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伯爵令嬢(職業は魔調律師)の喫茶室  作者: アレグレット
皇帝ヘレメル・メルヘレ
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第二話

「急に、どうしたんでしょう?」

「カノンは、少し考えてものを言ったほうがいいよ」


 ボワンと音がして黒イルカが出現した。


「どういうことですか?」

「カノン、今言ったよね『そういうわけではありませんが、そのような場合が多いですね』って。あれじゃあ、ジュンの故郷の世界ももう『未完成の世界エタリア』だって言っているようなものじゃないか」

「あ・・・・・」

「というか『未完成の世界エタリア』ってカノンも言っていたけれど、物語の世界みたいだって表現したよね、自分の『現実』を『物語』だなんて言われちゃったら、僕でも怒っちゃうよ」

「・・・・・・・・」

「カノン?」

「そうですね、私が軽率でした。でも、タフィ・ローズ、私は思いますが、私たちのこの世界も『現実』なのか『物語』なのかなんて誰にも確固たることは言えないと思います」

「僕は知ってるよ」


 黒イルカはくるりと宙返りした。


「ま、僕たち精霊も広い意味じゃ他の異世界からやってきたんだし」


 カノンはテーブルに広げられた茶道具を片付け始めた。ジュンに持って帰らせようとしたパンケーキが包まれたナプキンをいれた籠がテーブルの隅に乗っているのに気が付いた。


「この世界が『現実』なのか『物語』なのかについて」


 黄金色の液体がその輝きを増したのを確認し、カノンは瓶を足元の鞄にしまった。


「私は知りたいとも知ろうとも思いません。私は――」


 カノンは鞄と籠をもって立ち上がった。黒イルカが眼をまん丸にしてカノンを見つめている。


「いえ、何でもありません。ルスティ・クローディアにこれを届けに行ってきます。お留守番、お願いします」

「うん」


 いつもなら一緒に行くというのだが、カノンが一人になりたそうだったのを察したようだった。


** * * *


カノンは店の外に出た。よく晴れた穏やかな天気だった。暑くもなく寒くもなく、心地よい微風がカノンを撫でていく。遠くで子供たちの笑い声が聞こえた。


「・・・・・・・・」


 しばらく佇んでいたカノンは軽く首を振り、肩かけ鞄の肩ひもを軽く直すと、籠を左腕にかけ歩き出した。

 ひっそりと人気のない細い通りを抜け、大通りに出る。あたりには露店が並び、活気のある呼びかけが交錯するが、港の活気に比べればまだまだなのだ。


「おう、カノンじゃねえか、珍しい、どこかにお出かけかい?」

「こんにちは、ヨッシさん」


 露店の一つから声をかけられたカノンは、足を向けた。頬に刀傷をつけたスキンヘッドのいかつい40がらみの大男が煙の中に窮屈そうに座って手を動かしていた。店頭には分厚い鉄板が並べられており、そこには焼き立ての肉が並べられている。

