起 てらおかさん、弟子になる。
少なくとも、この作品世界においては「星」とは明確に生き物である。
銀河に散らばる幾千万の彼らは、本能を持ち、意思を持ち、時として通常の天文学的物理法則を離れ、奇怪な行動をとることもあるのだ。
少女がいた。
夜の草原に寝転んで、満天の星空を見上げていた。
今生まれて、初めて望んだその光景に、彼女は思わず手を伸ばし――
視界の一角、微かに、一筋の流星が闇を裂くのを見た。
その星は闇を喰らいながら流れ、一際明るい輝きに忍び寄り
瞬いて、消えた。
起 てらおかさん、弟子になる。
熊殺・鉄拳は片田舎の地方都市で道場を営む、一般人を自称する怪人である。
立てば巨人、座れば熊、歩く姿は大魔神。そんな風に渾名される彼は、数年前に発生しかけた熊嵐を物理的に鎮圧した怪人物として、それを知る人々には恐れられているようだ。
その評判を知っているのか知らぬのか。今朝も本人は極めて暢気な様子。
いつものように日の出前に目覚め、どうにか残った片目を眠たげにしょぼしょぼさせながら、都市外周をぐるりとランニング。
1時間ほどで戻ってくれば、そこには丁度新聞配達の学生がいた。傷跡の残るごんぶとの手で今朝の新聞を受け取り、挨拶を交わして別れる。新聞の内容は政治ショーだったり、事件の続報だったり、久しぶりの快挙をなしたスポーツ選手の記事だったり。世はおしなべてこともなし。
そのほんの片隅に、天体に関する小さな記事が載っていた。
【超新星観測さる! 一晩にして燃え尽きた星の怪!】
「……ふう、ん? 奇妙なこともあるモノだ、な」
なんとなく気になって読み込んでみれば、どこそこの国の宇宙開発部が移住先の候補としていたという地球型惑星が、突如として爆散し、跡形もなく消えてしまっていたのがつい最近観測できたのだという。識者は核の異常活動説やら彗星激突による影響だとかいろいろ挙げているようだが――
「原因不明、ねえ」
……こういうのを杞憂というのだろうか。人間の枠を半分踏み越えてしまったような体躯の熊殺でも、星が爆発なんてしたら生きてはいまい。この星もそうなるのだろうか。原因不明である以上、そうならない理由もまたない。うーんもしかしたら明日死ぬのかなあ。先に旅立たれた親父殿、母上殿。あなた方の跡継ぎは、未使用のまま明日死ぬかもです。
「……なんて、な。洒落にもならん」
ため息を一つ。
都市外周に建つ彼の道場周辺は開けており、とても見晴らしがよい。
今も山の端から朝日が昇り、人っ子一人いない道を照らしている――
不意に熊殺の体が強ばった。
なにか、いる。山の方から、何か、来る。
荒行中に山中で見た巨石にも似た、巨大な存在感。
これはそもそも、生き物が発していい類いのモノだろうか?
しかしケモノのそれでは、ない。
近づいてくる。
風雲に朝日が陰る。
恐怖が胸を掴む。なだめすかし、影の中、ゆっくりと振り返る。
(まだあの学生は、近くにいるのだろうか。あれが逃げ切るだけの時間は稼ぎたいところだが)
鈴の鳴るような声がした。
「あなたは、ここの人、です、か?」
そこに少女がいた。
十代前半のようにも見える。白い腰まで届く長い髪。幼げながら美人顔。小さなからだ。一枚布のような奇妙な服。
――そして、奇妙なまでの存在感。熊殺は直感する。(人では、ないな)
「……そうだが」
「ここ、に、クマーを殴った人がいると、聞きました。ほんとう、ですか?」
少女はやけに深刻そうな調子で言う。所々で言葉に詰まる様子はまるで、つい先刻言語を知ったような拙さだ。
熊殺はそのあたり気づいた様子はない。ただ、実はあれトラウマなんだよなーと渋い顔。
「……。そう、だが」
このとき、彼は思わず息を止めた。
不意の風が雲を吹き散らした。あたりが一度にぱあっと明るくなる。
少女の、一瞬だけの破顔。超嬉しそう。腕ぱたぱた。
「そ、それは、あ、あなた、ですか??」
「…………。そう、だが?」
熊殺、その質問でようやく再起動。そして、少女のこの好反応に、とても困惑した。
(普通の子は。熊殺ししたよ、なんて言っても信じないし。そもそも引くんだよなあ……)
やはり人外では。
少女は、目を、きらきらさせている。無表情だが決意を込めて、
「弟子入りに、きまし、た」
「……うん?」
「わたしは! わたしは? わたしの、なまえ、えーっと、……そう。【てらおか、つきこ】、です!」
(何故悩む)
「わたしに! 星の殴り方を、教えて欲しい、です」
「……………………うん??????」
生まれたてのような白さの少女の手が、十倍はありそうな熊殺しの手を掴んでぶんぶん振っている
熊殺、大困惑。少女、無表情ながら大興奮。
身長差にして1.5m。
事案であった――
さておき、拒める理由もなかったので、彼女はこの道場で預かることとなった。
少女の名はてらおかつきこ。自称0歳の美人さん。
男の名は熊殺・鉄拳。自称一般人の怪人さん。
この日から、奇妙な師弟関係が始まった。
「俺の教えられることは、教えよう。その代わり、他の者を傷つけないこと」
「はい、ししょー! だいじょーぶ、傷ひとつ、つけない、です!」
「…………。」
「なら、いい。では、はじめよう。素人らしいので、とりあえず基礎から――」
この二人にまつわる話を一言で言うのなら
これは、せいけんづきのはなしだ。