第三十二話 邂逅
暴力描写があります。
苦手な方は閲覧をお控えください。
歓声の向けられる中心に、その人はいた。
その日、少女は両親に連れられて初めて皇宮に参内していた。
きらきらとした景色の中心にいるその人は、まるで宝石のように少女の目には映った。
幼い口をついて出た言葉は、無意識だった。
『わたくし、あのかたのおきさきさまになりたい』
――――これは運命だと、少女は確信した。
当時まだ九つかそこらだった彼女は、自分の望みが叶わないなどとは夢にも思っていなかった。
なぜなら彼女は最も皇家に近しい由緒正しき家の娘で、この国で最も尊い血筋の姫は己であると、幼いながらに知っていたからだ。
自分はきっと絶世の美女と名高かった伯母のように、美しく成長する。
どこの生まれとも分からぬ下賤な后とその女が産んだ皇子皇女など、あの方には相応しくない。
伯母は惨めにもあの女に地位を奪われた挙句死んだが、自分は違う。
必ずあの女を引き摺り降ろしてやる。
そしてきっと、きっとあの人の隣に――――。
「わたくしは皇后になるはずだったのよ」
「わたくしは国母になるはずだったの。偉大なるあの方の血を継ぐ正統な子を、このわたくしが産んで差し上げるはずだったのよ」
ブツブツとずっと同じことを繰り返し口にする女を、周囲の者は気味の悪いものを見る目で見ていた。
しかし彼女には、そんなもの最初から視界の端にすら映っていなかった。
「あの方が悪いのよ」
わたくしを見てくれないから。
わたくしよりも、伯母様よりも、あんな女を選ぶから。
「わたくしは一生幸せになんてなれない。あの方の隣に立てないくらいなら、死んだ方がましだわ。
でも……」
――――どうせ死ぬなら、あの方も、あの女も、道連れにしてやるの。
「っふ……あは、あはは、あはははははははははは――――‼」
女の狂ったような笑い声が、木霊した。
*
痛みで朦朧とする意識の中、遠くで同じく一緒に落とされた刀が甲高い金属音を立てて転がるのが聞こえてきた。
何が起こったのか頭がついていかずまったく自覚はないが、階段を凄い勢いで転がったようだった。
体中のあちこちをぶつけ、どこもかしこもじんじんと痛み、ぴくりとも動かせない。
幸い体は咄嗟に頭だけは守ったようだが、思い切り蹴り上げられた腹が激痛をもたらしていた。
痛みに呻く中、ぬるりとした感触を手に感じる。
それが何かを確認する前に、大きな鈍い音と衝撃と共に、目の前に何かが降り立った。
薄墨色の衣が、ふわりと宙に踊る。
床に転がる季翠の視界に、辛うじてその足先が見えた。
誰に聞かせるものでもない独り言と思われる言葉が、上から降ってくる。
「――――生まれてきた時、いずれ災いをもたらすと思ったんだ」
「その刀、その姿形……」
「存在するだけですべてを狂わせる……。周囲に災いを招くのは、母親譲りなのか」
……本当に忌々しい。
穏やかなと評してもいいくらい、ぽつりと零される静かな声だった。
だが、言葉の意味は……。
季翠は、水面下で蠢いていた自分への悪意が、とうとう姿を持って目の前に現れたのを感じた。
軋む体を無理矢理動かし、震えながら首を何とか上向けて、その人物を見上げた。
「……烏、竜……将軍……」
そう。
季翠を階段から蹴り落としたのは、烏竜その人であった。




