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伯爵令嬢(職業は魔調律師)の喫茶室  作者: アレグレット
試験会場はランクSS級迷宮(ダンジョン)
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第七話

 カノンは眼を開けた。そこは宿屋の中庭だった。最初に旅の扉を展開し、旅立ったあの中庭だ。


「ンホホホ・・・ストレ・カノン、御目覚めですか?」


 カノンは体を起こした。そこにはベルガモが立っていた。ショーテルは倒れている二人を介抱している。ヘンリクの姿はない。


「ここは・・・・?」

「ンホホホ・・・見ての通り、宿屋の中庭ですよ、最初に旅立った、ね」

「え・・・・?」


 カノンはあたりを見まわした。確かに出発前にいたあの宿屋の中庭だった。ただ、違うのはまだ二人が眼を閉じたまま横たわっていること。

 アルトの顔には血の気がなく、エリ―サも同様だった。


「残念ながら、二人は合格とは行かなかったようですね。のみならず、あなたまでも迷宮ダンジョンに取り込まれるところでした。ま、そうならないように見届けるのが私の役割だったわけですが」

「どういうことですか?・・・・そういえば、ストル・ヘンリクは?」

「ま、少しその辺りで休むとしましょうか」


 ベルガモは手を差し伸べた。カノンはそれにつかまって起き上がると、宿屋の中庭にしつらえられたテーブルのそばの椅子に腰を下ろした。ベルガモはテーブルの反対側の椅子に腰を下ろす。


「ンホホホ・・・ストレ・カノン。クラスSS級の迷宮ダンジョンを侮ってはいけませんねぇ」


 ベルガモが濃い笑いを浮かべた。カノンは複雑だった。別に好き好んで迷宮ダンジョンに入ったわけではない。どちらかというと巻き込まれた方だ。アルテシオンから書面があり、ヘンリクがあの二人を連れてきて――。


 そう言えば、とカノンは思う。ヘンリクはどこに行ったのだろう?姿が見えない。


「ま、そのことについてはあの二人にももちろん言っておく話ではあるのですが。今のままの力量では攻略はおろか、迷宮ダンジョンに留まること自体もできないということです」

「どういうことですか?」

「すべては幻だったのですよ。あなたたちが旅の扉に入った瞬間から、いえ、正確にいえばもっと前から、でしょうかね」

「・・・・・・・・・」

「ヘンリクはよろしくと言っていましたよ。自分の懐に客人を入れたのは久方ぶりだったと。同時にあなたの心に敬意を表すると」

「!!」


 カノンの表情がこわばった。


「ンホホホ・・・ストレ・カノン、あの迷宮ダンジョンが生き物であることは教えたでしょう?そしてそれは何も迷宮ダンジョン内部に限った話ではないのですよ。その気になれば彼は――まぁ、便宜上彼という呼称を使えば、ですが――外に出てこられる。それも姿形を変えてね」

「では、ストル・ヘンリクは――」

「そんな人間は元からいませんよ」


 カノンは言葉が見つからなかった。


「私も彼とは多少古い付き合いがありますからねェ。この企てに一枚かんでもらったわけですが」

「・・・・・・・・」

「今回は、あの二人を更生させなくてはならなかったのですが、少々手段が強引すぎましたかねぇ・・・・私もショーテルも一部始終を見させていただきましたが、アルトはともかく、どうもエリ―サは更生の余地はなさそうです。思い上がった悪戯見習い(メヌーテ)に効く薬はもうなさそうですねぇ」

「・・・・・・・・」

「ストレ・カノン」


 ベルガモは濃い笑いを消した。笑いを消した彼の表情は冷酷そのものだった。


「力に頼ることがどれほど危険な事なのか、あなたも身をもって知ったでしょう?あなたはまだ賢明でした。軽率にも怒りに任せて力を取り込んで戦ったわけですが、最後にはそれを自ら手放した。そこが重要です」

「・・・・・・・・」

「今回、結果的に一番自らの覚悟を示そうとしたのは、アルトでしたかねぇ」

「・・・・・・・・」

迷宮ダンジョンは試練を与えます。それは目に見えるものではなく、時には心そのものに語りかけてくることもある。そしてそれは試験を受ける者に限ったことではありませんよ、ストレ・カノン」

「常に、自分を律し、見失うことなかれ」


 思わず、家訓が出てしまった。ベルガモはそれを聞くと表情をやわらげた。


「あなたの家はあなたに良いものを身に着けさせましたね。ンホホホ・・・後はあなた次第ですよ、ストレ・カノン」

「はい」


 カノンは静かにうなずいた。あの迷宮ダンジョンでの体験は滅多にあるものではないし、二度と御免被りたかったが、それでも貴重な体験ができたことに変わりはない。まだはっきりと全身にあの時の感触が残っている。

