第二十二話 げに恐ろしき愛憎の話なのか
離宮。
ここに父帝と母后がいるのだと、虎雄は言った。
寺院たちが点在する後ろに位置する山の、向こう側。
向こう側には山々が連なっていたが、すぐ手前に一つ小高い山があり、その中腹あたりに建物があった。
その小山の中腹は台地のように広くなっており、離宮らしき建物は山を背に、後ろ部分を崖に懸造りで柱を立てて建築されていた。
恐らくかなり急な斜面に作られている。
そしてそこに続く道。
木々に囲まれて分かりにくいが、枯れ木の隙間から見えるものから察するに、石らしきもので作られた道も整備されているようだ。
なるほど、と季翠は思わず感心した。
巧妙に見えないように、計算されて建築されている。
四方をほぼ山に囲まれ、まるで森に守られているようだ。
今は冬で比較的視認しやすいのだろう、恐らく春や夏など木々の緑が旺盛な時期にはすっかり隠されてしまうだろうことが想像できた。
……さて、どう忍び込んだものか。
北に向かって離宮と並行するように山道を進みながら、虎雄との会話を思い返す。
「離宮の周りには、烏共が警戒線を張っているはずだ」
「だが、離宮は基本男子禁制。如何に奴らといえど、一定距離までは近づくことを許されていない。つまりあいつらが近づけない距離まで入り込むことができれば、お前の勝ちだ」
玉佩は持っているか、と虎雄は確認してきた。
それに掲げ見せることで答えた。
随分と本来の使い方をしていなかったが、授かってからは基本的に肌身離さず身に着けている。
……一度奪われたが。
「もしもの時は、それを見せろ。余程の馬鹿でない限り、それを見せればひとまず引き下がる」
「しかし、これには鶯俊兄上の紋章が入っています」
鶯は名の通り、鶯俊の紋章だ。
「――――近衛は、兄上の味方と言えるのですか」
季翠は今、近衛に追われている身だ。
となれば鶯俊に対しても、近衛を完全な味方と考えるのは危険だろう。
……もちろんそれは、鶯俊が季翠の味方だということを前提にした考えであるのだけれど。
叔黎の話では、少なくとも鶯俊は他に玉璽を所持しているような様子ではなかったのだという。
それが真実なら、烏竜の行動は彼の独断ということになる。
そして季翠から奪った玉璽も、当然彼の手にある。
季翠の目下の懸念は、勢力の相関図が分からないことだ。
そもそも季翠には、誰が味方で誰が敵なのか、果ては誰と誰が繋がっていて、誰と誰が敵対しているのかが分からない。
安易な行動をとるわけにはいかない。
虎雄は意味深に目を細めた。
「……さあな。だが、あれは慎重で疑り深いところがある」
「近衛とて皆が皆烏隊――あいつの手足というわけではない。離宮に配置されている近衛兵は、そもそも烏竜がお前を追っていることすら知らん者がほとんどだろう」
……それなら、いいのだが。
とはいえ、できれば鉢合わせはしたくない。
こういう時、目が良いというのは非常に便利だ。
木々の合間合間に、薄墨色の衣が点在しているのがよく分かる。
しかしそれも高所から見下ろしているからであって、山にひとたび入れば彼らの位置を把握するのは難しくなるだろう。
着ている衣を一枚捲ってみる。
季翠は今、雪に紛れる為に全身白一色で固めていた。
もちろんこんな配慮を虎雄がしてくれるわけはないので、用意してくれたのは佳雲だ。
その下に更に、防寒も兼ねていつもの黒衣も着ている。
「……よし」
日が暮れるまで待とう。
数時間動きを観察して、彼らの行動範囲を特定しよう。
日が暮れたら上の衣を脱いで夜の闇に紛れて離宮に近づく。
幸い自分は夜目が恐ろしいほど利く、戦働きで食べている精鋭の兵相手でも何とかならないだろうか。
しかしそれにあたって最大の障害は……。
「寒い……」
とりあえず、目立たないように気をつけつつ暖を取ろう。
小枝をせっせと集め始める。
離宮を囲む森の端――――きらりと銀色の鎧が複数動いていたが、季翠は薪を集めるのに夢中で気付かなかった。
苦労してやっと小さな火を灯した焚火の、パチパチという軽い音に耳を傾けながら、季翠は今までのことをぼんやりと振り返った。
――――随分と、遠くまで来た。
西の果てで育った己が、帝都に来て――正確には帰ったが正しいらしいが——北に行き、また帝都に戻り。
再会、出会い、別れを繰り返してここまで来た。
――――その自分の人生が始まるすべてのきっかけとなった両親に、これから会いに行く。
正直興味がないわけではないが、そこまで執着心も感慨もない。
目的は別にあり、成り行きで会いに行くことになったようなものだ。
だが、純粋に見てみたいと思った。
第三者から見えるものと、実体がかけ離れているというのは最近分かってきた。
人伝ではなく、季翠の目から見た彼らがどんな人間なのか、この目で見てみるのも悪くないと思ったのだ。
出てくるのは美しい恋物語なのか、それとも――――。




