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大影帝国記【完結!】  作者: aberia
第四章 玉璽争奪編
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第十九話 ”彼女”がいる寺

「くさい」



 突然押し掛けてきている身でありながら、鼻を鳴らしてそう宣った男。

 しかしそれに対面して座す人物は、その無礼に怒るどころか柔らかく謝罪した。

「申し訳ございません。虎雄様が来られると分かっていれば、数日前から香を焚くのは控えたのですが」

 そう言うと、彼は優雅な所作で、目の前の男に振舞う為の茶を淹れ始めた。



 暦の上では春も近いというのに、今だ身を切るように冷えた空気の中に、沸かした湯が白い湯気を立てた。



 言葉だけ見れば優しいが、要は言外に事前に先触れを飛ばせと言っているのだろう。

 伯虎雄はふんと、再度鼻を鳴らした。

 この坊主は物腰も吐く言葉も柔らかいが、その実結構はっきりと物を言う。



 そう、坊主。

 つまり僧侶だ。

 


 伯虎雄は、季翠を驚かせた通り、確かに寺に来ていた。



 しかし……と、茶を供しながら僧侶は話し出す。

「突然のお越しには驚きました。生憎と佳慶(かけい)様は暫く留守にされているのですが」

 佳慶というのは、この僧侶の師匠にあたる人物で寺の責任者だ。



 別にいい。

 虎雄はあの老僧に会いに来ているというより、どちらかと言えば目の前の男に会いに来ていた。



「どこに行った」

「さて……華南(かなん)まで行かれるとだけ」

「生臭坊主め」



 どうせ華南にある花街目当てだろう。

 流石のあの爺でも、皇族が死んで自粛の空気に包まれる帝都で享楽に耽るのは憚られたらしい。

 老体の身にとっても、帝都よりはるかに暖かな南の地の方が過ごしやすいというのもあるだろうが。 



 吐き捨てる虎雄に、しかし目の前の僧侶は穏やかに微笑むのみだ。

 ということは、今はこの男が留守を任されているのか。

 


 丁度いい。

 適当に数日滞在すると虎雄は一方的に告げた。

 傍若無人な振る舞いにも、相手は慣れた様子だ。



「虎雄様は相変わらず、”離宮”には一定以上お近づきにならないのですね」

「俺の勝手だろう」

 これにはあからさまに不快な顔を返した。



 自分の行動に口を出されるのは、虎雄が何よりも嫌うことだ。

 ……皇帝と皇后に対するものに関しては、特に。



 口を出すなとばかりに、道中気になったことを適当に問う。

「来る途中、兵がうろついていた」

 近くの……確か尼寺と昔聞いたことのある寺周辺だ。

 この地域には寺が点在している。



 虎雄の問いに、僧侶はああ……と碗を持ちながら頷いた。

「何でも都のさる高貴な姫君が、近くの尼寺に御滞在と耳にしました」

「高貴な姫君、な」

 


 来る途中ちらりと見た、護衛らしき兵を思い出す。

「(あれは張家だ)」

 となれば、来ているというのは。



「(小娘が)」

 


 止める伯翁や使用人達に構わず、季翠は一人、馬で虎雄が向かったという寺に駆けていた。



 都内は雪こそ徐々に減ってきたが、頬に当たる風はまだまだひどく冷たい。

「(もしも……)」

「(もしも葵夫人が真実、ばあやの言う鷺舂だとすれば)」


 

 二十年前の出来事は、前提から狂うことになるかもしれない。

 とはいえここまで分かっていることは、ほとんどがすべて想像と憶測だ。

 思考を振り払うように、無心で馬を駆けさせた。



「ここら辺か……」

 寺院が密集している地区に来たため、馬を降りる。

 山近くだからか、都内よりも雪が多い。



 辿り着いたのは、皇宮からだいたい馬で半刻ほど離れた場所だ。

 伯家本邸も当然、皇宮にほど近い所謂高級住居地域にある。

 


