第十二話 幕間
「――――情報を整理しましょう」
玄家から戻った季翠は、蒼鈴と英起も交え話し合うことにした。
一通り話し終えると、蒼鈴がキョトンとした顔で言う。
「普通に考えて、その玄伯黎という人が犯人ではないの?」
「普通に考えて、ですか?」
「ええ。
玄公子は、当主になりたいのでしょう?」
玄伯黎が当主の地位欲しさにしたことだと……。
「そうですが……、
ただ当主になりたいだけならこんなことをするでしょうか?
わざわざ危険を犯してまで異民族と繋がるなど……」
聞いた限りでもこの目で見た限りでも、玄伯黎が当主になるのに障害はなさそうであった。
民の支持は得られていないようであったが、そんなもの権力者には関係がない。
父親である先の当主が死ねば、自然と彼に家督が移ったはずだ。
むしろ通行証を異民族に与えて事をややこしくするなど、悪手も悪手だ。
……待て。
季翠の中に一つの可能性が浮かぶ。
「――――玄武将軍」
「玄伯黎の狙いが、玄当主の地位だけでなく、将軍の地位だったとしたら……?
あの人は葵将軍に疑いを向けさせるような言い方をした……」
仮にこの仮説が正しいなら、玄伯黎の狙いはこうだ。
異民族に通行証を与え、北の地で奴隷狩りの騒動を起こす。
玄伯黎が異民族と共犯であるならば、黒幕を葵戰毅に擦り付け、この騒動の収束にて民の支持を得るつもりであろう。
……まるで二十年前の葵戰毅の英雄譚をなぞる様にして。
「逆に、葵将軍が玄家に罪を擦り付けようとしているのでは?
恩人であったという先の当主が亡くなった今、将軍は玄家に義理立てする必要はありませんからね」
英起は来た当初と打って変わって、葵家に良い印象がなくなったようで穿った見解を述べる。
「葵将軍が民を傷つけるようなことをなさるとは思えないわ!」
「姫様、葵将軍は帝国の人間ではないとお話したはずです」
戰毅に憧れている蒼鈴が非難の声を上げるが、なぜかもう一人反論の声を上げる人物がいる。
「そうだ!言うに事欠いて親父を愚弄する気か!」
…………。
「……何で貴方がここにいるんですか」
思わず季翠はそう言う。
自分たちが茶を囲む卓に、なぜか当然のようにもう一席設けられている。
「葵公子は御父君と仲が良ろしくないとお聞きしましたが?」
「な……誰がそんなことを言っている⁉」
おめーの態度だよ。
「……動機は無いわけでもなさそうですしねえ」
それまで黙って考え込んでいた様子の四狛が口を挟む。
「葵の若君、玉翡殿に皇子妃の話がきているとは本当ですか?」
「少なくとも俺は聞いていない。しかし皇子妃選定の話は貴殿らも知っているだろう。
力のある家の娘に入内の話がくるのは可笑しなことではない」
確かにその通りだ。
季翠たちが知らないだけで、東や南の将軍家にも入内の話がきているのだろう。
しかし正直手詰まりだ。
戰毅に直接話を聞ければいいのだが、初日の邂逅依頼一度も謁見できていない。
おまけに今は城すら不在にしているとか。
「……兄上はまだ来られないのでしょうか」
零す季翠に蒼鈴も困ったように頬に手を当てる。
「そうねぇ。
……皇子殿下の御立場は難しいとお聞きするし、政務の調整に手間取っていらっしゃるとかかしら……」
季翠は蒼鈴を凝視する。
「――――立場が難しい?」
一体何のことだ。
「え?」
「従姉上、兄上の立場が難しいとは、一体……」
季翠にとって蒼鈴の今の言葉は寝耳に水だ。
鶯俊の立場が難しいとはどういう意味なのか。
「……季翠ちゃんは知らなかったのね。
わたくしが話していいものなのかしら……」
「従姉上」
季翠の懇願する目に、蒼鈴はおずおずと話し出す。
皇子・鶯俊が帝都に戻って五年経つが、実際のところ彼は今だ、皇帝の世子としての地位を明確に確立できていない。
皇太子に立てられていないのがその証だ。
皇帝に伴い西の戦地に幾度か赴き、帝都民の間にはまことしやかにその武勇が伝えられるが、今だ目覚ましい功績はあげていないのだという。
賢帝と名高い緑龍帝の臣下には、当然その主君に見合う有能な官吏、武人たちが揃っている。
代表的なのは東西南北を任せられている四人の将軍たち。
そして皇帝を守る、帝都の守護者たる近衛将軍。
文官には、平民から文官最上位の地位に登った宰相、皇家の縁戚にあたる名門貴族当主の副宰相、そして蒼鈴の父たる皇太弟。
只人では、皇帝にはなれない――――。
たとえ偉大な皇帝の血を引いていたとしても、それだけでは永く国に仕えてきた猛者たちの支持は得られない。
「それに……」
「それに?」
「っ……何でもないわ!
……後宮は、口さがない噂ばかり出回るものだから」
何かを言いかけた蒼鈴は慌てて口を噤み、それ以降この話はしなかった。
――――時を同じくして、西の地にて。
天幕でくつろぐ貴人と、傍らに控える武人――――伯虎雄だ。
「あれは?」
「今しがた、側近数名と共に北に向かいました」
虎雄は深々と溜息を吐いて、理解できないとばかりに不満気な目を向ける。
「まったく……職権乱用も甚だしい。
なぜお許しになるのですか」
「お前とて強く止めなかっただろう」
「……"陛下"はあれに甘い」
「お前もな」
陛下と呼ばれた男は笑う。
――――その横顔は、季翠にとてもよく似たものであった。




