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大影帝国記【完結!】  作者: aberia
第二章 北の大地編 
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第十話 玄 伯黎(げん はくれい)

第十話 げん 伯黎はくれい


 明くる日、季翠と四狛は二騎で玄家の邸へと赴いた。

 懐に例の手紙を携えて。

 


 流石は北の大貴族の本邸。

 四家の中で唯一居城を持たぬ家だが、その分邸が実に立派だ。

 私兵も多く抱えているようで、邸の周辺のそこかしこに警備の兵がいる。

 


 堅牢な門には見事な玄武の紋章。



 二人がその前に降り立った瞬間に、邸の門が開かれる。

 無言で顔を見合わせる。

 門兵たちが持っていた槍を邸内に向け、入るように指し示してくるのを見るに、なるほど季翠たちを待っていたのか。



 開けた門の内側には、これまた案内役の甲冑姿の兵。



「随分と物々しいですね……」

 後ろに続く四狛が小さく囁く。



 ――確かに。

 


 有事でもないのにこの厳重体制。

 異民族の脅威に常に晒されている土地柄としても、些か度が過ぎているようにも思える。

 現に玄武城にはここまでの物々しさはなかった。

 


 主の違いか。

とはいえこの邸は常からこのようだと言われれば、それまでだが。

 


 邸に入ってからかなり奥まで通され、やっと着いた奥まった豪華な扉の部屋。

 その中で悠々と椅子に腰掛ける男が一人。



「ようこそ玄家へ」

「歓迎いたそう。みどりの名を持つ末の皇女殿下よ」

この男が……。




 ここからは季翠の主観だが。




 玄伯黎という男は、富と傲慢と、唯我独尊を体現したかのような人物であった。

贅を凝らした衣に品の良い装飾品、一度も泥や血で汚れたことなどないのではないかというほど光り輝く鎧。

 下品に見えないのは、趣味が良いからなのか。

 命令することに慣れた身分の高い者特有の口調、野心に溢れた目。



 檻で育てられた猛獣――――という言葉が季翠の頭に浮かんだ。

 ほんの少しだけだが、虎雄に似ている。

 だからだろうか、あまり好きではないと直感で感じた。



西()()()から遠路遥々良く参られた。伯大将軍は御健勝で?」

「……恙無く」

「俺は玄家当主が嫡男、玄 伯黎(げん はくれい)と言う。お初にお目にかかる、二の皇女」

「第二皇女季翠と申します」



異母妹(いもうと)の招待を受けてくれたようで安心した」

「こんな回りくどいやり方をなさらずとも、その内伺いましたが」

「俺が待ちきれなかったのだ」



 伯黎が椅子から立ち上がる。



「先の当主である父が死んでから、我が玄家はもちろんのこと北の地はざわついている。我が家は早急に次の主を決めなければならない。そのために、皇宮の使者には早く我が家に来て俺の当主就任の見届け人となって欲しかったのだ」

「……貴方が次の当主に?」



 話には聞いていたが、まるでもう自分が当主になることが決定しているかのような口振りだ。



「我が家に俺以上の当主候補はいない。すぐ下の弟たちは端から当主になる気はないし、俺には幼い兄弟姉妹が多くてな。まったく親父殿にも困ったものだ」

 肩を竦めておどけてみせる伯黎に、季翠はおもむろに懐からある物を取り出し眼前に突き出す。



 この男の当主就任を認める前に、明らかにしなければならないことがある。



「玄の若君、これに見覚えはありませんか?」

「……それは?」

 


 後ろで四狛が軽く身を乗り出したのが感じられた。

まさか季翠がこの場でこれを出すとは思わなかったのだろう。



例の亀が刻まれた木製の装飾品だ。



「北陵に来る道中、北方異民族と見受けられる集団と()()()()際、彼らの一人が落としていった物です。玄武城で確認したところ、これは北での通行許可証だそうですね。そしてこれを発行できるのは、玄武城城主か、玄当主のみだと」



 顔色一つ変えない伯黎の表情の変化を見逃さないように注視しつつ、季翠は話を続ける。



「……私が考えた仮説はこうです。一つは偶々通行証を持っていた異民族と、偶々会ったのが我々だった。もう一つは、」

「もう一つは?」



「――――何者かが通行証を異民族に与え、我々に接触するように指示を出した」

 部屋の空気が張り詰める。



「……なるほど。では仮にその仮説が正しいとして、動機は?少なくとも俺にはない」

「そうでしょうか。貴方は私が来さえしなければ、事実上玄家の当主になったも同然です」

 


 承認する皇族が来なければ、当主不在の期間短縮とでもどうとでも理由をつけて玄家の独断で決めることができるはずだ。



「そんなもの皇女が来たとしても同じことだ。皇女が来ずともその後皇太子が来るのだからな」

 確かにそうだ。

 季翠はあくまで前座に過ぎない。



「……」

「皇女は知らないのだな」



「葵将軍は随分前から姫君を"()()()妃"として入内させるように、中央から圧力を受けている。そしてそれを将軍は拒んでいるとも」

「将軍がそれを異民族に渡し、皇女らを()()()()()……とは考えられないか?」



「葵将軍は元々大影の人間ではない。恩人である俺の父亡き後、帝国に対する義理などなくなったも同然だろう」

 ……玉翡の入内。先代当主が葵戰毅の恩人。



「……」

「それとも、やはり皇女は俺を御疑いか?」

 答えない季翠に、伯黎は芝居がかった仕草で続ける。



「亡き我が父は畏れ多くも皇帝陛下と友誼を交わした仲。その息子たる俺が、尊いみどりの血筋の御仁に危害を加えようなど考えようはずがない」



 伯黎の言葉に今のところ矛盾はない。だが……。



「……現時点では貴方は信用ができない」

「つまり真相が分からない限り、俺を玄家当主として認めることもできないと?」

「……」

 無言は肯定だ。



「失礼を承知で申し上げますが、今回の件の真相を解明するまで、当主決定は保留にさせていただきます。このことは、鶯俊殿下にも報告させていただきます」

「好きになさるがいい」



「……噂通り、一筋縄ではいかない御仁のようですね」

「ええ。……それよりも姫様に対してなんつー失礼な口をきくんだが」



 何度張った押してやろうかと思ったかとぼやく四狛に、確かにと季翠も内心同意する。



 明らかにこちらを下に見ていた。

季翠のことも、恐らく鶯俊のことも。

 あんなのが未来の義兄になるなんてぞっとしない。

 あのふてぶてしい態度、誰かさんそっくりで笑えないし。



 しかし彼との話で、季翠が知り得ない話も出てきた。

それにしても……。



「……なぜ私たちが彼らに襲われたのだと、分かったのでしょうね」

 四狛がはっとする。

 


 そう。

 季翠は「出会った」と言った。

 一言も襲撃を受けたなどとは口にしていない。

 仮に玄伯黎が直接的に関与していないとしても、何かしら知っていることは確かだろう。

 


 あと、気になったのは。

 伯黎の口ぶりからして、彼は季翠が持ってきた縁談の相手が玉翡だと思っていた。



 実際には戰華への縁談なのに。

 そもそも彼はその話をどこで聞いたのか。

 


 それに……。

(兄上はまだ皇太子ではない。それなのにあの人は皇太子妃と言った……)

 今回の自分が受けた(めい)

 一体誰が指示したものだ――――。


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