第一章:帝都編 プロローグ・第一話 帝都への呼び出し
プロローグ
――――私は、間違っていない。
腕の中には産まれたばかりの自分の子……。
「私は正しいことをするんだ……」
今から己のすることは、この国とあの御方のことを思ってすることなのだから。
きっと大丈夫。
きっと良い方向に国を導くはず。
――――それがその後に、国全体を巻き込んだ波乱の種になることなど、思いもしなかった。
第一話 帝都への呼び出し
時は、偉大なる大帝・緑龍帝が治める大影帝国———。
元は広大な大陸の、東の小国に過ぎなかった国である。
中央と東西南北に分けられ、中央を除いた四つの地方は、それぞれ有力な一族によって治められていた。
そして、ここは大影の西の地には、一人の少女がいた。
*
———いつまで経っても、ここの空気には慣れない。
西の都・西牙が城、白虎城の回廊を、一人の少女が歩いていた。
少女の名は季翠、名に「みどり」の名を頂く、この大影帝国の皇女である。
彼女は普段、城ではなく西牙の城下に邸を用意されそこで暮らしているが、今日は城主から急遽呼び出しを受けたのである。
いつもほったらかしもいいところの城主からの呼び出しは、彼との関係も含め、季翠の心を沈めた。
できるだけゆっくり歩いたが、とうとう城主のいる室に着いてしまった。
「皇女殿下の御成りです」
室前で立つ兵が扉を開け、季翠は室に足を踏み入れた。
「遅い」
室に入ると同時に、不機嫌を隠そうともしない声が飛んできた。
———この人の前に立つと、どうしていいのか分からなくなる。
それはきっとこの目のせいだ。
苛烈で激しく、いつも季翠に対する落胆した色を映している。
その目で見られるたびに、彼女は自分の存在意義が揺らいだ。
「……申し訳ありません」
室内には、白虎の紋章が刺繍された壁かけを背にした上座に、一人の男が座っていた。
その前には、先客だったのか一人の若い男———身なりからして武官か———が立っている。
上座の男の名は、伯 虎雄。
この大影が誇る大将軍、西の地を治める伯家の現当主にして、白虎城の城主である。
帝国内でも五本指に数えられる武人の一人だ。
性格は苛烈で傲慢、己の認める者以外は重んじらない、好き嫌いがはっきりした性格の男だ。
季翠は赤ん坊の頃からこの男の庇護下で育ってきたが、物心がつく頃には彼には近づくまいと逃げ回っていたし、虎雄もまた季翠に苛立ち、疎んじた。
彼女の気鬱は、この男と顔を合わさなければならないというのが、主な理由であった。
「それでは伯大将軍、皇女殿下をお連れしてもよろしいでしょうか」
「好きにしろ」
季翠が挨拶をする前に、先客の若い武官がいきなり口を開く。
話が理解できない季翠を面倒くさそうに一瞥すると、虎雄はぶっきらぼうに彼女にこう言ってきた。
「陛下からの御命令だ、帝都に戻れとよ。良かったな、十四年ぶりに帰れるぞ」
「帝都……?」
思わず目を見開く。
帝都に戻れなど、そもそも物心つく前から現在十四歳になるまでここで育っているのだ。
今更帰れなど……そもそも帰るというより、行くの間違いではないのか。
「話はそれだけだ。そいつと一緒に帝都に行け」
それだけ一方的に言うと、虎雄はシッシッと手を振って、季翠を室から追い出そうとする。
「ま、待ってください!なぜですか?理由は……。それに行くとしても、いつここに帰ってこれるのですか?」
「俺が知るか。これは命令だ」
「そんな……」
「分かったな。帝都に行け。明日だ、明日。明日帝都に立て」
「……かしこまりました」
取り付く島もない虎雄の横暴な物言いに、季翠は何も言えない。
唇を噛みしめて、跪いて拝礼のかたちをとる。
「分かったら出ていけ」
「はい……」
室を後にする季翠に、武官も虎雄に礼をすると続く。
「翠」
室から出る寸前に虎雄から呼びかけられる。
「二度とその顔を見せるな」
季翠は背を向けたまま、無言で室を後にした。
十四年間付き合ってきた後見人との別れは、このようなものであった。
お読みいただきありがとうございます
初めての投稿で操作も不慣れで、今更後書きを追加しています
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よろしくお願いします
ちなみに、一番最初のプロローグは誰の視点だと思われますか?
まだまだ登場には少し時間がかかりますが、後々物語に深く関わる重大な部分です。どうかこの最初のプロローグの存在をお忘れないように。