第三十四話 離宮炎上
自〇描写があります。
苦手な方は閲覧をお控えください。
優しい容貌に似合わぬ、乱暴な舌打ちをする。
すでに目の前からは、あの忌々しい少女はいなくなっていた。
元部下が風のように烏竜の横を通り抜けて、少女の身を担いで逃げて行ったのだ。
剣を振り、血糊を払う。
追うつもりはなかった。
感触からして、恐らく致命傷までは至っていない。
傷が浅くなるように、紙一重で避けられた。
「……誰かの教育の賜物でしょうか」
しかし出血量はかなりのものになるはずだ。
四狛の裏切りは予想外だったが、どの道放って置いてもあの姫は死ぬ。
自分もここを去ろうとさっさと踵を返したが、途端――――ぐるりと目が回る。
力が抜け、その場に音を立てて膝をつく。
頭から一気に血の気が引いた。
自覚はなかったが、先程の出来事で相当頭に血が上っていたらしい。
視界が真っ白になり、どちらが上か下かも分からなくなる。
ガシャンッと、取り落とした剣が床に転がる耳障りな音がした。
腕から指の先まで波が広がるように痺れていき、だらんと両腕が下がる。
それと同時に。
「ッ……ッッ……」
何とか片腕を上げ、震える手で口元を抑える。
「――――ぅ……ッ、……」
熱いものが喉元にせり上がってくるのを、抑えることができなかった。
条件反射でえづきながら、目の前の床に吐き出す。
濃い血の臭いが、口からは鼻にかけて香り、気分が悪くなった。
ああ……。
なんと。
「(忌々しい体か……っ)」
相変わらず痺れてだるい腕を無理矢理動かし、荒っぽく袖で口元を拭う。
そもそもここには、皇帝に会いに来たわけでも、季翠達の相手をしに来たわけでもないのだ。
偶々鉢合わせた為、ついでに排除しようと思っただけだというのに、無駄な手間を掛けさせられた。
それもこれも、探し人がいないせいだ。
――――早く……早く虎雄を見つけて、玉璽を奪わなければ。
一度大きく息を吐き、荒くなった呼吸を無理矢理整えて立ち上がろうとした時。
血の臭いの中に、何かが焦げるような臭いを鼻がとらえた。
それに、微かにパチパチと、遠くで何かが弾けるような音も……。
嫌な予感がして、辺りを見回した。
何者かが階段を降りてくる音がし、バッと振り返る。
「――――ああ……丁度ようございました」
現れたのは、一人の近衛兵だった。
なぜ、こんな所に……。
四狛もだが、平時にこの宮に入ることはおろか、近づくことすら許されていないというのに。
いや、それよりも。
「貴方は……」
階段を悠然と降りてきた兵は、烏隊ではない。
烏竜が近衛に入隊するよりもずっと前から、緑龍帝に仕えている兵だった。
烏竜が将軍になってからは、はっきり言って日陰に追いやられていた者の内の一人だ。
まさか先程の姿を見られたかと、警戒を強めるなか――――。
「……な、何を、しているのですか」
彼は松明をいくつも手にしていた。
それを、烏竜のことなどまったく気にせず、何の躊躇いもなく床にどんどん放っていく。
ボオ……と瞬く間に火は燃え移ると、まるで床を舐めるように広がっていった。
先程四狛相手に立ちまわっている時、やけに床が滑ると思っていたが。
「陛下の御命令にございます。すべて焼き払うようにと」
見れば、彼の背の奥。
階段の上――そこには皇帝と皇后が居るはずの宮の前にある舞台が見えるはずなのに、すでに炎しか見えない。
予想もしていなかった事態に言葉を無くす烏竜。
「どうやら他の者達も気づいたようですね」
彼の言った通り、次第に遠くから声や剣戟の音が近づいてきていた。
ただでさえ体調も最悪でろくに頭が働かない烏竜の前で、彼は恭しく膝まづいてみせた。
「将軍、こちらを」
「……‼これ、は、」
ぬらぬらと揺らめく炎が、金色を妖しく照らしている。
彼が差し出してきたのは、烏竜が探し求めていた玉璽だった。
震える手でそれを受け取る。
「なぜ、貴方がこれを……」
「陛下に託されたのです。貴方様が、きっとそれをお探しになられているだろうと」
あの人が……。
それを聞き、何とも複雑な思いになる。
結局自分は、あの人の掌の上で踊らされていただけではないのだろうか、と。
それとも、次期皇帝を国書にしたためて欲しいという願いを払い除けた、せめてもの代わりとでも言うのだろうか。
しかしそんな烏竜の複雑な心中に対して、兵の方は心から安堵したという溜息を吐いた。
「ああ……本当にここでお会いできてようございました。
――――陛下、わたくしはきちんと御命令を果たしました。これでしたら、貴方様のおそばに逝ってもよいのではないでしょうか」
それは、どういう――――。
烏竜が問い掛けようとしたよりも先に、彼は目にも留まらぬ早さで懐から短剣を取り出すと、目の前で自身の首を掻き切ってみせた。
何の迷いも躊躇いもない潔いそれは、実に見事で鮮やかな手際であった。
目の前で、今宵二度目の血飛沫が上がる。
しかし、今度は烏竜の手でではない。
呆然とそれを見る青年の瞳の中で、彼は満ち足りたように微笑んでいた。
「――――殿‼‼‼‼」
三嵐、と、恐らく呼びかけたはずだ。
喉が音を発したかは、定かではないが。
三嵐に続き、離宮の警護を任していた近衛兵達もやって来た。
皆、一様に真っ青な顔をしている。
三嵐が控えめに声をかけてくる。
「殿……ここは危のうございます。お早く外に」
熱かった。
じりじりと肌が熱に晒されてひりつく感触と、心なしか呼気も苦しくなってきたような気がする。
呆然としている間に、すっかり火の手が回ってきたようだ。
ここもすぐに炎と煙に包まれる。
……これではもう、消火は間に合わないだろう。
促されて外に向かおうとするも、最後に血溜まりに沈む兵と、燃え盛る宮を見上げた。
今だけは、何も考えたくなかった。
*
――――一方、季翠を抱えて逃げる四狛は。
死ぬな。
「(死ぬな死ぬな死ぬな死ぬな死ぬな……‼‼)」
我が――――主よ。
無我夢中で森の中を駆ける。
その間にも季翠の体からは滴るほど血が流れ続けており、その身を抱える四狛の体もどんどん赤く染まっていった。
永遠にも思えるような時間の後、ようやく近衛の警護範囲から出る。
とはいえ、ここに来るまでおかしなほど誰とも鉢合わせしなかったが。
慎重に季翠の体を地面に横たえる。
とにかく、一刻も早く止血をしなければ。
しかし、いざ取り掛かろうという時に背後の草むらから物音がした。
追手かと即座に剣に手を掛けた四狛だったが。
「あ、あんたは……」
*
燃え盛る宮の向こうを見ながら、別れの言の葉を紡いだ。
「さようなら……。————…………、………え」
業火の音は、すべてを掻き消した。
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