第八話 玄家の兄妹
第八話 玄家の兄妹
北部最大都市・北陵に到着して数日。
戰華との見合いからふさぎ込む蒼鈴を元気づけようと、一行は北陵の街へと出かけていた。
「ほら、見てください従姉上。見たことのない物がたくさんありますよ」
「そうね……」
「何でしょうかっ?お菓子もたくさんですね。甘くて美味しそうな匂いがたくさんして……」
「そうね……」
「……」
従姉上、さっきから「そうね」しか言っていません――なんてことを口走りそうになった季翠は慌てて口を噤む。
戰華との最悪の初対面から数日、蒼鈴はずっとこんな感じであった。
暗い雰囲気が漂う中、控えめな声が掛けられる。
「お兄様が失礼をしたようで……本当に申し訳ありません……」
玉翡だ。
少しでも蒼鈴の気分が晴れればと、季翠が彼女も街歩きに誘ったのだ。
彼女もまた城の外に出たことがあまりないらしく、快く誘いを受けてくれた。
しかし、自身の兄のせいで傷ついている蒼鈴の姿に、返って居心地の悪さを感じさせてしまったかもしれない。
「玉翡殿が気にされることでは……」
「そうよ!悪いのはあの男だわ!」
申し訳なさそうに縮こまる玉翡に、季翠と蒼鈴は揃って否定の言葉を返す。
「何だかムカついてきたわ!何でわたくしがこんなに気分を沈めていないといけないわけっ?わたくしが気鬱になっていたここ数日、きっとあの男はこの前のことなんてすっかり忘れているに決まっているわ‼」
「あ、従姉上っ」
季翠は急いで蒼鈴に待ったをかける。
ここで止めなければ、止まらない戰華への罵詈雑言を玉翡に聞かせることになる。
「あ……そ、そうよね。玉翡ちゃんのお兄様だったわね」
「いいえ、兄は蒼鈴姫様に大変な失礼をしたのです。そのように仰られても仕方ありません。お兄様は……私には優しいお兄様なのですが、少し乱暴で身内以外に排他的なところがあって……本当に申し訳ありません」
「……何でこんなに良い子の妹さんがいるのに、あの男はああなのかしら」
「さ、さあ従姉上、せっかく城下に降りてきたのです。楽しみましょう?」
「分かっているわ!」
気を取り直して、一行は街を進んでいった。
そこからは楽しいものだった。
屋台を好きに冷やかし、時には皆で出店の食べ物を買い食いし、途中蒼鈴が迷子になりかけたり、四狛が美女に鼻の下を伸ばして高い装飾品を買わされそうになったりなどの出来事は起こったが、おおむね平和に一行は街歩きをしていた。
事態が変わったのは、城下の一番の大通りに出た時だった。
人通りが先ほどまでとは比べ物にならないほど増え、季翠たちは可能な限り固まって動いていたが、目が不自由な玉翡は他の通行人とぶつかってしまう。
「あ……! 「おっと、」」
「失礼。御怪我はありませんか?お嬢さん」
ぐらりと体制を崩した玉翡に季翠は慌てて駆け寄るが、その前に誰かが支える。
背が高い青年だった。
人ごみの中でも頭一つ抜きでており、纏う雰囲気も周りの人間とは異なるような。
青年は丁寧に玉翡の体を立て直させると、並みの女ならぽっとなりそうな爽やかな笑顔を彼女に向ける。
「――ありがとうございます」
玉翡もまた青年に微笑み返すが、彼女の目は彼の胸あたりに視線が止まっていた。
そのことに彼も気づいたのか。
「貴女は……」
「――――見つけたぞ‼」
その場に突如怒声が響き渡る。
季翠ははっと我に返り、玉翡の傍に走る。
瞬く間にその場が騒然となる。
乱入してきたのは五人ほどの男たちだ。
全員手に剣や棒などを携え、見るからに荒くれ者と言った風貌だ。
「このクソ餓鬼が‼手間取らせやがって‼女連れとは良い度胸してんじゃねえか‼」
「やれやれ……飛んだ言いがかりだ」
顔を怒りで赤くし青筋を立てた、恐らく男たちの頭と思われる男が青年に怒鳴り散らす。
青年は肩を竦めているが、飛んだ言いがかりとはこちらの言葉だと季翠は思った。
「おいおい、何の騒ぎだい」
「玄の三男坊だよ。また、他所の女房に手を出したらしい」
ひそひそと通行人が話すのが聞こえた。
