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大影帝国記【完結!】  作者: aberia
第四章 玉璽争奪編
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第十三話 離宮

 ————はっと、我に返る。



 時すでに遅し。

 室内は……酷い有様だった。


 

 執務机の上に整然と置かれていた硯や筆やら何やらは、軒並み薙ぎ払われて床に散らばっている。

 視界の隅に何か黒い割れた物も。

 硯かもしれない、しかしあれではもう使えまい。



 執務机の後ろにある棚も、まるで地でも揺れたかの如く中身がすべて飛び出して、こちらも床に散らばっている。

 散らばった中には、竹簡の紐が解けてしまっている物もあった。

 竹自体は割れていないようなのが、不幸中の幸いだろうか。



 そんな惨状の周囲を見渡し、己の行動に愕然とする。

 まったく記憶がないが、これをしたのは自分なのだ。

 


 ……いや、少しはあるか。

 何事かと声をかけてきた外に控える部下に、人払いをしろと怒鳴ったような気がする。

 ……悪いことをした。



 こんなにも衝動的に、感情的に行動したのは、”あの時”以来だった。

 


 情けない。

 これでは、今自分を苛立たせている原因——伯大将軍のことを言えないではないか。

 


 あの人は壊してもせいぜい茶器の一つや二つだ。

 自分の方が、余程始末に負えないのかもしれない。



 鬱々と自己嫌悪に苛まれながら、散らばった物達をちまちま拾って回っていると。

「と、殿……!」

 上ずった声が、室の外からかかる。



「……何ですか」

 ここまでくるともう一周回って、逆に穏やかな声が出るものらしい。

 部下はあからさまにほっとした様子を声音に見せた。



「申し訳ございません。人払いを、とのことでしたが……」

 今だ若干の怯えを見せつつも、彼はどこか浮足だったような声で続けた。

 どこか報告できるのが嬉しそうな感じであった。



「御到着になられました」

 


「さ……っ」



「みぃ~‼」

 寒さに凍える声が、枯れ木の森に情けなく響いた。

 


 何だって自分はこんな雪が降り積もった極寒の地に来させられているのか。

 やはり季翠を取り逃がしたことを、主君は実のところ怒っているのでは……?

 


 ここに行けという命は、実は罰の意味だったのかもしれないと四狛が本気で考え始めたところに。



「苦しんでるな」

三嵐(さんらん)

 ざくざくと雪を踏みしめる音をさせながら傍に寄って来たのは、同僚だった。



 久方振りに——と言っても定期報告で何度か会っていたが——再会した彼・三嵐は、四狛と同じように烏竜に拾われた者の一人だ。

 彼も四狛同様、伯飛が直属の上官である。



 三と四という数字からも察せられるように、彼が拾われたのは四狛の少し前だった。

 一応序列的には先輩にあたるのだが、ほとんど同時期かつ三嵐自身もそういうことに頓着しないため、同僚の中でも一番気の置けない関係の間柄だった。



「やっぱり温暖な西牙(せいが)にずっといたら、麟翠(りんすい)の冬はきついか」

 というより、ここが特に寒いのだろう。



「山奥にくりゃ、寒いのは当然だろ」



 そう。

 ここは帝都は帝都でも、郊外。

 世俗を捨てた者達が集まる、山深き場所だ。

 周辺には寺が多く点在している。



「まさかこんな所にあるとはな……」



 ————離宮。

 かの皇后の居所である。



 本来、皇帝の后ともあろう者がこんな場所に居るなど有り得ないのだが。

 話では、皇后が皇宮に住むことを拒絶したとも、皇帝がその寵愛故に后を隠したとも、近衛の間ではいろいろ言われている。



 四狛達が警備を張るこの場所よりも、更に奥に離宮の建物はあった。

 厳重な男子禁制が敷かれており、近衛兵ですら、物資の運搬以外では近くに行くことすら許されていない。

 さながら、ここが真の後宮といった様であった。



「(道理で後宮の男子禁制が解かれているわけだ)」

 以前禁制が解かれていたのは、皇后が後宮はおろか皇宮にすらいなかったからだったのだ。



「お前も晴れて足を洗えなくなったってわけだ」

 三嵐が意地悪く笑った。



 離宮の場所は、帝国の最重要機密だった。

 その場所を知るということは、近衛将軍からの信頼の証とも言えるが、逆に言えば近衛兵として一生を終えることも意味した。



 そういえば聞いたぞ、と話題を出される。

「長期任務の報告が、伯廉様の時にあたったんだって?」

 お前も災難だなと言われるのに、苦笑を返す。



 伯廉を苦手に思う兵は、実のところ何も四狛だけではなかった。

 三嵐も四狛と似たり寄ったりの立場の為、当然伯廉からの覚えも悪いのだが……。

 元々伯廉は主君への忠誠心が人一倍あるが故に、その分部下にあたりが強いことで知られていた。

 


 部下の失態はそのまま上官——最終的には近衛将軍である烏竜の失態となる。

 そうならない為なのだろうが、本人が頗る優秀だというのがそれに苛烈さを増長させていた。



 だから総じて烏隊の面々は、報告やら何やらはできる限りもう一人の副官・伯飛が烏竜の傍に控えている時を狙っていた。



「————殿の御様子はどうだった?」

「?別に普通だったが」

 そうか、と。

 妙に神妙な顔をする。



「何かあったのか」

 


