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伯爵令嬢(職業は魔調律師)の喫茶室  作者: アレグレット
試験会場はランクSS級迷宮(ダンジョン)
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第六話

目の前の噴水が音を立てて崩れ、はるか先にある街並みも急に重力が復活したかのように次々と下に向かってもぎ取られるように家々が落下し、あるいは崩壊していく。


 その中にあって、アルトは青ざめていたが、逃げ出したり叫んだりしなかった。今にもがれきがアルトに直撃し、猛烈な風が巻き起こり、アルトを消し飛ばそうとするが、それでも彼女は立ち続けていた。


「アルト!」


 カノンの呼びかけに答えなかったが、アルトは眼を閉じ、一気にオーラを展開する。大地が割け、天が陰り、風が猛り狂う中、彼女の身体を激しい緑色のオーラが包み込む。


 不意に数体の影が出現した。先ほどのインドラクシャどころではない、圧倒的なオーラを放つ魔物がアルトを取り囲んで一斉に咆哮を上げる。カノンはそれをじっと見ているほかなかった。自身も吹き飛ばされそうで、きらめく閃光と轟音に耳も眼もおかしくなりそうだった。

 数体の影は一気に跳躍してアルトに襲い掛かる。


「・・・・・・・・!!」


 アルトはカッと眼を見開き、全ての力を前方に放出した。もはやすべてが闇に覆われ、足元も定かではなくなった空間を一条の緑の閃光が切り裂く。

 それは空間の一点で何かに阻まれるようにぶつかった。


『汝何故に力を求む?』


 緑色の閃光は何かに阻まれるようにしてしぼみつつある。アルトは歯を食いしばって出力を上げた。


「力があれば・・・・力がなければ・・・・何一つ変えられないから!!」

『汝何を変えたいと望む?』

「私の・・・私たちの境遇を・・・・!!」


 アルトはなおも出力を上げる。


「ディエル家の承継者・・・・名前だけはいいでしょう・・・・よ!でも、そんなものに私も・・・・姉も・・・・・そしてエリ―サも踊らされ続けてきた・・・・!!」


 カノンは眼を見開いた。アルトの周りには徐々に黒い影が渦巻き始め、彼女を覆いつくさんとしている。


「エリ―サは変わってしまった。姉を取り戻そうとして、力を求めて・・・・そしていつか、私も見失ってた・・・・でも、カノンと話をしていて自分の気持ちに気が付いたの!!私は・・・っ!!」


 アルトは、全身全霊で叫んだ。頬に2筋の涙が流れる。


「私は・・・・あたしは、姉に会いたい!!!」


 緑色の閃光波動が何かをぶち破ったように、突然四方に広がった。何かが砕け散る音がし、周囲の暗黒が一気に後退していく。アルトの周りで渦巻いていた影も、襲い掛かろうとしていた魔物たちもいつの間にかいなくなっていた。


『汝の心、しかと受け止めたり』


 声が響き、あたりはまばゆい閃光が光り輝いた。

 先ほどまでの街や城、庭園は跡形もなく消えていた。

 代わりに――。


 カノンたちの眼の前には森に囲まれた空き地が現れていた。何百体もの魔物に包囲され抜け出してきた空き地だ。さほど時が経っていないと思われるが、それでいて、もう何年も前のような感覚にカノンは陥っていた。

 そこには何人かの人間がいた。


 ベルガモ、ヘンリク、ショーテル、そして――。


「エリ―サ・・・・」


 黒いオーラに包まれ、そのオーラからは禍々しい稲光がきらめいている。全身すらもさだかではない。カノンはそのオーラの波動に触れてぞっとなった。今までとは比べ物にならないほどに力が増している。


「あなたたちは、エリ―サに、何をしたの・・・・?」


 カノンはアルトの変化に気が付いた。彼女のオーラもまた、格段に跳ね上がっていたからだ。


「ンホホホ・・・何もしていませんよ。メヌーテ・エリ―サは自分自身に力を取り込んだのです。この迷宮ダンジョンのね」

「そんな・・・・・」


 そんなことがありえるのか。カノンは愕然となった。まだ見習い(メヌーテ)ではないか。


「彼女は言っていました。力が欲しいのだと。そのためには手段を択ばないと」

「そうなの・・・エリ―サ?」

「・・・・・・・・・・・」


 エリ―サはこちらを見た。禍々しい紫色の眼光がアルトとカノンを捕えた。


「ンホホホ・・・さて、最終試験と行きましょうか。あなたたち二人、異なる道を選んでこの場所に来ました。力と力。名前は同じですが、その過程やベクトルは異なります。どちらが自分を正しいと証明できますか?」