どうやら、この真ん中にいる一番騒いでいる男の妻に、この青年が手を出したらしい。
盗み聞きをするに、噂の玄家の三男坊……なるほど、亡くなった先の玄当主もかなりの艶福家だったそうだが、きちんとその血は受け継がれているらしい。
「へえ……若いのになかなかやるねぇ」
「人妻とはまた」
後ろでひそひそ言い合う男二人を、季翠は思わず振り返って睨みつける。
途端、四狛と英起は素知らぬ顔で明後日の方向を見る。
市場には、いつの間には季翠たちを遠巻きにした人だかりが出来ていた。
「うちの女房に手ぇ出しやがって‼」
「そっちも言いがかりだ、私は何もしていないよ。ただ、女人から誘われたら、断れないだろう……?」
青年の流し目に、人だかりから感嘆の悲鳴が上がる。
……女の。
なるほど、この青年見た目が良い。
色白できめの細かい肌に、高く通った鼻梁、品のある切れ長の目。
北の優男と言ったところか。
妻を寝取られたほうからしてみれば、存在だけで腹が立ちそうだ。
案の状、挑発により火に油を注がれた男が彼に飛び掛かるが、なんとそこに玉翡が割り込む。
『‼』
「私は目が見えません」
「あぁ⁉」
「ですので、貴方がたが向ける、人を傷つけるという武器の恐ろしさも見えません」
「玉翡殿……っ」
季翠は慌てて彼女を下がらせようとするが、玉翡は足を踏ん張り動かない。
「ここは我が義父、葵戰毅が治める玄武城下です。ここを危険に晒す行いは謹んでください」
「小娘が‼目くらだからって調子に乗りやがって‼」
男が剣を持った腕を、今度は彼女に向って振り上げる。
「……っ」
致し方ない、殺すか。
正当防衛だ。
――――季翠が剣に手をかけた時。
「私にならともかく、女人に手をあげるのは感心しないな」
青年が季翠の前に立ちはだかり、男の腕を掴み上げる。
「玄家の若造がぁっ‼」
そこからはまるで劇でも見ているようだった。
まるで舞を踊るかのように見事な動きで男たちをさばいていく。
ものの数分で地面に伏されたのは男たちの方だった。
「ほお……お見事」
感心した様子を見せる四狛と英起に対して、季翠は青年の気障な言葉に半目である。
そもそも発端はこの青年だ。
縛り上げた男たちを駆けつけてきた城下兵に押し付けると、青年は輝く笑顔で玉翡の傍に寄って来た。
「先程男たちを諭した貴女の姿は、実に気高く美しかった。どうかお礼を……「あの、この方から離れていただけますか」」
玉翡の手を取り、手慣れた風に口説き始めようとする青年と彼女の間に、季翠は無理やり割って入る。
「妹さんかな?姉君と一緒にお茶でもどうだろう?」
「いいえ、あいにくとお嬢様の護衛です。護衛として、得体の知れぬ方をお嬢様に近づけるわけにはいきません」
後ろでは蒼鈴が、ゴシゴシと手巾で玉翡の手を執拗に拭っている。
最早ばい菌扱いだ。
食い下がる青年に辟易する季翠たちの傍に、新たな人物が寄ってくる。
「――また女人を口説いているの?三兄様」
今度は誰だと疲れながら振り返った季翠の前に現れたのは、一人の娘であった。
歳の頃は蒼鈴と同じくらいか。
ぱっちりとした目に小作りの鼻と唇、豊満な女人らしい体つきの、碧麗ほどではないが、かなりの美女だ。
はきはきとした口調、姿勢の良い立ち姿に、闊達で自信に溢れた印象を受ける。
「またとは酷いな。思黎」
思黎と呼ばれた娘はずんずんと季翠たちの所に近づいてくると、優雅に礼をとる。
名家の娘らしい洗練された仕草だ。
「愚兄が失礼を。玄武将軍・葵将軍の御息女一行とお見受けいたします」
「……貴女は、玄の姫君で」
「お察しのとおりです。先の玄当主が十一の娘、玄 思黎と申します。そしてこちらが我が兄、玄家三男の玄 叔黎です」
結局青年――玄叔黎――の口車に乗せられ、共に街を見ることになった。
彼は今玉翡と蒼鈴の傍に居る。
女人に好かれる甘い容姿に言葉、女慣れもしているのだろう。
純粋な玉翡はもちろん、警戒していたはずの蒼鈴も叔黎の気の利く言動にすっかり心を許しているようだった。
「……」
「――まだ御不安でいらっしゃる?」