 煙と共に肉のジュウジュウと焼ける気持ちの良い音と香りがカノンに漂ってきた。

 鉄板の隣では寸胴に入れられた肉がつるされており、下から煙でいぶされている。香木で香り付けをしているのだ。

カノンはここで肉を買ったことがあり、その際にちょっとしたいざこざを解決したことがある。

 それで、このヨッシ親父とは懇意の中になっていた。


「あれ・・・・?」


 カノンはふと、店の前に佇んでいた顔に傷だらけの男に目を止めた。刀剣を背に青い髪に白いものが混じった壮年の男。


「どこかで・・・・」

「あったなぁ・・・・」


 二人は顔を見合わせる。ヨッシ親父は肉をひっくり返しながら青い髪の男に声をかける。


「なんだぁ、カリオストロ、おめえカノンの知りあいか?」

「カリオストロさん」

「おう、嬢ちゃんじゃあねえか」


 カリオストロとはゴーレム騒動の際に、協力して街の住民を避難させたことがあった。その後領主様の館に急行する際にすれ違ってそれきりだったのだ。


「元気そうだなァ。あんときは急いで行っちまうからろくに挨拶もできなかった」

「こちらこそ、申し訳ありません」

「なんだぁ、二人とも知り合いなのか」


 ヨッシ親父が二人を見比べた。


「ヒィッツガルドの街でお世話になったんです」

「あのゴーレム騒動があった街か、そういや随分と暴れまくっていた女がいたっていう話だったが、まさかカノンかィ?」

「ち、違います・・・・・」


 カノンは否定する。半分は嘘とも言い切れないので語尾が弱い。


「カリオストロさんはこの街に滞在しているのですか?」

「あぁ。暫くはいるな。というかヨッシと俺は従兄弟どうしでよぉ」


 カノンは二人を見比べる。刀傷と言い、筋肉の付き具合と言い確かに似ているところはあった。


「良かったら私の店に寄ってください。随分お世話になりましたから。魔法屋シュトライトと言えばわかるはずです」

「なんでぇ、水くせえな。俺らだって随分と世話になった」

「お仲間の皆さんはお元気ですか?」

「今は骨休みの最中でなァ。皆それぞれの居場所に帰っちまった。また集まるのはしばらくしてからだな」

「そうですか・・・・」

「まぁ、そう気にするなや、そのうち寄せてもらうわぁ」

「はい、楽しみにしています」


 カノンは二人に頭を下げ、大通りを歩いていく。人通りが多いが大部分は港に向かって歩いていく。船に乗り込むのだろうが、それにしては人数が多くはないのか。

 カノンは少し首を傾げながら、アーチ型の門をとおり、街の外に出た。


 山から吹き下ろす清浄な風が心地よい。さわさわと草木が揺れ、ともすれば眠気を催す天気である。まだ昼前であるが、雲は青い空にのんびりと流れ、太陽はすでに中点に登り柔らかな光を大地に与えている。


「おい、おい、そこの!!」

「・・・・・・・・」

「そこな娘!!」

「はい!?」


 カノンは声のする方を見た。草むらで何かが動いている。声はそこからしているようだった。


「誰ですか?」

「・・・・・・・」


 カノンはしばらく見ていたが、返答もないので歩き出そうとした。


「まて、まてまて、そこな娘!」

「誰ですか?」


 カノンは草むらを見たが、返答はない。先ほど動いていた草むらは静かになっている。


「答えないのであれば私は行きますよ」

「・・・・・・・・」

「良いですね?」


 答えはない。カノンは吐息を吐くと、歩き出そうとした。


「まて、まてまて、そこな娘!」

「いったいあなたは誰ですか?」


 先ほどから声をかければ返答もしない、かといって行こうとすれば呼び止める声にカノンは少し苛立ちを覚えていた。


「行きますよ?」

「・・・・・・」

「答えがないのであれば、行きます、良いですね?」

「・・・・・・」


カノンは足早にそこを離れようとした。と、草むらから今度は慌てたような声がした。


「ままま、まて、待ってくれ、そこな娘ここに来てくれぬか?」

「今度は何ですか?」

「ちと助けが欲しいのじゃ」


 カノンは草むらに足を向ける。そして中を見たとたん顔を真っ赤にして後ずさった。中にいたのは全裸の緋色眼銀髪の美女だったのだ。隠すところを草で隠していなかったら卒倒していたかもしれない。


「あの・・・・そこで何を・・・・・」

「・・・・・・・・」

「不審者は憲兵隊に通報したほうが良いでしょうか」

「不審者じゃと!?」


 銀髪の少女は明らかに気分を害したように首元を掻く。首元には文様のような物が刻まれている。


「そこな娘、もしや妾の名を知らぬと・・・・!」

「はい」

「ヘルティアの建国者にして天使族の長、神の祝福を受けた幼子、魔界の親征者、神聖皇帝ヘレメル・メルへレの名を知らぬのか」

「知りません」

「知らぬのか!!」


 銀髪の美少女はがっくりと地面に両手両ひざをつく。


「あの・・・そんな恰好ではあれですから、服を着ませんか?」

「おぬし阿呆か!」


 美少女が顔を上げ、声を荒らげる。


「妾が服を持っていれば、当の昔に着ておるわ!!それができぬのだからこうして草むらに・・・・ううっ・・・・」

「あ」


 泣き始めた美少女を前にカノンはどうしていいかわからないように途方に暮れていたが、やがて一つうなずいて祭文が施された愛用の鞄の中を探った。


「あった」


 随分前ではあるが、もらった長衣ローブがあったのである。白地に赤のケープが付いており、派手な赤い祭文が刺繍されていて着るのを躊躇っていたものだ。多少しわが寄っているが仕方がない。


