毅のお膝元には、朝っぱらから城で騒ぐような無作法な者はいないはずだが。
「城門の方のようです」
季翠と四狛は騒ぎの場に行くことにした。
しかしその前に。
とりあえず。
「服を着てください」
「あ……」
「なん……ですか、これは」
城門の外には大勢の民が押しかけていた。
「将軍‼一体どういうことですか‼」
「我々は貴方様を信じていたのに……‼」
「私たちの娘は異民族に攫われた‼」
「俺の嫁と息子もだ‼」
皆口々に叫ぶ。
季翠は民衆の中に、玄家に行った帰りに遭遇した村の青年を見つける。
婚姻したばかりの妻を奪われ、泣き叫んでいたあの青年だ。
「――俺の妻を返してくれ‼」
「……っ一体何が」
彼らは葵戰毅の潔白を信じていたはず。
それがこんな風に変貌するなど只事ではない。
季翠は民衆の勢いに飲まれ立ち尽くしている門兵に詰め寄る。
「こっ皇女殿下っ!」
「一体何があったのですかっ」
「そ、それが……」
門兵が言うにはこうだ。
今朝未明。
北陵の街の入り口で、とある死体が発見された。
北方異民族の衣装を纏った、首から上が無い死体。
状態からして、死亡から然程時間も経っていない真新しい死体。
そこまではいい。
問題はその持ち物だ。
「その死体は、通行証と……玄武将軍の印が入った書状を、持っていたと……」
書状自体は、血で濡れて署名以外判読できなかったとのことだが、通行証を持った異民族が玄武将軍の印が入った書状を所持していた時点で、
民にはそれがすべてだ。
(最悪の事態が起こってしまった……)
季翠は怒りに包まれた民衆を前に、立ち尽くすことしかできなかった。