少し距離を置いて玉翡たちの後ろを歩く季翠に、思黎が傍に寄って来る。
「玄の姫」
「玄の姫だなんて、仰々しいわ。思黎と呼んでください」
「……では、思黎殿」
「貴女の御名前もぜひお聞きしたいわ」
「……ただの護衛です。名乗るほどの者では」
「本当にそうかしら?」
この姫……――――。
含みのある思黎の言葉に、季翠は目を細める。
――――どうにも油断ならぬ。
「……どういう意味でしょうか?質問に質問を返すようで失礼ですが、そちらこそ一体何の用で街に?護衛も連れずに公子公女がお二人だけで」
「兄妹水入らずの外出です。それに私も三兄様も、多少は腕が立ちますから」
「そうですか……」
はてさて、どこまで本当なのか。
「でも、今日は街に出て正解だったわ。素敵な方々と出会えたもの」
三兄様の女人騒動に巻き込まれたのは災難だったけれど……。
そう本気の口調で小さく零した思黎に、季翠は思わずふっと笑いを零してしまう。
どうやら兄君の女癖には彼女も困っているようだ。
「やっと笑ってくださったわ。貴女は笑顔の方が素敵ね」
季翠が表情を緩めたことで思黎も安心したのか、街のことを季翠に案内してくれた。
彼女の話はとても面白く、季翠は警戒しつつも聞きこんでしまった。
*
時刻は夕刻。
一行は玄武城近くに帰還した。
ここで玄兄妹とはお別れだ。
「それでは葵姫、またお会いしましょう」
「ぜひ我が家にもいらしてください。歓迎いたしますわ」
兄に続けて思黎はそう言うと、さりげなく季翠に近づいてきてさっとその袖口に何かを入れ、意味ありげに微笑む。
季翠はそれに対し驚きに目を見張った後、皮肉気に唇を吊り上げる。
なるほど、どうやら彼らの目的はこれらしい。
「……ええ。ぜひ」
*
「今日はいろいろあったけど楽しかったわ!」
「本当ですね」
「姉上の元気が出たようで良かったです」
季翠はふと夕日に目を向ける。
街が橙色に染まる様は見事なものだ。
「……帝都も美しい所でしたが、ここも綺麗な土地ですね」
「帝都の方がもっと綺麗よ。なんて言ったって、国一番の都なんだもの」
なぜか自慢げな蒼鈴に、玉翡が感嘆の声を出す。
「帝都とはそんなに美しい所なのですね。一度行ってみたいです」
「ぜひ。とはいえ私も一度しか帝都は見て回ることができませんでしたし、その時はぜひご一緒させていただきたいです」
「あ、季翠ちゃんずるいわ!わたくしも!」
「ふふふ……」
楽しい会話もそこまで。
城門で待ち受けていた人物に、季翠、四狛、蒼鈴、英起は揃って四者四様に顔を歪ませることになる。ある者は気まずそうに目をそらし、ある者はあちゃーと苦笑いをし、ある者は唇を尖らせ不機嫌に、ある者はうんざした顔を。
「玉翡!!」
「お兄様」
「一体どこに行っていた⁉」
玉翡のお兄様こと、蒼鈴の不機嫌の元凶こと、葵の若君――葵戰華である。
「他所の姫を勝手に連れ回すなど何を考えている‼」
開口一番に怒声を浴びせられ、皆の耳が悲鳴を上げる。
「あの……お兄様、少し声を……」
「うるさいわね!これでも食べて少し黙っていてくださる⁉」
蒼鈴は英起に持たせていた山査子飴をひったくると、戰華の口に突っ込む。
※危険なので真似しないでください
「もがっ!!」
すぐに吐き出し、更なる罵声が飛んでくると皆身構えたが、意外なことに戰華は静かになる。
しばらく不満げに蒼鈴を睨み続けていたが、結局何も言わず無言で城の中に入っていった。
もちろん手には山査子飴を持ったまま。
「……急に静かになったわね」
不気味なものを見る目でそれを見送る蒼鈴に、玉翡が笑って解説する。
「ふふ……お兄様はああ見えて、甘いものがとてもお好きなんです」
「そうなのですか?」
意外だ。
「……何よ。素直なところもあるのね」
「従姉上?」
「な、何でもないわ!」
――――しかし。
袖に入れられた文に手探りで触れる。さて、どうしたものか。
次回予告
北陵の街で出会った玄家の兄妹からの招待を元に、季翠は当主が死んだ玄家に赴くことに――。
第二章 北の大地編
第九話「玄家へ」