「ストレ・マスター・ベルガモ?」


 カノンが思わず問いかけた時には、既にエリーサ、アルトは互いを見やっていた。


「エリ―サ・・・・その姿・・・・」

『あら、アルト。これはなかなかよろしくてよ。今までにない幸福感を感じていますの。これでもう・・・・姉を・・・・一人にさせておくことはないのですわ』


 エコーがかかったような声であるが、紛れもないエリ―サの声だった。


「そんな姿では姉は悲しむだけよ」

『何を知った風な口を・・・・あなたこそ、今のままでは私はおろか姉のそばにすら近づく資格なんてなくてよ』

「そう、そうよね」


 アルトは自嘲気味に笑った。けれど、その眼は笑ってはいなかった。


「そう、あなたの言う通り、これまで私はあなたの後を追う事で精いっぱいだった。でも、今度は違う。あなたのやり方では姉は帰ってこない!!」

『それを、正気で、言っているのかしら?アルト』


 陰にこもったエコーのような声が返ってきた。


『だとしたら、それは、あなたが間違っていますわ!!』


 すさまじい紫色の閃光波動がアルトに襲い掛かってきた。それを受け止め、撃ち返したアルトの眼前にエリ―サが迫っている。二人はところ狭しとぶつかり合い、その衝撃波があたりにまきちらされていく。


「ストレ・マスター・ベルガモ。これはあなたの筋書きなのですか?」

「ンホホホ・・・ストレ・カノン。今は大切な場面です。質問に答えるのはその後でよいでしょう」

「ですが――」


 ショーテルが一歩カノンに歩んできたので、カノンはそれ以上言葉を発するのをやめた。


** * * *


アルトは森の中を自在に飛び回っている。少し前まではこんな能力はなかった。いつの間にか閃光に包まれたと思ったら、自由自在に体を浮遊させることができるようになっていた。

 アルトは、ちらと後方を見た。エリ―サが追ってきている。エリ―サもまた自由自在に空を浮遊することができていた。


『アルト、逃げ回るだけでは私に勝てなくてよ』


 ちらと邪悪な笑みを浮かべたエリ―サはこちらに右手を向けた。一瞬のちに無数の紫色の閃光弾がアルトに降り注ぐ。それを上下左右に交わしながらアルトは飛び続ける。


「・・・・・・・・」


 数合太刀合わせのように戦っただけでアルトにはエリ―サの力量が分かった。こちらもレベルアップしていたが、エリ―サにはかなわない。それはなぜ?考えるまでもなかった。エリ―サは何かを犠牲にしている。その反動が彼女の強さの源となっていたのだ。


 だとしたら――。


 アルトは一気に上昇した。その後を追うようにエリ―サも飛翔する。アルトは一気に速力を上げ、ターンするとエリ―サに向き直った。自身のオーラを増幅させ、一気に最大にさせる。


「エリ―サ!!」


 上空を向いたエリ―サは再び邪悪な笑みを浮かべた。そして両手から紫色の閃光波動を放つ。

 アルトもそれを迎え撃つように緑色の閃光波動を放つ。

 二つの波動がぶつかり合い、衝撃波が飛び散る。互いの気持ちがぶつかり合い、せめぎあい、押し、押され、波動の境界線は行ったり来たりを繰り返した。


「う・・・・・くく・・・・・!!!」

『アルト・・・・その程度なの?あなたの思いはその程度なの?』

「そんなわけ・・・・ないっ!」

『なら打ち破ってみなさいよ・・・・この私を!!』


 エリ―サの邪悪な笑いは深くなり、紫色の閃光波動はさらに勢いを増した。もうアルトの前1メートルにまで迫ってきた。アルトは懸命に耐えたが、エリ―サの勢いは止まらない。


「こんな・・・・こんなバカな・・・私は・・・・負ける!?」

『ええ・・・・さようなら、アルト』


 閃光波動がアルトを突き抜けた。アルトは支えを失ったように、頭から地面に落下していった。カノンは走った。アルトが宙を落下し、地面に落ちていく。その姿が徐々に大きくなる。