「こんなもので良ければありますけれど・・・・」

「何じゃぁ?そのちんちくりんな服は。おぬしの好みか?もっと妾にふさわしいものはないのかのう」

「では、行きます」

「あ、待て待て待て待て待て・・・・・待てと言っておるであろうが小娘!!」


 カノンは顔だけを美少女に向ける。表面は無表情だが、その内心はあきれと面倒くささが全開フルスロットルになっている。


「あなたもおなじようなものですよね・・・・」

「妾は数千の時を経ても変わらぬのじゃ、おぬしの何千倍どころではない年月を過ごしてきておるわ」

「で、着るのですか、着ないのですか?」

「・・・・・着る」

「どうぞ」


 カノンは少女に衣装を渡した。すぐさま草むらに隠れ、ごそごそと何やらやっていたがすぐに出てきた。案外身の丈はカノンと同程度らしく中々に似合っている。


「下がス~ス~するのぉ」

「では、これで」

「待てぇい!!!」


 カノンは足を止めた。美少女が必死の形相でカノンの袖をつかんでいる。


「何ですか、今度は」

「そこな娘、妾を置いていくのか?」

「だって服はもうあるではないですか?」

「下着は・・・・その・・・・ないのか?」

「あればとっくに出しています」

「・・・・・・・」

「もうよいですか?」

「・・・・人でなしが」

「え?なんて言いました?」

「この人でなしが!!それでもおぬしは人か!?」

「私はヴァンパイアですから人ではありません」


 カノンはいとも無造作に言ってのけた。普段であれば絶対に忌避する言葉であるが、なぜかこの目の前の美少女に対してはどんな言葉も投げつけられる気持ちになっていた。


「ぐ・・・・・妾を誰だと思って―」

「ヘルティアの建国者にして天使族の長、神の祝福を受けた幼子、魔界の親征者、神聖皇帝ヘレメル・メルへレ・・・・でしたか」

「うむ」

「数千年では言い表せない時を過ごしてこられた」

「うむうむ!」

「であれば相当のオーラの遣い手でしょう。一人でどうとでもできるのですから、私ごときが手伝うことなど恐れ多い、もってのほか。よって私はもう行きます。さようなら」

「うむうむうむ!・・・・って、え!?ちょ、ちょちょちょちょちょちょちょ・・・・・・・・待てぇい!!!」


 無造作にカノンは美少女の手をほどく。一瞬後、美少女は再びカノンの袖をつかんだ。


「お、おおおおおおぬし、本当に人でなしじゃな!」

「ですから私はヴァンパイアであると――」

「ヴァンパイアであろうが人であろうが何でもよい!おぬし、ヘルティアの建国者にして天使族の長、神の祝福を受けた幼子、魔界の親征者、神聖皇帝ヘレメル・メルへレを置いていこうとは良い度胸じゃのう!!!」

「その皇帝陛下が、一体こんなところで何をなさっているのですか?」

「妾も知らぬ。気がつけばここにおったのじゃ。一瞬前は風が吹きすさびすべてが滅びゆく宮殿の中にいたというのに」


 カノンはハッとした眼で見た。もしかしてこの人は――。


「あの、失礼ですが」

「なんじゃ」

「シャンパーニュ大陸をご存知ですか?」

「知らぬ」

「エルテーゼ海は?ルロンド王国は?ドナウディア家は?レオルディア皇国は?」

「知らぬ、知らぬ、知らぬ」


 カノンは大きなと息を吐いた。どういうわけか知らないが、とんでもない拾いものをしたようだった。


「先ほどまでのご無礼、お許しください。あなたは『未完成の世界エタリア』からいらしたのですね?」

「なんじゃ、それは?」


 カノンは当惑する。未完成の世界エタリアから救出された者は細心の注意が払われる。

 すべてが異なる世界へ転移されるのだ、影響も相当大きなものとなる。したがって、全ての者はコードを与えられ管理される。ある程度の期間経過まではある機関において監視され、その後問題がないとなれば世界のどこかに住まいを与えられ自由を保障される。もっともその後もひそかに管理下に置かれるのであるが。

そのはずなのに、この自称皇帝はそうでなかった。一人ぼっちでこんなところにいたのだ。いったいどうしてなのか――。


「このまま放置しておくわけにはいきませんね」


 カノンは一人うなずいた。


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