第十二話 皇宮の無縁仏
――――駄目だ。
少し頭を冷やそう。
室の外に出た季翠。
仕事中の使用人達が季翠に気付き、会釈をしてくるのに軽く返す。
伯家邸での生活にも、随分と慣れた。
いつも通りの邸の中。
その視界に見慣れぬものが映り込む。
「(白装束の一団……?)」
門から、謎の行列が邸内へと続いていた。
皆一様に喪服姿で、一人一つずつ何かを両手で掲げ持つようにして運んでいる。
その傍にはあの老臣――皆から「伯翁」と呼ばれており、最近は季翠もそれに倣っている——がいた。
傍には、何やら書き留めている若衆も立っている。
「伯翁、あれは?」
これはお嬢様。
伯翁と若者が揃って礼をとる。
「あれは無縁仏の位牌にございます」
「無縁仏……?」
「弔う者がいない身寄りのない者達の弔いを、当家では行っておるのです」
伯翁が言うには。
伯家は、弔いの礼装である「白」を家色とした。
それには伯家なりの美学とげん担ぎの意味があるのだが。
一般人にしてみれば、白は死者への哀悼の意を示す神聖な色である。
そんな色を纏って戦場に立ち、ましてや血で濡らすなど、不謹慎にも程があるということである。
その為何代か前の伯家当主が、少しでも心証とそして死後の為の善行にと、無縁仏の弔いを始めたのだと言う。
所謂、慈善事業というやつである。
「それを弔うのも、れきとした伯家当主の仕事なのですが……」
伯翁は嘆かわしいとばかりに、大きな溜息を吐く。
「御存知の通り虎雄様はあのような御方でございますので、ほとんど参加されたことはございません」
「ああ……」
だろうな。
あの男はそんな下心ありきの善行を積むくらいなら、喜んで地獄に行くだろう。
「……ああ、ですが過去に一度だけ、参加されたことがございましたな」
そうだったなと、伯翁が傍らの若者に確認する。
はい、と返した青年は書いていた帳面を捲る。
「かなり前のことですけど。十八……いや九年前くらいでしたでしょうか」
天変地異の前触れかと儂は思った。
私も記録を見て自分の目を疑いました。
などと、ぼろくそに主人のことを話している二人。
「へ、へえ……」
「(ここの使用人は大概口が回るよな)」
最も主がああだから、対抗するにはこのくらいでなければならないのかもしれない。
……いや、それとも逆なのか?
この老爺達相手に育ったからああなのか?
謎だ。
*
――――皇宮。
後宮の門には、今から新たに侍女として使える女達の列ができていた。
皆赤系の色の衣を纏っており、雀家の後ろ盾を持つ者達だというのが一目見て分かった。
淑妃・雀紅蕣が侍女を増員するという話は、皇宮の官吏達の耳にも届いていた。
それを眺めながら、一人の官吏が呟いた。
「後宮はもう、雀淑妃の独壇場だな」
「対抗馬である張翠媛がいなくなったのだから当然だ」
「清徳妃もいなくなり、残ったのはあの玄賢妃。雀紅蕣の相手になろうはずがない」
官吏達の話す通り、後宮は最早雀紅蕣の支配下にあった。
妃の序列から言っても、実質彼女が今の後宮の女主人である。
そんな後宮の片隅では————。
思い悩む女が一人。
「翠様……」
黒い外套を、強く、けれど生地を傷めぬようにどこか慎重さも忘れずにその細腕が抱きしめる。
彼女がくれた、思黎の宝物。
かの御方は一体どこに行ってしまったのか。
後宮に閉じ込められ、自由に使える配下もいない彼女には、その行方を捜すことすらできない。
ただ、無事を祈るしかできなかった。
「どうか無事で……」
たとえ相手が、自分のことなど微塵も気にしていないと分かっていたとしても。
そして皇宮の片隅にも————。
思い悩む男が一人。
「殿……」
彼は、人知れず決意を固めていた。
私は、必ず貴方を————。
そこに、おもむろに近づく人物がいた。
「……もし、」
「烏竜近衛将軍の副官・伯廉様でいらっしゃいますね」
「そうだが……」
警戒しながらも返事をした彼に。
”朱色の衣を纏った”女は、妖し気な笑みを浮かべた。




