第二十八話 大嫌いな男の顔
強〇を示唆する描写があります。
閲覧ご注意ください。
はっきり言って、緑龍はある意味かなり質の悪い男です。
「どうだ?雨鳥。季翠はどちらに似ている?」
声で人の方に顔を向けていた玉翡と違い、緑龍は気配で季翠の顔の位置まで正確に把握していた。
しかし流石に容貌は分からない為、妻に訊ねる。
「雨鳥に似ているといいな、俺に似ていてはつまらない。とはいえ我らの子らは、君の父上の要素も受け継いでいるそうだから期待しても良さそうだ」
「……いいえ。私ではなく、貴方様によく似ています」
雨鳥が季翠に顔を向けてきた。
ここで、改めてしっかりと顔を合わせた。
「(この人……)」
「驚くほど……よく、似ています。私が貴方様に初めてお会いした時よりも、随分と幼いですが」
その表情には、相変わらず何も浮かんではいない。
だが……。
季翠は”それ”を認めた瞬間――――全身が凍り付いたのを、感じた。
流れる空気が酷く濁った、纏わりつくような重苦しいものに変わったのを感じた。
傍らにいる男が黒く塗り潰され、ただ……その母を見つめることしかできなかった。
そうか、この宮は……この母は……。
離宮に来てから感じ続けてきた違和感や恐ろしさの理由が、分かった。
鳥籠というのは正鵠を射ていたのだ。
この宮は、正しく檻の中であった。
彼女の目の中に見たもの。
「本当に似ているわ……」
それは……。
覗いてはいけない、心の奥底にある闇を、垣間見た。
*
皇宮・宰相の執務室にて。
「――――ずっとお聞きしたいことがあったんですが、
皇后陛下とは、どのような御方なのですか?」
「……なに」
劉炎は副官からの思わぬ質問に、否応なしに筆を滑らす手を止めさせられた。
副官の方はというと、自分の発言がどれほどを上司を動揺させたか気づいておらず、何の気なしにそのまま話し出した。
「出自から何まで謎に包まれた后。ただ一つ分かっているのは、陛下の寵愛をその身に一身に受けているということだけ」
「我々下々の者にとっては、それこそ雲の上の御方ですからね。民衆の間では、何やら面白おかしく絵物語の題材にされているそうですけど。今でもとても人気なのだそうですよ、皇太子と氏素性の知れぬ娘の恋物語は。それこそ娘達にとっては、憧れと夢の的でしょう」
絵物語の設定もいろいろ変化をつけられますしね、とまるで作り手のようなことまで言う。
それは劉炎も耳にしたことがあった。
真実を知らないとこうも曲解して解釈されるのだなと、何とも複雑な気持ちになったものだ。
「ですが本当のところはどうなのかと思いまして。劉炎様なら御存知でいらっしゃるでしょう?何せ貴方は、陛下が雨鳥后と共に北西の地から連れてこられた御方だ」
「……」
……そう。
劉炎は三十年前――皇后が皇帝により帝都に連れて来られたのと同じ頃に見出され、辺境の一兵士から中央の文官となった。
このことは知っている者は知る事実であった。
彼はそこから紆余曲折あり今では文官の長となったが、皇后はその時から后として皇帝の傍らに置かれた。
だが……。
――――あの娘のことを思うと、劉炎はいつだって罪の意識に苛まれる。
そしてそれは、自分の親友を自称するあの狸親父も同様だろう。
彼らは、とある”罪を犯した”。
すべての始まりはこれだった。
今に繋がる複雑に絡み合った運命の縺れの始まり。
誰もが見て見ぬ振りをした中、唯一あの娘に心から寄り添おうとしたのは亡き張皇太弟妃ただ一人だけだった。
そう、張副宰相の娘だ。
しかし彼女はもう亡い。
そして自分達も死ねば、この事実を下の世代が知ることはない。
それは……それはあまりにも、あの娘が哀れだと思った。
それとも、同胞が人身御供に差し出されるのを黙って見ていた己の、せめてもの贖罪の一つにでもしようと考えたのか。
何にせよ、劉炎は口を開いてしまっていた。
「…………陛下は」
「陛下はあの娘を――――手籠めにして后にしたのだ」
*
雨鳥の瞳の奥にあったもの。
それは、紛うことなき嫌悪の感情であった。
季翠はそれを見つけた瞬間。
己が母に嫌われたこと――――どうしたって好かれることはないことを、悟った。
母の血にはこの顔が好かれぬのだと。
季翠がそれを知るのは、もう少し後のことである。