 アルトから継承したオーラの威力はこれまで自分が操ってきたオーラの比ではなかった。

 絶大な力、無敵のスキル――。

 それは抗いがたい麻薬のような高揚感を伴っている。

 力に頼るという事がどれほど危険な事か――。


「さて・・・・あの二人を起こさなくてはなりませんね」

「大丈夫なのですか?」

「ンホホホ・・・何、心配いりませんよ。外傷は全くありません。ただ体験したことが残るだけです。そして、心に負った傷もね」

「・・・・・・・・」

「この糧を生かすも殺すも、二人次第。そしてそれは・・・ンホホホ・・・ストレ・カノン、あなたにも言えることですよ」

「はい」

「ストル・マスター・ベルガモ」


 ショーテルがこちらに歩いてきた。相変わらずの無表情である。


「二人に関しては何の問題もありません。あくまで、体に関しては、ですが」


 では、精神はどうなのか。カノンは問いかけたかったが、怖くなって尋ねるのをやめてしまった。


「ンホホホ・・・ご苦労様です、ストレ・ショーテル。さて、二人が目覚め次第、ディエル家に送り届けるとしますかねぇ」

「え?あの、これは見習い(メヌーテ)の試験ではなかったのですか?だとしたら、アルテシオンに戻られるのでは?」


 見習い(メヌーテ)はアルテシオン他、各国の学校に所属して寮生活を送らなければならない。ディエル家であればレオルディア皇国のアルテシオンではないかとカノンは勝手に思っていた。


「ンホホホ・・・ストレ・カノン、何故一介の見習い(メヌーテ)試験に私がかかわっているのかを少しでも考えれば、これが普通の物ではない事は一目瞭然ではないですか?」

「ええ・・・それはなんとなくわかっていますが・・・・」


 それは道々疑問に思っていたことだった。ベルガモはカノンの心の奥底まで見定めるようにじいっと見つめてきた。紫の瞳は吸い込まれそうに奥深い。


「ンホホホ・・・まぁ、貴女になら少し教えて差し上げてもよいでしょう。この二人・・・自分をディエル家の承継者候補と思っていますが、実はディエル家の一員でも何でもありません」

「えっ!?」


 カノンは愕然となった。ディエル家の紋章が肩にあったではないか。だが、ここでカノンは改めて思い返してみた。それが「本物」かどうかをよく見ていなかった。彼女たちがそう「言った」だけでそう信じ込んでしまったのだ。


 それに――。


 カノンはあらためて理を思い返してみた。かつてオニキスと初めて会った時も思ったことだ。


 人は自分から軽々しく紋様を見せたりはしない。


「残念ですが、『ディエル家の承継者』というのは、完全に刷り込まれた記憶でしかないのですよ。『ディエル家の承継者』というのは、そうですねぇ・・・ある種の暗号のような物だと言ってもよいでしょう」

「暗号・・・・・では、アルト、エリーサ、そしてもう一人の姉の話は真実ではないのですか?」

「そうは言いません。何事もやりすぎるのはよくありませんからねぇ」


 ベルガモはわかったようなわからないような返答をした。


「ま、貴女がこれ以上知ることはあまり身の為になりませんからねぇ・・・ンホホホ・・・少し喋りすぎましたか」

「で、では、なぜ私を同行させたのですか?」


 カノンは思わずどもりながら質問してしまった。事がディエル家の問題ならば、しかもそれを秘匿するような話ならば、なぜ自分を連れてきたのか。

 まさか――。


「ンホホホ・・・、目的は必ずしも一つとは限りませんよ」

「・・・・・・・・?」

「ま、ストレ・カノン、私はあなたについても観察していました。思っていた通りでもありましたし、そうではなかった事実も見出すことができました。ンホホホ・・・なかなか有意義な時間が取れましたねェ」

「・・・・・・・・・」

「ストル・マスター・ベルガモ」


 ショーテルが促した。立ち上がったベルガモはカノンの肩を軽くたたくと、懐から包みを取り出した。平たいもので、中から硬い感触が伝わってくる。


「さてさて、貴女に付き合っていただいたお礼にこれを差し上げましょう。貴女のランクはそう・・・確かクラス・サファイアでしたねぇ?そろそろ次のステップに移るべき時ではないでしょうか?」

