第十四話 帰郷
「朱桂」
「お前の家に渡った玉璽の行方は、まだ分からないのか」
清辰貴が同僚兼——幼馴染にそう言って詰問するのは、これでもう三度目だった。
辰貴のきつい視線を受けても、雀朱桂はいつもと変わらず朗らかだ。
どうしてこんなに呑気でいられるのだろうか。
辰貴には理解できない。
「それが……父上は知らないの一点張りだ」
知らないだと?
そんな戯言が通用すると思っているのか。
「(こっちは早馬で往復して帝都に持ってきたんだぞ)」
口には出さないが、内心毒づく。
そもそもこいつの親父に確認するまでもない。
在りかは後宮に決まっている。
そしてそれを持っているのは、一人しか考えられない。
————あの女は相当な女狐だ。
純朴そうな顔をして、腹では何を考えていることやら。
「……お前の言いたいことは分かる」
朱桂は珍しく、疲れたように大きく溜息を吐いた。
「蕣のことだろう?玉璽を、蕣が横取りしたと思ってる」
「それ以外に考えられるか」
朱桂の方から核心をついた発言をしてくるとは思わなかった。
しかし、この男は楽観的だが馬鹿ではない。
自分の妹が裏で暗躍していることに、気付かないはずがない。
そもそもこの楽観男が、あの切れ者な妹相手に、玉璽を先に手に入れるなどという芸当ができようはずもないのだ。
しかもこいつの親父――雀家の次期当主は、息子よりも娘の方を余程可愛がっていると評判だった。
どうするつもりだと、目で訴える辰貴に朱桂はあっけらかんと言い放った。
「たとえそうだとしても、これは我が家の問題だ」
「……は?」
「蕣は、玉璽を”守っている”だけだ。それを使ってどうこうしたわけじゃない、今はまだ」
屁理屈だと思った。
持っているということ、そのものが問題だと言うのに。
「情勢が落ち着くまで様子見をしているんだろう、きっと」
「……」
それが口先だけの言葉で、本気でそう思っていないことは明らかだった。
特段仲が良いわけではないが、それが分かるぐらいには幼馴染として付き合ってきたつもりだ。
この男は屁理屈を並べてでも、妹に手出しをさせないつもりなのだ。
「鶯俊殿下はこの件は俺に一任すると仰ってくださった」
だからこの話はもう終わりだと、仕事に戻ろうとする。
お前の父親は——辰貴はその背に向かって口を開いた。
「実の息子よりも余程大事と見える」
嫌味半分、それでいいのかと刺激するつもりで吐いた言葉だったが。
それに対し、朱桂は。
「知っている」
*
結局話はそこで終わり、辰貴は内心もやもやしながら、朱桂と共に謁見の場に控えることとなった。
今日この皇子宮には、来客が来ていた。
鶯俊の後ろに控える辰貴達の前には、顔を伏せ拱手する一人の青年。
ほお……これは。
許しを得て顔を上げた青年の顔を見て、思わず辰貴は内心感嘆した。
”北漢”とは、実によく言ったものである。
青年の名は、玄叔黎。
先の北での騒動で関わることとなった、玄家の三男坊である。
辰貴も鶯俊に従い北陵に行ったが、彼ときちんと顔を合わせることはなかった。
辰貴がはっきり面識があるのは、叔黎の兄――新たに玄家当主となった仲黎の方だ。
その仲黎からの願いで、本日の謁見の場がもうけられた。
玄仲黎はあの一件で、鶯俊と誼を結ぶこととなった。
その親交は帝都に戻った後も続いている。
「(その玄当主から、今この時期に謁見の申し入れがあったということは……)」
玄叔黎が、懐から巾着を取り出して献上する姿勢をとった。
彼が中から取り出したのは、きらりと黄金に光るもの。
予想通り、玉璽の欠片だ。
――――帝都に揃った。
辰貴の脳裏に、故郷での兄の姿と言葉が蘇る。
――――よくぞ帰った!
