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伯爵令嬢(職業は魔調律師)の喫茶室  作者: アレグレット
皇帝ヘレメル・メルヘレ
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第四話

『シャルローゼからは急いで保護するようにとの言伝を受け取っていますわ。それでその異世界転生者はどこにいて?』

「先ほど風に当たりたいと外に出て行きました」

『いませんでしたわよ』

「えっ!?」


 カノンは外に通じるドアを開けた。ほんの狭い庭なのに、ヘレメル・メルへレの姿はどこにも見当たらなかった。


「そんな・・・一体・・・・」

「これをつかったんじゃないかな?」


 黒イルカが塀に立てかけられた梯子をさした。カノンは唇をかんだ。庭の隅においているものであるが、ヘレメル・メルへレはこれを使って家の外に出て行ったらしい。


『カノン、一体どういうことですの?』


 ティアマトにカノンは手短に事情を説明した。ティアマトの顔はみるみる内に険しくなる。そしてぽつりと言った。


『危険ですわ』

「危険ですか?」

『ええ・・・ヘレメル・メルへレとやらは今精神の均衡を失っている。その状態で更に何かが加われば、下手をすればとんでもないことが起きるかもしれませんわ』

「またまた大げさだなぁ、ティアマト」

『御黙りなさい、クソイルカ。良いですの?異世界からの転生者はときに規格外の力をもってくることが往々にしてあるのです。精神の安定が失われて力が暴走したらどうなるか・・・・あなたもそれくらいは知っているでしょう?』

「知ってるけれどさぁ」

「あの、それは・・・・」


 口ごもるカノンに、黒イルカをつまもうとしていたティアマトが振り向いた。


『酷い例でいけば、大陸一つが消し飛んだこともありますのよ。それも強力なオーラで封じこんでやっとのことで被害を最小限にしてもなお、だったのです』

「・・・・・・・」

『下手をすればこの世界はおろか、隣接する異世界も巻き込んで世界終焉ビッグクランチを迎えたかもしれない事態だったのですわよ!!』


 カノンは絶句した。雲が太陽を覆い隠し、皆の顔に影が差した。


「そんな――」

『ヘレメル・メルへレがそれに該当するかはわかりません。ですが、万が一という事があります。一刻も早く、ヘレメル・メルへレを見つけ出さなくては』

「ティアマト、ジュンの時のようにオーラで検知することは可能ですか?」

『カノン・・・・残念ながら、ジュンの場合には私たちと同調シンクロするオーラがあったから捜索できましたけれど、ヘレメル・メルへレの場合にはそれがないんですのよ』

「では・・・・」

『そう、人海戦術で地道に探し出すほかありませんの。ホラ、クソイルカ、あなたも協力するんですのよ!』

「僕はタフィ・ローズだって――」


 ティアマトの眼光に怯んだ黒イルカが何度も顔を上下させた。


「はいぃぃ!!行きます、行きますってば!カノンも早く!」

「・・・・・・」

「カノン!!」

「わかりました!ナネットにも・・・いえ、心当たりの皆様にお願いして手分けして見つけ出しましょう」


 カノンは心当たりを思い浮かべた。ルスティ・クローディア、教婦補たち、ジュン、ヨッシ親父、カリオストロ、領主館の家臣たち。

 総員を動員して見つけ出さなくては。一刻も早く。


「行きましょう」


 カノンは蒼白な顔で皆に言った。


** * * *


1時間後――。

集合場所に指定されていた港を見下ろす高台の公園広場に人々が集まってきた。


「見つかったか?」

「駄目だ、いねえ」

「そっちはどうだ?」

「駄目です。見当たりません」

「こっちも駄目だった」

「こっちもです」

「こっちも収穫なしです」

「こっちもだよ」


少女が一人行方不明。大至急捜索の必要あり、とだけ言い、ヘレメル・メルへレの画像を飛ばし、それを目当てに捜索に協力してもらうようにカノンは各方面に光速通信を送っていた。

 そのおかげもあって、少なくない人数が捜索に協力してくれていた。


「本当にどこに行っちまったんだ!?」


 ジュンが声を上げる。その隣でカノンは総身が震えてくるのを感じた。

 ヘレメル・メルへレからは特にオーラの類は感じなかった。食事のマナー一つロクにできないほどだ。皇帝とは名ばかりの何もできない小娘だ。


 でも、でも、だ。

 あの虚ろな目は忘れられない。今思い出しても戦慄するほど恐ろしかった。


 もしも、もしもヘレメル・メルへレがティアマトの言う「規格外」の存在だったとしたら。

 大陸一つ吹っ飛ぶだけでは済まない事態になったとしたら。

 