 季翠はあまり帝都の地理に詳しくはないが、伯翁が言うには帝都の西北の郊外に位置するのだそうだ。

 帝都・麟翠は山に囲まれた盆地になっており、山際には世俗を離れた者達が庵を多く営んでいた。

 虎雄が向かったという寺も、その内の一つらしい。



 手綱を引いて、寺の門を意味もなく眺めながら歩く。

 山沿いに作られた町だからか、道は石畳で整えられながらも斜めになっていたり高低差があったり、なかなか歩き辛いものであった。



 虎雄は寺に向かったとのことだが、伯翁でさえ寺の名前までは知らなかった。

 あの男が寺に行くとだけ言って数日邸を空けるのは、珍しくないことらしい。



 しかし行動に口を出されたり、詮索されたりすることを嫌う男である為、その「習性」を心得ている使用人達は行き先を根掘り葉掘り聞くことはない。

 実に適切な対応だと思うが、今の季翠にとっては迷惑極まりない話である。



 分かっているのは、おおよその地域と住職らしい僧侶の名だけだ。

 時間と手間はかかるが、虱潰しに聞いて回るしかない。



 丁度よく寺の前で掃き掃除をしていた小坊主がいたため、さっそく尋ねてみる。

「失礼ですが、この近くに佳慶様という御坊がいらっしゃる寺はありませんか?」

 小坊主は見慣れぬ客人にやや驚いたようだったが、すぐに頷く。

「それならこちらです」 



 思わぬ返答に目をぱちぱちと瞬かせる。

 まさかのいきなり本命に行き着くとは、思わなかった。

 


「住職は留守にしているので、代わりの者がご対応させていただきますがよろしいですか?」 

「構いません」

 用があるのは僧ではないからな。



 入った寺は、よく分からないがそれほど大きな寺ではないのだと、思う。

 どちらかと言えば、小ぢんまりとしているような感じの。

 都内にはない、建物すべてが木でできているのは珍しくて目を引いたが。



 在籍している僧侶の数も少なそうだった。

 屋内に案内されるまで、小坊主数人としかすれ違わなかった。

 


 虎雄がわざわざ来るような所には見えない、平凡な寺だ。

「(何しに来てるんだろう)」

 ……まあ、詮索はしない方が身の為か。



 一先ず馬を預ける為、小坊主の案内に従い厩に向かう。

 厩に入った途端季翠の連れている馬が、落ち着かな気に嘶いた。

 


 中に、見覚えのある馬がいた。

 言うまでもなく、虎雄の愛馬だ。



 「天麒(てんき)」と名付けられたその馬は、屈強な体躯と見事な栗毛をもつ牡馬だ。

 主に似てとんでもなく気性が荒く、馬ながらに凶暴と言ってもいい性格の持ち主だった。

 他の馬にもあたりが強く、伯家邸の他の馬達は皆「彼」を怖がっていた。

 


 怯えているこの子には悪いが、暫く我慢してもらうしかない。

 しかし彼がいるということは、その主がここにいることは確実だった。



 板張りの床が続く通路を、小坊主と共に進む。

 靴を脱いで屋内に入るというのは、何とも不思議な感覚だった。



 前を行く小坊主がとある室の前で立ち止まった。

 少年は板張りの床に膝をつくと、その戸を軽く数回叩いた。

 変わった作法だと、季翠は目を丸くしてそれを見守った。

 屋内の様相も違い、作法がよく分からない。



「失礼します。佳雲様、お客様がいらっしゃいました」

 中からは、何とも穏やかで優しい声が返ってきた。

「今手が離せなくてね。申し訳ないのだが、別室でお待ちいただきなさい」

 それに対して、構わん、という言葉が耳慣れた声で聞こえてきた。



 季翠はそれを聞いた途端、「失礼」と、小坊主が止める間もなく室の引き戸を開けた。

 無礼など、ここまで押しかけてきている時点で今更な話だ。

「伯大将軍」



 中にいたのは、予想通り。

 探し人である伯虎雄その人と。

 先ほどの声の主であろう、一人の僧侶であった。

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