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第三話

翌日――。


 吹雪はすっかりやんでいたが一面ダイアモンドダストの粒が淡い黄色の光によって光り輝いていた。ウィトゲンシュティンでは晴れるという事がめったになく、雲を通じて太陽の光が弱々しく見られる程度なのだ。


 モーリス・エルメロス栽培試験場。


 試験場というが、一見森に囲まれた草原だった。そこに既に数人の人間が集まってきている。全員ランク・サファイアの持ち主だろう。


「自由と勝利の為に!!」


 横合いから不意に声が聞こえたのでカノンはびっくりしてそちらを見た。

 赤い深紅に膝上の黒のスカート、プラチナブロンドのスカーフを胸元に身に着けた女性が軽く右手を腰に手を当ててこちらを見ている。この寒いのに脚にストッキング一つ身に着けていない。見事な金髪を結い上げ理知的な黒い瞳はカノンを柔らかく見つめている。


「前方に気を取られていては駄目よフロイレイン」

「あの、今のは・・・・・」

「私の故郷の格言。前大戦で私の故郷は占領され制圧された。その魔の手から故郷を解放するため私たちの父祖は必死に戦った」

「あの・・・・・・」

「ヴィシ・ド・レヌーレ公国から参りましたリベーネ・ミルレアン・ド・ポーアルネ、です。どうぞお見知りおきを」

「あ、は、はい。あの、私、カノン・エルク・シルレーン・アーガイルと申します」


 相手のペースに巻き込まれながらもなんとか自己紹介を終えた。相手は快活にうなずいて、


「良い響きの名前ですね、ストレ・カノン」

「あの・・・ストレ・リベーネ、あなたも魔調律師のクラス・サファイアで――」

「ウィ。その通りです。この度クラス昇格試験を受けに参りました」


 身振りを示した。歩きながら話そうというのだろう。二人は他の人間が集まっている場所に向けて肩を並べて歩きだした。リベーネの方が少し背が高い。

カノンがちらと見たリベーネの横顔には快活さと共に自信もにじみ出ていた。それは試験を軽んじるものではなく、素直さと柔らかさ、そしてこれまで培ってきた自分の努力を信じる思いを秘めたものだった。

 そう年は違わないのに、とカノンは内心と息を吐いた。自分にもこんなに自信があったらと思わないでもない。


 カノンとリベーネがやってくるのを一様に他の人間が見つめてきた。探るような眼、冷たい眼、無表情な眼、見下したような眼、友好的な眼等。獣人、エルフ、鳥族、ドワーフ、ゴブリン、オーク、人間。本当に様々な受験者がいると、カノンは思った。

 ここでは見た目や種族は関係なしにその実力が問われる世界なのだ。


「さて、全員到着したようだから試験を始めようか」


 声なき声が聞こえた。空間そのものから拡声器のようなもので響き渡る。これも魔導具の力なのだろうか。性別は不明だったが、ネーヴェネディア教授とは違う声だ。


「今回の試験内容は一味違う。文字通り君たちがどう行動するかによって試験結果のみならずこの世界の様相も変わってくる」


 二、三の者が声を漏らした。何かが違う。今までとは何かが。それはカノンも感じていることだった。リベーネを見ると、彼女は変わらぬ表情をして声に耳を傾けている。心なしか眼が細まったような気がしたが。


「魔調律師の上級クラスに進むという事はそう言うものだと理解してほしい。自信がない者は降りてもらって結構」


 さきほど声を漏らした数人を含め、誰も動こうとしなかった。声なき声は満足そうに結構だと言った。

 次の瞬間、声なき声が申し渡した試験内容に一同ざわめいた。


「今回の試験内容は『未完成の世界』からこの世界を守ることだ」


** * * *


クラス昇格試験――。

ざわめきの中、改めて声なき声が詳細を伝える。それは、未完成の世界に赴き、そこの障害バグを消去し、この世界への干渉を防ぐという事だった。

魔調律師の本当の使命、それは未完成の世界からこの世界を守ることであり、そのためにありとあらゆる事態に対処できる人間を育て上げていたのだという。


「到着して既に君たちに配られた試験の詳細が今回の赴く世界のゲートとなる。一度見てみるといい」


 一同同時に試験の詳細の紙片を取り出す。するとそれが不思議な光に包まれてみるみるうちにゲートと化していく。


「制限時間はない。あちらの時間とこちらの時間の流れは違うものなのだから。あちらの時間は悠久の停止の時を抱き眠りについている。世界の創造者が物語を進めるか、あるいは別の何かが介在して時を進めるかがない限りは。しかし、その影響は確実にこの世界に流れ込んできている」


 声なき声は姿を見せないが、なぜか全員が逐一自分を見られている感覚に陥った。


「今から君たちが出会う世界は一人一人に無作為に選ばれたものだ。行くも引き下がるも君たち次第。さぁ、もう一度問う。どうする?」

「自己責任ということだな」


 誰かがつぶやいた。万が一この先で何かあってもそれは本人が選択したことに起因するものとなる。カノンはかすかに身を震わせた。だが、強い決意がみなぎってきた。ここを突破しなくては先に進めない。


