第五話 葵 戰毅(き せんき)
第五話 葵 戰毅
(この人が……)
玄武将軍・葵 戰毅。
大影帝国五本指に入る武人の一人にして、帝国一の槍使いだと聞く。
人物は清廉潔白にして公明正大。
もう四十路になると聞くが、実年齢よりもはるかに若く見える。
傍らに控えている側近の玖狼の年齢は分からないが、少なくとも彼よりは確実に歳下に見える。
涼やかな切れ長の目の、かなりの美丈夫だ。
季翠の横で、蒼鈴がぽっと紅くなっている。
「お父様」
娘の呼びかけに、戰毅はその鋭い眼差しを和らげる。
「小翡、母上を連れて中に戻りなさい。――玖狼」
「はっ」
「お嬢、参りましょう」
主の呼びかけに返事をした玖狼は、そのまま玉翡と女人に付き添い、城内に戻っていく。
「さて……」
それを見送った後、戰毅は鋭い眼差しを戻し、季翠たちへ向き直る。
「改めまして、お初にお目にかかります。玄武城将軍を拝命しております、葵戰毅と申します」
「……第二皇女、季翠と申します。お初にお目にかかります、葵将軍……」
先ほどの一件から、どうしても気まずい挨拶になってしまう。
「あの、葵将軍、奥方は……」
「久方ぶりの来客で取り乱したのでしょう。お気になさらず」
にべもない言い方である。それ以上言及することができず、季翠は鶯俊から賜った玉佩と書簡を取り出し、戰毅に示した。
「この度は、皇家の縁談と、玄家のことで参りました」
「聞いております」
「我が家との縁談については、明日にでも息子と顔合わせの場を設けましょう。玄家のことについては……」
「――皇子殿下もこちらにお越しになるとのこと。話は殿下が到着されてからにでも」
「ですが葵将軍、」
「失礼ですが、所用が立て込んでおりまして。どうぞ城内ではご自由にお過ごしください。それでは」
慌てて引き留めようとした季翠だが、戰毅は構わず去って行ってしまう。四人はそのままその場に取り残される。
「……初っ端から失敗しましたね」
四狛がぼそりと呟く。
「……」
「何ですか姫様、そんな目で俺を見て……」
「何でもないです」
「いや、何でもなくないでしょ」
「まあまあ二人共」
無言の言い合いをする季翠と四狛を、蒼鈴がやんわりと仲裁する。
「それにしても、あの方が葵夫人だったのね。季翠ちゃんを見て随分取り乱していらっしゃったけど……お会いしたことがあったの?」
「いえ……」
葵夫人と季翠自身に、直接の面識はない。しかし……。
何となく考え込む季翠に、四狛が良いことを思いついたという風に言う。
「もう顔でも隠したらどうです?仮面とかつけて」
「いえ、そこまでは……」
とはいえ、皇宮でも顔のことで注目を集めたのだ。
本気で考えてみてもいいかもしれないとちらりと思ってしまう。
「でも皇子殿下の側近もつけてたじゃないですか」
「皇子殿下の側近で覆面の方って、もしかして碧明お兄様のことかしら?」
四狛の言葉に、蒼鈴が問いかける。
「え?」
「あの方が、皇太弟殿下のご嫡男なんですか?」
「ええそうよ。わたくしのお兄様にあたる方。最も、碧明お兄様のお母様は、お父様のご正室だったけれど」
そう言うと、蒼鈴は痛ましそうに顔を顰める。
「お兄様は幼い頃に顔に火傷を負われて……それで覆面をつけておられると聞いたことがあるわ」
「そうなのですか……」
「そんな事情がある方がいるのに、私がこんな些細な理由で顔を隠したら失礼ですよね」
「そんなことはないと思うけれど、季翠ちゃんの顔が見えないのはわたくしも寂しいわ」
さあ、お茶にしましょう。と蒼鈴の呼びかけで、四人は室に戻ることにした。
次回予告
第二章 北の大地編
第六話「北の若様」




