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伯爵令嬢(職業は魔調律師)の喫茶室  作者: アレグレット
試験会場はランクSS級迷宮(ダンジョン)
37/51

第五話

どれくらい走っただろう。気が付くと二人は森の中にいた。

あたりはしんとして、何も聞こえない。息を切らしていた二人は互いの顔を見やった。


「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」


 どちらも声をかけることができなかった。先ほどまでの凄まじさに圧倒されてしまっている。


「あの・・・さっきは助けてくれて――」

「別にアンタをサポートしたんじゃないから」


 アルトは服の埃を払うと、そっぽを向いてしまった。意を決してはなった言葉は宙に溶けて消えてしまった。


「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

「・・・・・・・?」


 不意に何かの音がした。こんな時に敵か?カノンはあたりを警戒したが、ふと、アルトが顔を赤らめているのが見えた。


「・・・・・・お腹、すいたのですか?」

「し、失礼なことを・・・・・」


 再び、アルトから音がした。前にもまして顔を赤らめ、お腹を押さえているアルトを見たカノンは思わず笑ってしまった。


「し、失礼ね!」

「ええ、失礼しました」


 そう言いながら、カノンは地面にしゃがみこみ、自分の鞄からいくつかの品を取り出している。


「あ・・・ちょっと、何をしようとしているのよ?」

「こんな時に話をしようとしても仕方ありませんから――」


 カノンはアルトに微笑んだ。


「少し、座ってご飯を食べませんか?」

「・・・・・・・?」


 アルトは当惑さと、警戒さとがまざった表情をしていた。


 携帯用の料理道具は冒険者にとって必需品だ。そして携帯用の食料も。カノンは小さな鍋を取り出すと、地面の土を少し盛って魔法で固めて即席の竈を作り、オーラで火をつけた。そこに魔法で出現させた水を注ぎ、小箱に入っていたいくつかの小瓶から選び出した粉末を鍋に入れる。

 この小箱、あらゆるものの鮮度を一定に保つことができる魔法が込められており、ヒィッツガルドの領主様から拝領したものだった。


「あ、あなた料理できちゃうの?」

「え?ええ・・・習わなかったのですか?」


 カノンはアルトの言葉に当惑気味に質問を返す。見習い(メヌーテ)ならば誰しもが料理の一通りの基礎を叩き込まれるはずなのに。


「・・・・・・・私は下手だから。それより、こんなところで出来ちゃうの?」

「ええ、まぁ・・・大したものはできませんけれど、何も食べないよりはマシでしょう」


 そう言いながら、小さなまな板を取り出し、懐から小さなナイフを取り出した。ナイフは柄に装飾がされていて、刃には細かい祭文が刻まれている。刃こぼれがしにくいように細工されている。

 ヒィッツガルドのダイク親方マエストロから受け取ったものだ。

干した乾燥野菜をいくつか取り出し、細かく刻んでいく。その間に沸騰してきた鍋からフツフツといい音が聞こえ始める。カノンは携帯鞄から、乾燥させた緑の香草を取り出す。


「これはミューリというハーブですが、緊張感をやわらげて神経を落ち着かせる効果があるものですよ。あ、何か苦手なものはありますか?」

「別にないけれど・・・・」


 カノンはハーブを鍋に入れ、さきほど刻んだ乾燥野菜を入れ、固形物をいくつか入れる。オッシュという獣の肉を香木で燻して燻製させ、それを細かくしたものをブロック状に固めて乾燥させたものだ。それをいれ、に立った鍋をかき混ぜながら、サルドという岩塩を加え、味を調える。

 先ほど入れた粉末がスープに程よいとろみをつけてくれる。水を吸った乾燥野菜がふやけ、鍋いっぱいに広がる。

 ハーブの爽やかな香りが鍋から立ち上ってきた。


「・・・・よし」


 カノンはカップを鞄から出すと、鍋からスープをすくって移し、先が二股になったスプーンをつけてアルトに差し出した。


「こんなものくらいしかありませんが、どうぞ」

「・・・・・・・」

「冷めますよ?」


 カノンは「フ~フ~」と息を吹きかけ、スープを口の中に運ぶ。岩塩の塩の中にまろやかな甘さがあり、それが種々の香辛料の辛さとマッチして体が温まる。後には爽やかなハーブの香りが口の中に残る。