 そうなった時、一体どうすればよいのだろう。


「大丈夫だ」


 カノンの手にそっと手が重ねられた。ジュンがカノンの右手をさすっている。


「アイツはきっと見つかる。っていっても俺、あいつの姿を直接見ちゃいないんだがな」


 公園は黄昏の色を帯びていた。カノンたちをよそに、子供たちがのんきに遊んでいる。いや、一人だけ子供たちにつま弾きにされている子供がいた。


「や~い、またお前の負けだ」

「足おせえなぁ」

天翼族ハーヴィーだからじゃねえの?」

「その翼があるから足が遅いんだよ」


 子供たちに囲まれ、べそをかいているのはまだ小さい天翼族ハーヴィーの女の子だった。両手で顔を覆って泣いている。

 カノンは胸を突かれた。小さい頃の自分を見ているようだった。

 カノンが止めようとして足を向けるも、それより前に行動を起こした者がいる。


「おい、やめねえか!チビども!!」


 ジュンが怒鳴りつつズンズン子供たちに近寄っていく。


「わ~~!!人間だァ!!」

「襲われる~~!!」

天翼族ハーヴィーが呼んだんだ」

「逃げろ~~!!」


 だが、ジュンは先回りして子供たちの前に立ちふさがった。


「おい、何でいじめんだよ、コイツを」

「だって・・・・足が遅いんだもん」

「遅かったらだめなのか?おい、獣耳」


 ジュンは一人の男の子の耳をつかむ。その子は一人獣耳だった。


「いたいよ、やめてよぉ」

「こいつ見ろよ、獣耳だぜ!かっこわりいなぁ!」

「う・・・・!」

「お~~獣耳獣耳!!だから足が速いんだ、獣とおんなじだ」

「う・・・・わぁ~~~!!!」


 男の子は泣きだした。ジュンは次々と子供たちに同様にからかっていく。どの子もそれぞれ他と違った特徴があった。皆一様に泣きだしている。


「おい、いいか、餓鬼ども、そしてお前、こっちにこい」


 一人離れて泣いていた天翼族ハーヴィーの女の子にジュンは声をかける。女の子は泣くのをやめてこちらを見ている。


「な、おい、どうだよ、からかわれるのは。嫌だろ?」

「・・・・・・・」

「みんな違うんだよ、足が遅いってか?そんなもんどうした?それは悪いことじゃねえ。獣耳、お前の耳だってそうだ。みんな個性だ。お前らの父ちゃん母ちゃんから受け継いだ立派なもんだ」

「・・・・・・・」

「それを馬鹿にされちゃあ気分悪いよなァ」

「うん・・・・あの・・・・」


 獣人族の男の子が天翼族ハーヴィーの女の子を見た。お互いべそをかいている。


「ごめんなさい」

「ううん・・・・」

「あの、また、遊ぼう?」


 エルフの女の子がおずおずと言ったように声をかける。天翼族ハーヴィーの女の子は泣き晴らした目をこすって嬉しそうにうなずいた。


「よ~し、いい子だ、よし、思いっきり遊んで来い!!今度は喧嘩するなよ!」

『うん!』


 子供たちは一様に頷き、一目散に走っていった。遅れがちな天翼族ハーヴィーの女の子を皆で囲むようにして手をつないで。

 それをどこか嬉しそうに見送ったジュンはやれやれというように戻ってきた。


「ありがとう」

「礼なんて言われることはしてねえよ。それにしても・・・・本当にどこに行っちまったんだヘレメル・メルへレってのは」

「誰が妾の名前を呼び捨てにしてよいと言った!?」

『あっ!!』


 公園の隅にゴミ捨て用の木箱が置いてあった。皆の視線がそこに集まる。その木箱の陰からヘレメル・メルへレがよろよろと立ち上がってくるのが見えた。


「いた」


 カノンは駆け出した。


「全く・・・いつまでもこんなところにいては、体の節々が痛くて・・・・ぶぎゃっ!!」


 カノンがヘレメル・メルへレの頬を思いっきり、ビンタしたのだ。そして彼女の身体を思いっきり抱きしめた。その拍子に二人とも公園の柔らかい芝生に倒れ込んでしまう。


「な、なななな何をするんじゃァ!!」

「どうして・・・・どうしてどうしてどうして、どうして勝手に出て行ったんですか!?」

「な・・・・・・」

「みんな心配したんですよ!みんな一生懸命に探して・・・・どれだけ心配かければ気が済むんですか!?」

「む・・・・・・」


 ヘレメル・メルへレは口を真一文字に結んでいたが、不意にそれを解いた。


「すまぬ・・・・・」

「すまぬ、じゃありません!ちゃんと謝ってください!」


 ヘレメル・メルへレは眼を閉じ、体の力を抜いた。そして子供のような声で言った。


「寂しかったんじゃ・・・・怖かったのじゃ・・・・どうにもならなかったのじゃ・・・妾には何もない・・・家族も・・・記憶すらも・・・何もかも、妾にはないことにあの時あの場所で気が付いた」

「はい」

「その後当てもなく歩いて、疲れてそこに寝転がっておった。もうどうにでもなれと思った・・・・そんなとき、そこな男の声が聞こえた。みんな違っていてもよい、と。じゃが、妾にはその違いすらもない」

「そんなことはありませんよ。あなたには充分すぎるほど個性があります」

「与えられた、な」

「いいえ。ヘレメル・メルへレ、あなただからこその個性が確かにあります。私はそれを感じました。だから――」


 カノンはヘレメル・メルへレの身体から顔を放し、濡れた頬をにっこりさせた。


「友達を放ってはおけませんものね」


 ヘレメル・メルへレの眼が見開かれ、すうっと両眼から涙がこぼれおちた。


「ごめんなさい・・・・ごめんなさい・・・・・ごめんなさい・・・・・」


 壊れた人形のようにヘレメル・メルへレはいつまでもカノンに謝り続けた。



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