 眉を顰める四狛に、いや何と、三嵐は軽く手を振る。

 しかしさっと周囲を見渡すと、声を潜めた。

「……伯飛様がな、烏竜様の御体調が悪いとぼやかれてたんだよ」

「!」



 聞けば、伯飛は今烏竜の命で帝都を離れているのだそうだ。

 


 道理で姿を見ないわけだ。

 あの上官がいたならば、長期任務を終えた四狛に必ず何らかの労いの言葉をかけてくれただろうし。



 何でも彼は主君の体調のことが気掛かりで、帝都を発つことに不安を零していたそうだ。

 確かに、言われてみれば烏竜の顔が青白かったような気がしなくもない。

「(……正直、俺もあの時は姫様のことで気を取られてたからな)」



「伯廉様が苛ついてたのも、多分それが原因だろ」

「最近皇宮の連中の間で伯廉様の機嫌が悪いのなんのって、愚痴が出てるらしい」

 こういう時、伯飛様との器の違いが出るよな。



 意地悪くそう言う三嵐は、「伯飛派」の一人だ。



 近衛は伯系武官の総本山とも言えるところだが、決して一枚岩ではない。



 基本的に大半が近衛将軍である烏竜に属するが、古参の一部には、大将軍にして伯家当主である伯虎雄を支持する者もいる。



 あの虎親父は、あれでも何気に兵の崇敬を集める存在なのだ。

「(性格クソだけど)」

 官位や武勇はともかく、中身は御察しである。



 また、烏竜の派閥もその中で大きく二つに分かれていた。

 二人の副官————伯飛と伯廉だ。



 伯飛は伯家直系に最も近い血筋で、所謂「純血」というやつだ。

 血筋だけで見るなら、養子である烏竜よりも勝っていると言っても間違いではない。



 烏竜の乳兄弟でもあり公私に渡って側近として支えているが、その地位や血筋をひけらかしたり笠に着ることはなく、誰にでも分け隔てなく接する気の良い青年だ。

 


 烏竜からの信頼も当然厚いし、部下への対応もうまい。

 過度に締め付けず、かと言って手綱は絶対に離さない。

 何というか、できた上司なのだ。



 対して伯廉は、伯飛とは打って変わり何事にもきっちりした真面目な男だ。

 丁度良く軽い感じの伯飛と違い、こちらは取っつきにくい堅物である。

 


 先の理由もあり周囲から敬遠されているが、同じく盲目的に主君を敬愛している一風(いふう)——三嵐と四狛同様、拾われた身だ——や、伯系武官でも傍流の出の者など一部からの支持が高かった。

 伯廉は出自は伯家の傍流の傍流だが、それで副官まで登りつめたというのも賞賛されていた。


 

 四狛はというと。

 別にどちらに属しているつもりはないが、直接の上官が伯飛の為、周囲からは伯飛派だと目されている。



「(別に派閥とかどうでもいいんだけどな)」

 要は好き嫌いの問題だろう。



 基本的に人に好かれる伯飛だって、血筋がいいというだけでいらぬ嫉妬や恨みを買っている。

 伯廉の方も、「伯姓を名乗るのすら烏滸がましい家の出のくせに」と、陰口を叩かれているのを何度も聞いたことがある。



 ……とはいえ、このまま生涯を近衛に捧げるのなら、無関係や無関心なままでいるわけにはいかないのかもしれない。



 ————季翠のところにあのままいれば、そんな煩わしさとも無縁だったのだろうか。



「(……未練たらしいな、俺も)」

 苦笑を通り越して、乾いた笑いが出そうだ。

 裏切ったのは己だというのに、何を今更。



 思えばあの子は、主君と仰ぐに十二分な御方だったのかもしれない。

 


 この国の頂の血を持つという以外は何も持たぬ、ごく普通の女の子。

 


 何だかんだ自分はあの主を気に入っていたのだ。

 取り立てて演技をしていなかったというのが、何よりの証拠だった。



 初対面時は扱いにくいかと危惧したが、感性は基本普通だし、頭も悪くない。

 少し頭のねじが飛んでいるのではないかと思うこと——目の前で首が飛んで血を被っても、その後結構平然としていた——はあったが、まあ許容範囲だろう。



 己が拾われた身でなく普通の武官だったなら、生涯仕えても悪くはないと思ったかもしれない。

 まあまあの給金で、そこそこ平穏に暮らせるだろうし。



 ————とはいえ、その平穏もいつまで続いたのかは分からないが。



 主は、伯虎雄の元に転がり込んだあの子を今だ見張らせているそうだ。

 表舞台から消えれば見逃してもらえるなど、四狛の考えは甘かった。



 監視。

 隙あらば殺そうとする、執念深い殺意。

 執拗な追手。



 主が直接季翠について何かを言っているのを、四狛自身は見たことも聞いたこともない。

 しかし。



 いなくなって欲しい。

 消えて欲しい。

 どうして現れた。



 そんな声なき声が、聞こえるようだと思ったのだ。



「(まるで生まれてこなければよかったとでも言いたげだ)」

 烏竜の行動には、そういう残酷さが隠れているような気がした————。

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