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第七話

領主館は別のにぎやかさを取り戻していた。喧騒ではなく、一仕事終えた後の軽い宴といったところである。ただし、それはクロード卿の部下だけであり、シャルローゼの部下たちは邸内で別に設けられていた部屋でひっそりと休息を取っていた。

 外の騒ぎを遠く室内の部屋から聞きながら、カノンは居心地の良いソファーに身を沈める。


「いたずらにしては手が込んでいます」


 さすがに冷ややかな口ぶりになるのは避けられない。相手はシリル・ヴェスタ、それにオニキスである。領主殿と先代当主殿はどこかに行ってしまっている。


「全部が全部嘘だというわけではないさ」


 シリルは赤竜の背中を撫でながら言った。炎が纏われているはずなのに火傷一つしてない。赤竜は気持ちよさそうに甘えた声を出した。


「推理としては見事だったが、いくつか穴があったな」


 シリルに言われずともカノンは理解していた。


 シャルローゼと港で邂逅した後の襲撃のタイミングが手回しが良すぎたこと。

 それに対応するシャルローゼの手回し(部下を待機させ馬までも用意させていたこと)が早すぎたこと。

 地下牢に突入した際のクロードの言葉。

 泣き叫ぶはずのファムが終始眠ったように静かだったこと(睡眠魔法をかけられていたそうだ)。

 

 等である。他にもあるが数え上げるだけ疲れるのでカノンは黙ったままだった。


「実際これだけの偽装を行った理由も、その相手も、君には想像がついているのではないかな?」

「いいえ、全くです」

「本当に?」

「はい」


 カノンはこればかりは分らなかった。ここまでしてだましおおせたい相手というのは一体誰なのだろう。

 

「・・・・・・・・」


 シリルはオニキスを見た。少し笑いを含んだ横顔で。


「えっ?」

「そう、俺だよ」


 オニキスは笑った。カノンは思わずオニキスとシリルの顔を見比べた。


「どういうことですか?」

「シャルルベルト殿の所属をストレ・カノンは知っているかな?」

「いいえ」

「俺はナッサウ家に雇われた人間だ。ドナウディア家を監視するためのな。でだ、伝手を頼ってドナウディア家の食客として入り込んだが、何というかシャルローゼ殿に同情してしまってな」

「では――」

「ナッサウ家は知っていたのさ。シャルローゼ殿に既に子がいることを。で、内々にクロード卿に話を付けた。縁談を進めたければ、子を殺せ、と。そんなわけでこの大掛かりな芝居はナッサウ家の雇われ人間である俺に対して仕掛けられたものだという事だ」

「・・・・・・・・」

「ま、俺としてもキナ臭いことには首を突っ込みたくはなかったが、やむなしだ。卿とシャルローゼ殿と相談して一芝居打つことにしたんだ」

「・・・・・・・・」

「わけがわかりません、という顔をしているな」


 シリルが微笑した。金髪に緑色の瞳が悪戯っぽそうに光る。


「シャルルベルト殿は一体誰の味方なのですか?」

「おっと。そいつは内緒だ。まぁ、アンタのおかげでうまく事が運んだよ。今頃街では大騒ぎをしているだろう。この噂はじきにナッサウ家にも飛んでいくな」


 オニキスは立ち上がった。シャルローゼが入ってきたからだ。シャルローゼの腕には例の幼子が抱かれている。シリルも赤竜を放すと立ち上がった。赤竜はあくびをして宙返りして消えた。


「???」

「表向きはこう発表される。クロード卿とシャルローゼ殿はシャルローゼ殿の非嫡出子をめぐって相打つことになり、非嫡出子は死亡し、シャルローゼ殿は部下もろともに幽閉され、ほどなく謹慎処分を言い渡された、と」


 カノンの表情にシリルが答える。


「しかし、裏では違う。この子、ファミュレット・クロステル・ドナウディアはレオルディア皇国にお迎えすることとなる」

「そんな――」

「政略とはそういうものですわ」


 シャルローゼが寂しそうに言った。その隣でクロードが娘の肩に手を置いた。


「じゃが、儂にとっては大切な孫、シャルローゼにとっては大切な子じゃ。寂しくないわけがない。まして殺すことなどできはしない」


 クロードがはっきりとした意思を示した。


「この子と別れるのは寂しいけれど、でも、この子が死ぬ運命にあるのであれば、それを母としては回避させたい。たとえ離れ離れになっても生きていてほしいと思いますわ」


 シャルローゼがファムを抱きしめながら言った。


「では、シリル殿、手筈通りに我が孫ファミュレット・クロステル・ドナウディアをレオルディア皇国にお連れして欲しい。シャルローゼの部下たちの中で腕利きの数名を護衛として同道させる」

「承知」


 シリル・ヴェスタがクロード卿にうなずき、ファムをシャルローゼから抱き取った。ぐっすりと眠っている狐耳の幼児はときおり指をしゃぶっている。

 どうしてレオルディアに、という疑問点をカノンは飲みこんだ。何とはなしにその理由がわかった。同時にシャルローゼの相手が誰なのかもおぼろげながら。


 けれど――。


「どうして私を巻き込んだのですか?」

「あぁ、それは本当に悪かったと思っている」


 シリルがファムを抱いたまま謝った。


「君の存在、正確に言えば君のランクが、私がここに派遣される理由付けとして必要だった、という事だ」

「・・・・・・・?」

「ストレ・カノンがここに在籍していることはよく知っていた。アルテシオンから善意で魔調律師を派遣することなど普通はありえない、という事だよ」


 帰路に必要だったわけなのですね、とカノンは心の中でつぶやいた。


「心配はいらない。アルテシオン上層部にはうまく説明をしておくから、君が巻き込まれる事はない。その代り、君もここであったことを口外することなきようにして欲しい」

「はい」


 そう言えば、とカノンは思う。あの時合格とシリルは言ったが、それはどういう意味なのだろう。それを尋ねると、シリルは左手の人差し指を顔の前に立てて見せた。


「君の腕はなかなかだったよ。『合格』とあの時いった意味を君はほどなく知ることになるだろうね」


 シリルが微笑を浮かべ、そしてシャルローゼとクロードに一礼すると、部屋を出て行った。


「さて、と。俺も折を見てナッサウ家に報告しなくてはならんか」

「よろしく頼む、シャルルベルト殿」


 クロードが頭を下げると、オニキスはかぶりを振って屈託無げに言った。


「なに、これもあの御子のためです。本来であれば母君の元にいた方がいいのですがね。申し訳ないことをしました」

「いや、貴公のせいではない」

「一心同体という奴でしてね」


 最後に脈絡のないことを言ったオニキスは部屋を出ていった。


「さて――」


 カノンはクロード卿を見た。


「貴女には大変迷惑をかけたと思っておる。シリル銀貨100枚では足りぬほどの迷惑をな」

「そのようなお気遣いは無用です。クロード卿」


 カノンは静かに、けれどきっぱりと言った。


「貴女の、このブロアの街での魔調律師業について何かしら支援をすることはできなくて?」


 シャルローゼが尋ねたが、カノンは首を横に振った。


「どうか、私の事は放っておいてくださいますよう、お願いいたします。私はひっそりと暮らしたいのです」


 そう言ったカノンの表情にさっと暗い影が走ったのをシャルローゼは見逃さなかった。


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