第五話
「ここでは何ですから、少し馬車で話をしませんこと?」
シャルローゼが示したのはドナウディア家の文様をあしらった馬車だった。ひいているのは気品のある白い大きな馬だった。
「バレてしまいましたわね」
馬車に一同が乗り込むとシャルローゼはカノンに微笑みかけた。この人の素描を見た気がしてカノンは目を見張った。
「ええ、あなたの推理通り、私が一人二役を演じました。そしてそれはどちらも本物だったのですわ。一方は子を想う母親として、そしてもう一方はドナウディア家の当主として」
「どちらも本物だったのですか?」
「一か八かの賭けだったのですわ。あの子が途中で泣きだしたときはどうしようかと思ったけれど」
「気づいていらしたのですか?」
「子供の声はすぐにわかりますわ」
シャルローゼが微笑んだ。
「貴女の家を選んだ理由は、まさか自分が依頼した店に子供を預けるなどとはお父様はお考えにならないと思っての事。木を隠すには森の中、でしたかしら?」
「・・・・・・・・」
「これから話すことは我が家の、正確に言えば私自身の恥を話すこととなります。けれどそれを後悔しません。何故なら貴女には聞く権利がおありになると思うからですわ」
「話したくなければ――」
「いいえ、黙って聞いて下さる?」
シャルローゼは静かに話し出した。
** * * *
ナッサウ家とドナウディア家との縁談。
これを推し進めたのは、シャルローゼではなく、クロードだった。原因は2つ。一つはドナウディア家とルロンド王家との間の確執。
ブロアの街と中央大陸との間にはエルテーゼ海があるが、そのエルテーゼ海を渡って中央大陸のレオルディア皇国と呼ばれる国とドナウディア家とは交易をしていた。
交易特権はドナウディア家の古の戦功を重んじたルロンド王国の先王によって下賜されたものであるその頃はルロンド王家とレオルディア皇国との仲は悪くはなかった。
実際今もルロンド王国とレオルディア皇国とは同盟関係にある。
「ところが、少しキナ臭くなってきましたの」
シャルローゼが憂い顔を見せる。ルロンド王家の王が代替わりし、隣国カロリア王国との同盟を強化する一方、レオルディア皇国と疎遠の動きを見せつつあるという。
「当然ドナウディア家としても割を食うわけだ」
オニキスがカノンに言った。シャルローゼは苦々しい顔をしながらうなずいた。レオルディア皇国と協調をとり続けるか、あるいは鞍替えしてルロンド王家とのつながりを強化するか。
クロードが選択したのは後者だった。そこで、ルロンド王家とのつながりが深いナッサウ家と婚姻を結ぶことで、ルロンド王家よりに舵を切ることにしたということである。
「わたくしは反対でしたのよ。ルロンド王家とのつながりをとれば、これまで培った海上交易の道は閉ざされる。そうなったら、他に対した収益の見込みがないドナウディアは領主として立ち行かなくなるのです」
「でも、どうして当主であるあなたの意向をクロード卿は無視するのですか?」
「それは・・・・・」
シャルローゼは顔を伏せた。そして顔を上げた時には羞恥と怒りと後悔とが混ざった顔をしていた。
「先ほど話した理由の二つ目になるのですわ。私に落ち度があったからです。そしてそれはあの子に関わりのあることなのですわ」
その時、馬車の扉がたたかれた。3人が顔を向けると、一人の部下が慌てた様子で扉を叩いている。オニキスが空けると、部下は息を荒くしながら一気に話した。
「クロード卿が、お、お子を奪われ、領主館に戻られました!!」
「―――!!何故、そんな、どうして――!!」
「つけられていた、かな」
オニキスがつぶやいた。クロード卿の老獪さはシャルローゼを上回ったらしい。カノンとシャルローゼとのつながりを見て取るや、すぐにその手を向けたというわけか。
カノンはタフィ・ローズを呼んだ。黒イルカは宙に現れたが、どことなく憔悴している。
「ごめんカノン・・・・相手にも魔調律士がいて・・・・・戦ったんだけれど、かなわなかった」
「魔調律士?」
「私たちの業を現すものです」
カノンはオニキスに説明した後、タフィ・ローズに、
「ばあやは?フィーは?」
「ばあさんは気を失っているけれど、大丈夫。生きているよ。フィーも怯えているけれど無事」
「相手の人数は?クラスは?」
「人数は一人だったけれど、クラスはわからない・・・」
「わかりました」
カノンはシャルローゼを見た。
「一刻も早く領主館に向かいませんと。お子様の御命が――」
「あなたには迷惑はかけられませんわ」
「いえ、お子様の事は私にも責任がありますから、ついていかせてください」
強い決意を秘めたカノンをシャルローゼはじっと見ていたが、
「ええ、そうね。すぐに向かいましょう」
シャルローゼは部下の一人に指示し、馬車を領主館に急行させるように言うと、自分はすぐに馬車から降りた。そして数人の部下たちの前までやってきた。そこには数頭の馬も一緒にいる。
「わたくしたちは馬で行きましょう。・・・あなた馬には乗れて?」
「ええ」
「乗れるの?」
シャルローゼは驚いた顔をしていたが、すぐに部下たちに指示し、3頭の馬を用意させた。一頭はシャルローゼ、一頭はオニキス、そしてもう一頭がカノン。後ろに12人の部下が従い、他の15人は馬車の護衛につく。
「本当は200人以上の部下がいてしかるべきなんだが、ここにいる部下たちはほとんどがシャルローゼ殿の直属でしかないのさ」
オニキスがカノンに言った。ブロアの街の領主であれば、300人の手兵はいる。それが30名足らずということはほとんどがクロードの配下のままだという事だろう。全員は領主館にいないとしても少なくとも100人以上がいる可能性は高い。状況はこちらに不利だ。
だが、それを気にすることなくシャルローゼはひらりと馬にまたがった。流石はブロアの街一の乗り手であらせられる、といったような声が部下たちの間から聞こえた。
「では、参りますわよ。多少荒っぽくなりますけれど、しっかりついていらしてね」
そう断るや否や、シャルローゼは一鞭くれてイナズマのように駆け出した。慌ててオニキスが、そして、シャルローゼの部下たちがそれに続く。カノンも馬の鬣に軽く右手を触れると、すぐに後に続いた。