第四話 盲目の姫
第四話 盲目の姫
速やかに城内に通された季翠たちだが、どうやら城主である玄武将軍は現在城外に出ているそうで、しばらく待っていてほしいと貴賓室を用意され、そちらに案内された。
あまり室から離れなければ庭などに降りてもらっても構わないと、玄武将軍の側近であるという玖狼は言い残すと、室を後にする。
「流石に疲れたわぁ……」
「そうですね」
蒼鈴はそう零すと、卓に少しだらしなく深く座る。
それを見て英起が咎める目を向けるが何のそのだ。
季翠も苦笑しながら蒼鈴に続いて腰をおろす。
「季翠ちゃん、せっかくなのだしお茶にしましょう」
「そうですね。では誰か人を……」
そう言って侍女を呼ぼうとする季翠を蒼鈴は止める。
「わたくしお茶を淹れるのは得意なのよ。季翠ちゃんにも飲んでほしいわ」
「よろしいのですか?」
「もちろんよ。準備してくるから少し待っていてちょうだい」
蒼鈴は茶器を用意するため、英起を連れて室の外に出ていく。
室に残った季翠と四狛は揃って一息つく。
「途中問題は起こりましたけど、無事に着いてよかったですね」
「はい、本当に」
従姉姫さんに何かあったら、あの従者が何を言ってきたか、と四狛がぼやく。
「……しかし、何者だったんでしょうね。あの賊」
四狛の問いかけに、季翠は懐から例の物を取り出す。
「それ、あいつらが落としていったやつですか?」
「はい」
「亀とはまた……。怪しさ満点な」
顔を顰める四狛に、季翠も頷く。
「言葉を聞く限り、北方異民族の可能性が確実だと思いますが、亀の紋章の物を持っていたというのがひっかかります」
亀は北の紋章だ。
それは北の象徴である神獣・玄武が亀の体と蛇の尾を持つからだ。
この紋章が示すのは、これから会う玄武将軍と……。
「「玄家……」」
二人の声が重なる。
「……何にせよ。葵将軍に確認するしかありませんね」
「そうですね……」
季翠はそれを懐に戻すと、椅子から立ち上がる。
「少し気分転換をしてきます」
*
室は庭に面しており、室内からそのまま降りることができた。
北の春の訪れは遅いと聞いていたが、こちらにも春はやって来ているようで、花々が綺麗に咲き誇っていて、緑も目に鮮やかだ。
しばらくその景色を見てぼぅっとしていた季翠だが、かすかにカサリと音がする。
「誰か居られるのですか……?」
音がした方に顔を向けると、小さな花畑で一人の娘が座り込んでいた。
「どなた?」
両の瞼を閉じた状態でこちらに顔を向ける娘。
もしかして、この人は――――。
季翠は驚かせないようにゆっくり近づき、娘の傍に膝をつくと、声の大きさに気をつけて話しかける。
「突然お声がけをし、申し訳ありません。帝都から参った者で、季翠と申します」
「まあ、帝都から……」
娘は優し気な季翠の声にほっとしたように表情を和らげる。
「私は玉翡です。お初にお目にかかります、季翠様」
娘は目を開き微笑むが、その視線は季翠のものと交わることはなかった。
玉翡と名乗った彼女。
歳の頃は、姉の碧麗と同じくらいか。
大影では珍しい薄茶色の髪に、柔和な顔立ちで、見るものをほっとさせるような不思議な雰囲気を持っている。
「玉翡殿と仰るのですね。しばらくこちらに滞在させていただくので、よろしくお願いいたします」
「本当ですか?お客様は久しぶりですから、嬉しいです」
玉翡は嬉しそうに声を弾ませ手を合わせると、季翠におずおずとその白い両手を伸ばす。
「失礼ですが、お顔に触れさせてもらってもいいでしょうか?」
「お恥ずかしいのですが、私は目が見えないのです。手で触れて、皆様のお顔を区別しているのです」
「もちろんです。どうぞ」
玉翡の小さな手が頬に触れる。
そのまま口元、顎から顔の輪郭、鼻、目、額と手が触れていく。
少しひんやりとしていて、どことなく姉の手に似ている。
季翠はくすぐったいと思いながら、帝都の姉を懐かしむ気持ちを感じた。
「まあ……。小さくて、可愛いお顔」
しばらく季翠の顔を触って、玉翡は手を離す。
「ありがとうございます」
「いいえ、こちらこそ」
「季翠様以外にもお越しなのですか?」
「はい。従姉と従者たちも一緒です。後でご紹介を……「玉翡、どこにいるのですか?」」
話す二人に声が掛けられた。
声がした方を見ると、季翠が出てきた室とは別の室から一人の女人が庭に降りてきていた。
「お母様。こちらです」
彼女を母と呼んだ玉翡と、明らかに親子ほども歳の離れていない女人。
三十くらいだろうか、母というより姉と言われるほうが納得できる。
これと言った特徴のない素朴で穏やかそうな女人だが、どことなく幸薄そうな雰囲気を纏っている。
「ここに居たのですね。あまり長く外にいては体に悪いですよ。春になったとはいえ、風はまだまだ冷たいのですから」
女人は娘に渡そうと持ってきたのか、肩掛けを手にしていた。やがて、娘の傍らに見慣れない者がいるのに気づいたのか、彼女は季翠に目を向ける。
しかし――――。
「あ、貴方様は……」
季翠の顔を見るやいなや、目を見開いて凝視する女人。
手から力が抜けたのか、足元に肩掛けが落ちる。
唇をぶるぶると震わせ、一気に顔色が悪くなる。
顔面蒼白で、今にも倒れそうだ。
信じられないものを見るような、恐ろしいものを見るような目で、しかしそれでいて決して目を逸らそうとはしない。
いや、逸らしてはいけないとでも思っているかのような……。
「あ、あの……」
女人の形相に気圧され、思わず身を竦める季翠。
「お母様?どうしたのですか?」
「な、なぜここに……どうして……どうして……」
母の様子がおかしいことに気づいた玉翡も呼びかけるものの、彼女には娘の声も聞こえていないようでひどく錯乱していた。
「――季翠ちゃん?どこにいるの?」
「姫様、蒼鈴様がお茶淹れてくれましたよー」
「お茶が冷めてしまいます」
そこに戻ってこない季翠を探しに来た四狛と蒼鈴、英起も加わる。
「え……っと、これは……」
「どうしたの……?」
三人は状況が分からず目を丸くする。
しかし、明らかに様子のおかしい女人に、すぐに表情を強張らせた。
「どうして、どうしてここに……。まさかあの子の……」
顔を俯け、ぶつぶつと何かを呟き続ける女人。
「――――何事ですか」
皆がどうすればいいのか分からない状況で固まる中、良く通る凛とした男性の声がその場に響く。
季翠たちが顔を向けると、後ろに玖狼を連れた、凛とした立ち姿の将軍がいた。
「私の妻と娘が、何か失礼を?」
玄武城城主・葵 戰毅その人であった。