 息を切らし、ただ一点を見つめ、カノンは両手を伸ばした。地を蹴って飛び、手を伸ばし、あらん限りに全身に力を込めた。


「アルト!!」


 宙に広げた両手にアルトの重さが感じられる。二人は激しい衝撃と共に地面に転がった。

アルトを助け起こしたカノンは一目見てもう駄目だと思った。胸を貫かれ、出血が止まらない。カノンの手はアルトの鮮血でまみれた。


「そんな・・・・アルト・・・・アルト・・・・・」

「カノン・・・・・」


 アルトは震える右手でカノンの手を取った。その眼がみるみる光を失っていく。だが、アルトの身体から何かがカノンに伝わってくるのがわかった。


「カノン・・・私は・・・・・あなたに――」


 手の震えが徐々に収まっていく。アルトは鮮血にまみれた左手をカノンの頬に伸ばした。


「エリ―サを救って・・・・」


 カノンの手から、頬から、アルトの手が滑り落ちた。カノンの頬にアルトの鮮血が彩られた。


『・・・・・フフフフフフフフフ、私の勝ちのようね』


 エリ―サが背後に降り立った。カノンはアルトの手をそっと地面に降ろした。


『結局は力が勝つのですわ。姉を救うことができるのは、この私だけ』

「・・・・・・・・」

『アルトも哀れなものね、余計な幻想に踊らされて、結局は無様に血にまみれて、まるで汚物のように・・・・ディエル家の汚点だわ』


 カノンの中で何かがはじけた。

 エリ―サは満足そうに邪悪な笑みを浮かべると、くるりと背を向ける。


「待ちなさい」


 エリ―サは背後を見る。カノンが立ち上がっていた。血のように赤いオーラがカノンを彩っている。

 そして――。


 その瞳は真っ赤だった。血のように赤い、まるで吸い込まれそうなほどに畏怖を与える瞳。


『あらあら・・・今度はあなたが私の相手をしてくださるの』

「私だけじゃない」


 カノンは倒れているアルトを見た。アルトの眼は閉じられていたが、その表情は穏やかだった。エリ―サの背後にはまだベルガモたちの姿は見てとれない。


『フ・・・・・』


 エリ―サは嗤うと、無造作に閃光波動を撃ち放した。

 一瞬後――。

 それは宙で制止する。見えない何かが光を宙でつなぎとめている。


 カノンが短く左手を振ると、それは明後日の方向に飛んで爆散した。


『・・・・・・・・』


 邪悪な笑みを浮かべたエリ―サが次の瞬間醜悪な怒りの表情を浮かべる。両者歩み寄るように接近した。カノンは眼をそらさず、エリ―サも眼をそらさない。

 ついに両者の距離が1mを切った。


『死にたいようね』

「死ぬのはあなたよ」


 すさまじいぶつかり合いが始まった。カノンの拳がエリ―サの頬をかすめ、エリーサの蹴撃がカノンの脇腹をかすめる。体術のぶつかり合いの合間に炸裂する祭文術が所かまわず炸裂する。

 二人は飛び違い、ぶつかり合い続けた。カノンの居た場所にエリーサの拳が炸裂し、地面に大穴をあけ、エリーサが見上げるその上空からカノンが閃光波動を放射し、地面の穴を拡大させる。


 上空に飛びあがったエリーサを迎えたカノンは激しく拳をぶつけた。


 一瞬後――。


 二人の動きが唐突に止まっていた。

 エリーサはカノンの髪をむしるように両手でその頭をつかんでいた。その手が震えている。


 そして――。


 カノンの拳はエリ―サを貫いていた。エリ―サの手の震えが止まった。


『あ、あぁ・・・・・』


 エリ―サが崩れ落ちるようにカノンに寄り掛かった。それを振り払うようにして地面にエリーサを――。

 カノンは落とさなかった。代わりに彼女の体を支えるようにゆっくりと地面に降り立った。


「こんなことは望んではいなかった」

『・・・・・・・グフッ』


 エリーサは血を吐きだした。そしてみるみるうちに黒いオーラが彼女の身体から消えていった。地面に横たわったエリーサはカノンを見上げた。


「アルトは・・・・ディエル家の・・・・面汚し・・・・だった」

「まだそんなことを――」

「そしてそれは・・・・私も同じ事・・・・ですわ。結局・・・・・ゴホッ・・・!!」


 エリ―サは苦しそうに血と息を吐きだした。


「私もディエル家の承継者には・・・・ふさわしくなかった・・・・」

「力こそがすべて、あなたはそんな生き方をしてきたのですね」


 エリ―サはフッと眼を閉じてかすかに嗤った。


「どの口が言えて?・・・・あなたも同じですわ・・・・力によって私を・・・・ねじ伏せたこと・・・・私と同じ・・・ですわ」

「ええ・・・・そして、私はそれを後悔しています。力ばかりに頼っていては何の解決にもならない。ただ不幸を与えるだけにすぎない」

「そう・・・・・・」

「あなたは、どうですか?」

「・・・・・・・・」

 

 答えはなかった。カノンがエリ―サを改めると、もう息をしていなかった。最後までエリ―サは悔恨の言葉を口にしなかった。


 カノンは両手を宙に軽く上げた。横たわっているエリ―サを見つめながら。


「私は違います。でも、あなたを見ていなければ実行できなかったかもしれません」


自身に纏っていた力が抜け落ちるのを感じながら、カノンはアルトのぬくもりを感じていた。

 静かに眠気が襲ってくるのを感じ、カノンはエリ―サの隣に横たわった。


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