「次のステップ・・・・」

「これは私からの推薦状ですよォ」


 あっ、とカノンは声を上げた。昇格にはクラスが上がれば上がるほど、試験を受けるのには何らかの功績か若しくは上位のクラス保持者の推薦状が必要になる。


「ストレ・シリルに以前あなたは会ったはずだと思いますがねぇ。その時に彼女はあなたに何か伝えていませんでしたか?」


 そう言われて、カノンは思い出す。

 あの時のことを――。


** * * *


合格とシリルは言ったが、それはどういう意味なのだろう。それを尋ねると、シリルは左手の人差し指を顔の前に立てて見せた。


「君の腕はなかなかだったよ。『合格』とあの時いった意味を君はほどなく知ることになるだろうね」


** * * *


「あの時の言葉は・・・でも、これは・・・・・」

「ストレ・カノン、まだまだですねぇ。これはあくまでもあなたに機会を与えるだけのことなのですよォ。ここから先は進むもとどまるもあなた次第という事です」

「・・・・・・・・」

「では、ストレ・カノン、またお目にかかる時を楽しみにしていますよ」


 ベルガモは道化師のように大げさな身振りで、左手を胸にあてて一礼すると、ショーテルを伴って倒れている二人に歩み寄った。そして無造作に二人を肩に担ぎ上げると、ショーテルがすかさず旅の扉を展開する。


「待ってください」


 カノンは声をかけていた。二人は扉の前で振り返る。


「アルトとエリ―サはどうなってしまうのですか?」

「ストレ・カノン、それは貴女が知るべき話ではないのです」


 ショーテルがカノンに静かながらそれ以上の質問を許さない雰囲気を纏いながら答えてきた。

 二人は二度とカノンの方を見ずに、扉の中に吸い込まれるようにして消えてしまった。

 残ったのはカノン一人。そしてベルガモが渡した包みだけ。

 夢だったのではないか、とカノンは思ってしまう。


「・・・・・・・・・」


 一人残ったカノンは、呆然と包みを見つめていた。


「お~やっとつながったよ~」


 ボワンという音と共に黒いイルカが出現した。


「カノンどこに行ってたのさ?いや~ティアマトの稽古は大変なんてもんじゃないよ~。あれはどっかのキャンプみたいだし、ようやく逃げ出してきて・・・・ってどうしたのカノン?」

「・・・・・・・・」

「カノン?」

「・・・・・・・・」

「カノンったら!」

「え・・・あっ!」

「も~どうしたのさ、こんなところでぼ~っとしちゃってさ、まさか・・・サボり?」

「違います」


 カノンは立ち上がった。長い旅をしてきたように体がだるい。


「ですが、少々疲れました」


 アルトとエリ―サ。あの二人のことはどうなるか心配だったが、カノンにはどうしようもなかった。あの二人とはもう少し時間があれば、何か通わせることができるほのかな糸があったとカノンは思う。

 本当に、もう少し時間があれば。

 エリーサはともかく、アルトとは友達になれたかもしれない。そして、もしかすると、あるいはエリーサとも友達に――。

 けれど、それは叶わなかった。


「カノン、大丈夫?」

「・・・・・・・・」

「もしかして、泣いてるの?」

「いいえ、大丈夫ですよ」


 カノンはタフィ・ローズを振り返った。いつもの顔だ。このことは自分の胸だけにしまっておくべきことだ。今は駄目でもいつかは話すべき時が来るのかもしれないが。


「タフィ・ローズ」

「なにさ」

「かえってお茶でも飲みましょう。あなたの話も聞きたいですし、糧を差し上げます」

「ど、どうしたのさ、いつもならそんなこと言わないのに・・・・・って、カノン・・・・」


 黒イルカが何かに気が付いたように絶句する。カノンが見つめると、黒イルカがもじもじとしながらようやく口を開いた。

 黒イルカも闇の精霊だ。何か気づくところがあったのかもしれない。


「大変だったんだね・・・・カノン」

「タフィ・ローズ・・・・・」

「体重が増えたんでこんなところに逃げてきたんだね。ここの所お菓子作りでつまみ食いばかりしていたから。うんうん、わかるなぁ~」

「は・・・・・?」


 カノンの眼がきらめいた。カノンから放射された絶対零度のオーラが容赦なく黒イルカを固まらせる。


「ひっ・・・・!!」

「タフィ・ローズ・・・・・・・」

「あ・・・・・」

「前言撤回です。あなたとは話したくありません!」

「あ、ちょちょちょちょちょちょちょ・・・・・・・・カノンってばぁ~~~~!!!お~~~~い、置いてかないでよ~~~~~~~!!」


 足早に中庭を去っていくカノンを黒イルカは慌てて追いかけて行った。




ここまで読んでいただき、ありがとうございます。





次話がまとまり次第、投降を再開します。、





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