 ほどよいとろみが胃に流れ込んで広がると、じんわりと体を優しく温めてくれた。


「・・・・・・・」


 カノンの隣に腰を下ろしたアルトは無言で一口、スープを口に運ぶ。


「あ・・・・・」


 驚いたように眼が見開かれた。


「美味しい・・・うちの使用人の作るものよりも美味しい」


 そうつぶやくと、立て続けに3口スプーンを運ぶ。お腹が空いていたのだろう。ついにはカップに口を付けるようにして飲み始めた。

 んっ、んっ、と喉が鳴る。頬が赤くなり、一心不乱にスープを飲み続けている。それを見たカノンは自分もスープに集中し始めた。

 しばらくは二人とも無言だった。


「ディエル家はね」


 唐突にアルトが言葉を発した。カノンはアルトの横顔を見る。そこにはもう、強情さは見られなかった。手には空になったカップとスプーン。


「私たちに異様に厳しかったわ」

「・・・・・・・」

「常に私たちは前を向いて歩き続けさせられた。途中で休むことも泣き言を言う事は一切許されなかったわ。この気持ち、あなたにはわからないかもしれないけれど」

「・・・・・・・」

「そんな時、私が寄りかかれる相手は、姉しかいなかった。そうした中で姉だけが常に私を気遣っていてくれたわ」


 カノンは手を止めて、アルトを見る。今の説明に違和感を覚えたのだ。アルトは「ほうっ」と息を吐きだした後、ぽつりとつぶやくようにして言った。


「あなた一つ間違っているわよ。私たちは双子だという事は正しいけれど、実はもう一人姉がいるの」

「お姉さんが、ですか?」

「そう。私が話していた姉はエリ―サのことではないの。そして姉は・・・ディエル家の承継試験に耐えきれず・・・・」


 アルトがスプーンを硬く握りしめる。


「命を落としたの」


 二人の周りの森の闇が増したような気がした。


「私は・・・・私は・・・・こんなことをするのはもう無理」


 アルトがかすれた声を絞り出した。


「エリ―サは変わってしまったわ。姉がいた時は3人で苦楽を共にして笑いあっていたけれど、姉が死んでからは・・・・もう、まるで人が変わったかのように私のことを無視して突き進んで・・・・私には、もう、エリ―サしかいない」

「だから自分の気持ちを押し殺して・・・・演じていたのですね?」


 アルトは虚ろな眼をしたままかすかにうなずいた。

 どう答えてよいかわからなかった。

 どうすればいいのかわからなかった。

 代わりに――。


「おかわりはまだありますから」


 カノンの前にカップが突き出された。微笑みながらカップを受け取ってスープをよそう。お菓子はよく食べてもらっていたが、こうした料理を誰かに食べてもらうのは久しぶりだ。

 SS級迷宮ダンジョンの中だというのに、カノンは奇妙な安らぎを感じていた。

 ちらりとアルトの横顔を見る。一心不乱にスープを美味しそうに食べ続けている。

 今自分が感じた安らぎ。それは、きっとアルトも感じているのだとカノンは思った。


* * * * *


 混とんとする中、エリ―サは目の前の敵に挑み続けていた。ただひたすら、ただひたすら、ただひたすら――。

 目の前の敵にオーラを放ち続ける。斃れる魔物もいれば、それを振り払って襲い掛かってくる魔物もいる。後者の方が圧倒的だった。


 エリ―サの身体には無数の傷がある。しかしエリ―サは戦うのをやめない。手を止めようともしない。そこから少しずつ、何かがエリ―サの身体に侵入しつつあるのをエリ―サ自身気が付いていなかった。

 エリ―サは知っている。何かはわからないが、もう少しでその時が来る、と。


(御姉様・・・・ついに来ましたわ。長い間お待たせしました)


 エリ―サを襲ってきた魔物が祭文術ではじかれるが、彼女の左腕に深い傷を残した。そこから血がしたたり落ちる。黒い靄のような物が地から湧き上がって彼女の左腕を犯し始めた。


(御姉様・・・・もう少しで、もう少しで、もう少しで、究極の力がこの手に・・・・そうすれば、私はあなたを・・・・・フフフフフフフフフ)