数年振りに故郷・東都に帰還した辰貴を待ち受けていたのは、兄の熱い歓迎だった。
実に五年振りに見た故郷の景色は、やはり美しいものであった。
帝都よりも美しいのではないかと、辰貴は本気で思った。
清家が治める東の地の首都・東都は、古都である。
清家の居城・青龍城と雅な家々が作り出す美しい街並みと、そこに張り巡らされた水路、その背景を埋めるように壮大にそびえたつ山々。
それらに雪が降り積もった様は、高名な絵師が描いた一服の絵のようであった。
大影帝国の皇家の先祖は、元々この東の地を始まりに勢力を拡大していった。
その為今でこそ東都は東の首都という立ち位置だが、かつては国全体の首都であった地なのである。
辰貴は東都に無事に入った後、城ではなく、そのすぐ傍にある本邸の方に馬を向けた。
青龍城は居城ではあるが、鶯俊が居た当時はともかく、今では改まった謁見や行事などでしか使用していないのだそうだ。
政務の場は、清家本邸に移っていた。
それというのも。
対外的には当主は父の辰淵であるが、清家はもう何年も前から嫡男である異母兄の雄辰が取り仕切っていたからだ。
今回の辰貴の急な帰郷も、その兄の命によるものであった。
今だかつてないほど馬を飛ばし、乗り潰して帰った。
正直泥のように眠りたかったが、何よりも先に兄に挨拶だと簡単に身支度を整えた。
御前に参上した辰貴を、兄――雄辰は満面の笑みで勢いよく抱き締めてくれた。
「あ、兄上っ」
「すっかり立派な武人だな。兄上は鼻が高いぞ」
兄が衣に焚き締めている香が薫った。
その雅で懐かしい薫りは、どうしようもなく辰貴に郷愁と思慕の念を抱かせた。
とはいえ、幼子のように抱き込まれるのは非常に恥ずかしい。
実際には辰貴の背丈は、いつの間にか僅かばかり兄に勝っていたけれど。
しかし辛うじて衣は替えたとはいえ全身薄汚れている、兄の衣が汚れるのは嫌だった。
「貴はもう子どもではありませぬっ」
「己のことを貴と呼ぶ者が、何を大人振っている」
兄はそう揶揄うと、再度辰貴を今一度強く抱き締めた後体を離した。
その後、軽く帝都での近況を語った。
兄は報告で知っているだろうに、弟の口から直接聞くことを望んだ。
すでに知っているだろうと思ったが、一応父のことも話した。
父・辰淵の気鬱は悪化の一途を辿っていた。
とても出仕などできる状態ではなく静養したほうが良さそうであったが、帝都から東に戻れるような状態ではなく、今もまだ帝都の清家邸にいる。
しかし兄は、父のことについてはさして興味がないようだった。
「――――さて、お前を呼び戻したのは他でもない」
にこやかに話していた顔から、瞬時に「当主」の顔になる。
毎回思うが、兄のこの切り替えの早さには毎度ひやりとする。
雄辰は前触れもなく執務机の引き出しから、無造作に何かを取り出す。
「なんですか、それ」
「玉璽だ」
「ぎょ……」
驚愕で目を見開く。
なぜ、そんなものがここに。
辰貴は帝都を離れていた為、この時はまだ宮中を震撼させた皇帝の言を知らなかった。
「我が家同様、他の家々にも届いているはずだ」
意味が分からなかったが、兄が実際に玉璽を取り出してみせたことでその意味が分かった。
「欠片……」
歪な四角の金の塊。
これが、帝位を左右するものだというのか。
「お前には、これを無事に帝都に届けてもらいたい」
「……俺が、ですか」
自分では、役不足なのでは。
眉を寄せる弟に、兄は安心させるように微笑んで見せた。
「私は誰よりもお前を信頼している」
「もちろん万全の体制で事にはあたるべきだろうが、その点は安心しなさい。烏竜様が、何人か護衛を回してくださるそうだ」
我が家は元々、烏竜と懇意にしていた。
その繋がりは、辰貴や鶯俊が生まれる前からの話だそうだ。
「玉璽さえ届ければ、我らは高みの見物をすればいい」
その後はどう転ぼうと、我が家には悪くない結果となるだろう。
兄の言葉は、まるでこの先の未来を予見しているかのようだった。
「貴よ、お前はこれまで通り真面目に職務に務めていなさい」
鶯俊の側仕えになった当初は、どうして兄が自分を差し出したのか理解できなかった。
微妙な立場の皇子に仕えろなど。
見捨てられたのだと、本気でそう思った時もあった。
しかし、すべては今と、これからの為だったのだ。
――――はい、兄上。
貴は、きちんと役目を果たします。
必ずや、貴方と我が清家に繁栄を。




