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大影帝国記【完結!】  作者: aberia
第四章 玉璽争奪編
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第三十話 恋をした男

 頭が真っ白になり、きちんと聞き取ったはずなのに何を言われたのか理解できなかった。

 人は本当に衝撃を受けると、何の反応もできなくなるものらしい。

 


 どれくらいの間、そうしていたのか。

 まったく時間感覚がなかった。




 

「……………………ッ、え……?」




 

「仕方がなかったんだ。せっかく雨鳥が産んでくれた皇子が、いなくなってしまったから」

 


 緑龍は肩を竦めてみせた。

「子がいない后を、皇后として立たせ続けるわけにはいかぬと言われてな。別に、今までとて后に子がいなかった事例などいくらでもある、とんだ言いがかりだ。

 だがまあ俺は、お前の母以外に子を産ませるつもりはなかったから、周りは焦っていたのだろう。

 おかげで機嫌取りに、無駄な禄を食む女を何人も後宮に入れる羽目になった」



「世継ぎなどどうとでもなる。が、有象無象を黙らせる良い機会だとも思った。だからつくったんだが……。

 雨鳥は望んだとおり、皇子を産んでくれた。が、”それ”がいなくなってしまったんだ。辻褄を合わせるには、他に男児がいるだろう?」



 ――――何を、言っているんだろう。



 さっきから、なんてことない世間話をするように。

 まるで。

「(犬の子や猫の子について、話しているみたいな……)」



「夜、俺は産まれた双子の様子を見に行った。そうしたら()()()()()()()()、どうしたものかと思ったら、丁度良くそこに、乳母が自分の子を連れて来たんだ。だから、


 ――――()()()()()()と思った」



 ……それは、つまり。



「ッ…………‼‼」



 この……人……。

 この人この人この人この人この人、この、人――――!。



「ッ……」

 先程感じた吐き気が強烈さを増してぶり返してくるのを感じた。

 しかしそんな季翠の衝撃に反して、緑龍は淡々と話し続けた。



「まったくあの子には困らせられた」

「……あの、子……」

「弟だ。あの子は昔から、少し思い込みが激しいところがあってな」



「雨鳥が俺の害になると、翠儀の立場を脅かしたと、あの子は本気で思っていた。何度違うと言っても納得しなくてな、随分と手を焼かされた。だがまさか産まれた甥っ子を取り替えて、勝手にどこかに連れて行ってしまうなどとは思わないだろう?」



 甥を、()()()()()()



「あの子もしでかしてから我に返ったのか、そのことをずっと気に病んでな。俺とも極力顔を合わせようとしなくなった。……可哀想に、結局心を病んで死んでしまった」

 それは、心底弟の死を悲しんでいるという口調と声音だった。

 ……だが、季翠はおぼえている。



 ――――彼は殺されたのだと。



「…………見捨てたのにですか」

 おぼえている。

 死ぬ間際の、蒼旺の弱り果てた姿を。

 兄の助けを求めていた姿を。



「俺があの子を見捨てた?」

 緑龍は季翠の言葉に、光を映さぬ目を見開いた。

「そのようなこと、するはずがない。あの子が気にさえしなければ、俺とて傍近くに置き続けた。気にしたのはあの子の方だ。別に気にする必要などなかったのに……」



「――――”雨鳥が世継ぎを産んだという事実”は、何も変わらなかったのだから――――」

 


 そう言って、妻に頬を寄せた男。

 季翠はそれを、恐ろしいものを見るような顔で、見ていたと、思う。


 

 ――――どうか、している……。



「だから、何も気に病む必要はなかった。すべて丸く収まったのだから」


 

 ――――どうかしている……!



「…………なぜ、」

「なぜ、そんなことを、なさったんですか、なぜ……」



「仕方がないだろう。あのままだったら雨鳥を廃后しなければならなかった。その後お前もつくったが、結局姫だったしな」



「皇足る者に必要なものは、血筋ではなく中身だ。

 血の繋がりなど些末事、”血縁がある”と周知されていればそれでいい。それ以上でも、それ以下でもない。

 皇子とされている子に、次期皇帝足る資質があればそれで良し。なければ、今玉璽を散らばせているように、適当な理由をつけて代わりを探せばいい。これは、そういう簡単な話だ」



 そんなわけが、ない。

 緑龍の言っていることは、皇統自体を否定する言葉だ。

 それを許容するというのなら、では何の為に皇帝がいて、その血を繋ぐ皇家が存在するのか。



「雨鳥が皇后であるという事実は変わらなかったのだ。俺は、それでいい」



 季翠が今話している相手は、本当に人間なのだろうか。

 何か、得体の知れない別の生きものと話しているのではないだろうか。



「あ……なた、には、」

「貴方には……皇帝として、民を欺くことへの、罪悪感はないのですか……皇統を騙るなど、皇帝として決して犯してはならない大罪だと、思わないのですか……」



「国が問題なく動き、民の為になるならば、誰が皇帝になっても構わないと思うが?

 ――――それに、少しくらい許されてもいいとは思わないか?」

「……ゆるさ、れる……?」



「俺はもうずっと、君子として、民の上に立ち導く者として、人間ではない”皇”という生き物として生きてきた。民を思いやり政を動かし、賢臣の言葉を聞き入れ、外敵から国を守った。奴隷交易に関してだけは、手をこまねいてきたが。最近北で良い動きが出てきたようだし、皇帝()が手を出すよりも余程いいだろう。

 俺は常に、皇として正しい行いをしてきたと自負している、人としては知らないがな。だがずっと……ずっとそうやって生きてきた」



「たった一人、初めて心から好いた女を、生涯ただ一人の妻にするくらい。

 たった一度の我儘くらい、許されたっていいと思わないか……?」

「ッ……」



 それはそれは、寂しそうな笑顔だった。

 だから一瞬、季翠は父に同情しかけた。



 …………しかし。



 それが許された結果が、これか。

 

 

 雨鳥に視線を移した。

 彼女はこの話題になってからずっと、何も見たくない、何も聞きたくないと言わんばかりに、目を閉じて置物のように俯いている。

 今なら彼女の気持ちが、ほんの少しだけ分かるような気がした。

 


 それは――――諦めだ。



 免罪符を持っているからといって、何もかもが赦されるわけではない。

 まして、望まぬ相手を無理矢理手に入れることや、その相手を奪われないように国中を欺いていいはずがない。

 そして何より――――何の罪もない他人の運命を捻じ曲げるなど。



「(……この人はこれを盾にされて、ずっとここに閉じ込められ、この男のそばに居続けているのだろうか)」



 季翠はもう、この人を「母」とは呼べないと思った——――いや、呼んではいけないと、思った。

 そう呼んでしまったら、あまりにも……。

「(…………この人が、可哀想だ)」



 自分には産んでくれた人はいても、「母親」はいなかった。



 ぐるぐると、言葉にできない感情が胸に溜まっていく。

 それに押されるようにして、喉元に熱く酸っぱいものがせり上がってくるのを感じた。

 口元に手をやる。

 抑えようすればするほど、呼吸が乱れ、体が、指先が、吐く息が、震えた。

 




 ――――気持ち、悪い……。

 耐えきれず、そのまま外に飛び出した。

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