第三十一話 友を見送る人
嘔吐表現があります。
嫌悪感を覚える方は閲覧をお控えください。
同僚からの情報共有に、四狛は目を見開いた。
「――――は?」
「今、なんて言ったんだ?」
聞き返された同僚――三嵐は、もう一度先程の言葉を繰り返してやった。
「だから、殿がどうやらお忍びで離宮に来られているそうだ。さっき皇宮から連絡が来た」
その言葉を再度反芻する四狛。
きちんと理解した後、彼の頭に瞬時に浮かんだのは。
――――まずい。
「っおい⁉四狛……‼」
三嵐の止める声にも構わず、四狛は反射的に離宮に向かって駆け出していた。
「(間に合ってくれよ……っ)」
そう思ったのと、彼の足が近衛兵が近づくことを許可された境界を越えたのは同時だった。
*
無我夢中でその場から離れ、最後はほとんど這うようにして離宮の宮同士の間にある舞台まで出た。
すぐそばには前の宮に続く長い階段がある。
「う……ッぇええ……ッ」
「ゲホ……ッゲホッが、はッ…………う、うぅ……」
外に出たらもう駄目だった。
床に両手をついてしまったが最後、抑えを失うがまま、勢いよく吐瀉物を吐き出す。
饐えた臭いが、夜の冷たく澄んだ空気の中に不快に広がった。
喉が痛い。
鼻水が出る。
涙が出る。
口の中に、食道に、鼻の奥にも吐瀉物が入り込んで、酷い気分だった。
「ッ……ッ……」
あの男は。
我が子だと。
嬉しいだと。
よくそんな思ってもいないことが、口に出せたものだ。
「(あの人にとって、私達などいくらでも代えのきく、どうでもいい存在なんだ)」
皇帝の立場にいるからもうけたが、必要なのは世継ぎがいるという事実だけで、その子が自分の血を引いていようがいまいがどうでもいい。
あの男にとって重要だったのは、妻ただ一人。
その為だけに、すべてを狂わせたのだ。
蒼旺も……雨鳥も……翠儀も、乳母も、鶯俊も、碧麗も、碧明も。
――――そして顔も知らぬ実の兄と……”姉”も。
「ッうう、うぁ……あああ……ッ」
泣き叫ぶ声が、冷たい風が吹く舞台に響いた。
――――知りたくなかった……知りたくなかった……!
「(……ああ、そうか)」
目を見開く。
虎雄が言っていたのは。
しかし思考がその先に進む前に、おかしなことが起こった。
両手がいつの間にか床から離れていた。
涙で滲んで定かでない視界が、まるで馬で駆けている時のように景色が過ぎ去って行くものに切り変わる。
――――蹴り落とされたのだと気づいたのは、階段の下に勢いよく体が叩きつけられてからだった。
*
一方寺では僧侶が一人、裏庭に出ようとしていた。
彼のいつもの就寝時間はとっくに過ぎていたが、どうにも寝付けなかったのだ。
裏庭から入れる山の向こうには、離宮がある。
しかし、そこにはすでに先客がいた。
「――――まだ起きていたのか」
「!虎雄様」
「坊主は早くから勤めがあるのだろう?さっさと休んだらどうだ」
「そうでございますが……。何やら、胸騒ぎがいたしまして……」
「…………」
「……姫様は、御無事でしょうか」
山向こうを見遣る佳雲につられ、虎雄も目を向けた。
いや、視線を戻したと言った方が正しいか。
彼は佳雲が来るまでずっと、そこを見続けていた。
「……佳雲」
「はい」
「もう休め、そして俺が許可するまで誰が来ようと寺の門を開けさせるな」
「……は」
それは、どういう……。
しかし、佳雲はそれ以上口を開くことができなかった。
月に照らされた虎雄の横顔がらしくなく、とても寂しそうに……悲しそうに、見えたからだ。
それは。
友との別れを、惜しむような――――。
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