 誰一人下がる者はいなかった。


「では進みなさい。そして何をすべきかを考えて行動するように。あっ――!!」


 最後に何かが叫んだように聞こえた気がしたが、既に体が光に包まれ、カノンは意識が遠のくのを感じていた。


** * * *


気が付くと一面雷雨だった。暗黒の空に時折白い稲光がたばしっていく。全身が黒い雨でみるみる濡れ細っていく。

どうやら呼吸はできるし、重力も時間の流れも元居た場所と違いはないようだった。それがこの世界のもつものなのかあるいはここにやってきた自分に働く不思議な力の恩恵なのかはわかりかねたが。


 あたりを見回すと、そこは街だった。黒い石畳があり、石造りの建物が立ち並ぶ整備された街のようだったがそれ以上のことは暗くてわからなかった。

 カノンは軒下を見つけてそこに入った。考えるにしてももう少し乾いた場所で考えたい。


ここで何をすればいいのだろう。暫く考えていたカノンは黒イルカを呼び出した。


「ブエックシュッ!!!」


 黒イルカはくしゃみをして身を震わせた。そして不機嫌そうな眼でカノンを見た。どうやら精霊出現回廊キュスティナルヴァは生きているらしい。


「どうして呼ぶのさぁ。あの丸ネコオスカーとか何とかを呼んだらいいじゃん」

「タフィ・ローズ」


 カノンはなだめるように軽く手を上げた。


「力を貸してほしいのです。ここでは私一人ではできることが限られます」

「ふんだ」


 軽い吐息を吐いたカノンは、


「それほどあの丸ネコオスカーが気になるのですか?」

「べべべ別にィ!?気にしてないしィ!!」

「なら良いではありませんか。仕事ですよ」

「・・・・・・・・」

「返事は?」

「・・・・はぁい。で、ここは一体どこなのさ?」


 黒イルカが宙返りしてあたりを見まわす。稲光に照らされ時折浮かび上がってくるのは黒々とした街だった。街はやむことのない雨に打たれ続けている。ところどころ石畳には水たまりができ、それが低い場所に小さな川となって流れていく。


「わかりません。ですが、この世界の問題、障害を解決することが今回の試験内容なのだそうです」

「ふうん・・・・、で、カノンはそれが何なのかわかったの?」

「いいえ。ですが方向性は見つけられそうです」


 カノンは黒イルカを見上げた。


「このあたりでオーラ若しくはそれに類する力の反応はありますか?」

「どうだろうね~・・・・・・って、ひゃはぁっ!?」


 不意に黒イルカが悲鳴を上げた。そしてしきりに一点をヒレで指しながら叫んだ。


「ああああ、あれ!?あ、あれ、誰かいるよ!?」

「・・・・・・・?」


 カノンが闇に目を向けると、確かに人影が立っている。この土砂降りの雨の中微動だにしていないが。


「誰でしょう・・・・・」

「何か嫌~な予感がする」

「見に行ってみます」

「え?!ちょ、やめた方が――」


 黒イルカが身を震わせるのをしり目に、カノンは飛び出した。手でベレー帽をおさえながら走る。距離にして50mあるかなしか。人影は近くの小さな花壇のようなところに立っている。


「あの!!」


 数メートル近くまで接近して声をかけるが、動かない。なおも近づいたカノンの足が止まった。そして声なき声を上げて後ずさった。

 そこにいたのは、石像だった。花壇のそばのベンチから立ち上がろうとしたままの姿勢で固まっている。まるで突如石にされた人間のように動きを秘めた格好で固まっている。


 不意にカノンは周りを見まわした。何かが視界の隅をよぎったようなそんな感じを受けたのだ。

 暫くその場に立っていたが、何も出てこない。勘違いだったかと思いつつ、カノンは急いで軒下に戻ってきた。黒イルカが「なんで僕を一人にしたんだよぅ!?」という恨みがましい眼をして出迎えた。


「おおお、お化けだった!?」

「いいえ、石像です。でも、どこか不自然でした」

「やや、やっぱり!!何かいると思ってたんだ!!きっと突然僕たちに襲い掛かる――」

「タフィ・ローズ」


 カノンは当惑そうな顔を黒イルカに向けた。


「心配していては何も前に進みませんよ。それより先ほどのお願い、やってくれますか?」

「うう・・・・・」

「では、これを」


 カノンが糧を取り出すと、黒イルカは身を震わせながらそれにパクリと食いついた。そして元気そうに「フ~ッ」と息を吐きだすと、身をグルグルさせて動き始めた。


「どうでしたか?」

「ンァ・・・いるよ。反応は三つ」

「三つ?」

「うん、一つはずっと離れているけれど、止まっている。もう一つは街の反対側を動いている。最後の一つはあの塔の中にいる。動いていないわけじゃないけれど、動き方は鈍いよ」

「あの塔?」


 カノンは軒下からそっと身を乗り出した。街の建物の間から、降りしきる雨の中にひっそりと塔がたっていた。さほど高くはない。せいぜい街の建物の4倍程度だろうか。


「三つの力の強弱はわかりますか?」

「わからない。何かが邪魔をしている気がする」

「・・・・・・・」


 強弱についてはあてにできない。ではどうするか。近いところに行くか。それとも遠いところに行くか。

 カノンは迷った末、塔を見上げた。稲光に照らされた塔は黒々としている。不意に一筋の風が吹きつけてきた。それほど強くなく何でもないものなのにどこか普通でない冷たさを感じて、カノンは身を震わせた。


「塔に行きましょう」


 カノンは言った。



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