 そして――。


 ついにその時は来た。


「ストレ・マスター・ベルガモ、あれを」


 ショーテルが静かにベルガモに注意を向ける。ヘンリクとベルガモは目の前の巨獣を打倒し、なおも殺到する魔物たちを一閃して薙ぎ払ったところでショーテルに意識を向けた。


「ンホホホ・・・これはこれは」


 ベルガモが濃い笑いを浮かべる。エリ―サの動きが止まっていた。彼女はうなだれ気味に宙に浮遊している。そこに数体の魔物が襲い掛かってきたが、一瞬後、それらは風に吹かれた灰のように消し飛んでいた。


「アイツ・・・」


 ヘンリクは舌打ちした。冷たさと苦々しさとが入り混じった表情である。


「完全にしてやられましたねぇ・・・・この迷宮ダンジョンに」


 ベルガモはそう言いながら、エリ―サに意識を向ける。ベルガモ、ショーテル、ヘンリクに向かっていた魔物たちは今度はエリ―サの周りを囲み始めた。


「フ、フフ・・・・フフフフフフフフフ」


 エリ―サの口から笑みが漏れる。体は禍々しい黒いオーラに覆われていた。


「・・・・アハハハ!!アハハハ!!アハハハ!!」


 自分の身体に纏いつく禍々しいオーラの高ぶりを感じたエリ―サは高らかに笑った。



** * * *

スープを飲んだのち、二人は歩き続けていた。

いくら待ってもベルガモたちが現れなかったのだ。しびれを切らしたアルトが歩こうと提案するのを、カノンは断り切れなかった。それに――。

ここは普通の森ではないのだ。迷宮ダンジョンなのだから、こちらから何かしない限り活路は見いだせないのではないか、ともカノンは思っていた。

どれくらい歩いただろう。

 二人は気が付けば薄暗い森の中ではなく、綺麗な噴水がきらめく庭園に出ていた。


「・・・・・・・」


 カノンは背後を振り返った。そこには荘厳な尖塔がいくつもそびえたつ城があった。森は影も形も見当たらない。噴水の方を見れば、その先には壮大な街が広がっていた。ただし、それは崖に張り付くように、見渡す限り遥か虚空まで、広がっているものであったが。


「ここには重力の観念がないの?」


 アルトが呆然とつぶやいた。


「SS級のダンジョンですから、何があっても不思議ではありません」


 そう言いながら、カノンは黒イルカを呼び出そうとしたが、ダメだった。この迷宮ダンジョン自体が異空間であり、カノン程度の腕では精霊を呼び寄せることはできない。


「・・・・・・・・」


 それを見ていたアルトが腕を一振りしたが、やはり何も出てこなかった。おそらくアルトも何らかの精霊を使役しているのだろう。


『そなたら、何を求めてここに来る?』


 不意に声がした。二人が振り向くと、一人の人間もたっていなかった。ただ、声がその方角からエコーのように聞こえてくる。


「私は何も求めていません。ただ、見守るために来ました」


 カノンは声の方角に真っ直ぐ向かって言い放った。アルトはそんなカノンに眉をひそめたが、カノンの隣にたち、右手を腰に当て胸を張って答えた。


「私はディエル家の承継者としてその力を試すためにここに来たわ」

『ディエル家の承継者としてその力を試さんとここに来た汝、その力、どう示す?』


 男とも女ともつかないエコーの声の中に、試すような色が加わった。カノンが意外に思ったのは、アルトがすぐには答えなかったことだ。

 アルトは何かを考え込むようにじっと目の前の噴水に鋭い視線を送っていたが、やがて胸に左手を当てた。


「私の力のすべてをぶつける・・・・と言いたいところだけれど、それはかなわなかった。エリ―サの隣にすら立てないようでは、私はまだここに挑む資格すらもないという事になるわ」


 カノンはアルトを見た。その横顔には諦めはなかった。かすかに風が吹き、彼女の髪をなびかせていく。


「でも、まだ、私は諦めてはいない」


 アルトはカノンを見、そしてまた噴水に視線を移した。


「代わりに――」


 アルトは胸に当てていた左手にぎゅっと力を籠める。


「私の決意をここに示すわ」

『ならばその決意――』


 天地が陰った。穏やかな青空が一点、無の空が広がり、あたりには不吉な雷鳴が鳴り響く。


『我に示せ』



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