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伯爵令嬢(職業は魔調律師)の喫茶室  作者: アレグレット
試験会場はランクSS級迷宮(ダンジョン)
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第四話

 エリ―サはまるで道がわかっているかのように歩を進めていく。一度も後ろを振り返ることもなく、ただひたすらに歩いていく。その後ろにはショーテルが続き、その後ろにはカノン、ヘンリク、そして最後にベルガモが歩いていく。最初アルトはエリ―サに続こうとしたが、エリ―サはアルトを見ようともしない。アルトは徐々に歩調が遅れていき、カノンが気が付けば自然と自分と並ぶ形になっていた。


「怪我はないですか?」

「・・・ないわよ。さっき回復魔法かけてたのをみたでしょう?」


 ぶっきらぼうな口ぶりが返ってきたが、その声にはまだ憔悴の色が残っている。

 少し救われたのは、あの後、アルトがショーテルに顔を赤らめながらお礼を言ったことだろうか。ショーテルは何でもないようにうなずいただけだったが。


「あなた、どうして私たちが双子だとわかったの?」


 不意にアルトがカノンに話しかけてきた。


「あなたは一度『わたしたち』と言っていましたから」

「でも、私たちが3つ子の可能性もあったはずじゃない」

「いいえ、双子だと思いました、何故なら・・・・」


 カノンは微笑みながらアルトを見た。


「髪型とその紋章からです。あなたたちが並ぶと丁度対になるようになっています」

「あぁ、なるほどね。そう思うわよね」


 アルトの言葉にカノンは少し眼を見開いた。


「違うのですか?」

「違くはないわよ。私たちは家族。それは当たってる。けれど、ある意味家族よりも他人かもしれない」


 アルトは少し周りを見回した。エリ―サは相変わらず歩き続けているし、ショーテルはその後に続き、ヘンリクとベルガモは時折声を交わしながら歩いていく。そういえば、とカノンは思う。ベルガモとショーテルはすさまじくすごいのだが、このヘンリクという男、何者なのだろう。同じ魔調律師であることは間違いないだろうが、今までヘンリクの名は聞いたことがない。それでいてベルガモと臆せずにごく自然に話すことができているのは何故なのだろう。


「私の話聞いてる?」


 ハッとカノンは我に返った。知らず知らずのうちに頬が赤くなるのを感じた。


「・・・聞いてなかったわけ?」

「ごめんなさい。家族が他人・・・ですか?」

「他人以上よ」


 アルトは前を向いた。エリ―サは背を向けて歩き続けている。一瞬も立ち止まることがない。


「私たちディエル家には家訓があってね『常に歩み続けよ』なの。そう言えば、あなたのアーガイル家も昔は魔導・魔術で名をはせた名家だったわね」

「・・・ええ」

「ディエル家はアーガイル家他の家柄に比べるとどうしても新興。だからこそ私たちディエル家は名前に『フォン』を組み込んで名乗らざるを得ない」


 レオルディア皇国では、貴族の中でも上流の貴族であればフォンを付けずに家の名前だけを誇示することができる。ちなみにレオルディア皇家もフォンを組み込むが、その「フォン」は特別であり、同じ発音ながらも表記文体は違っている。


「そんなディエル家の中にあってエリ―サは将来を嘱目された一人だったわ。私はその後をついていくのが精いっぱいだった。時には虚勢を張ったこともあった。そうしなければエリ―サの隣を歩くことはできなかったから」


 意外な言葉にカノンは戸惑った。アルトは、あの態度は虚勢だったのか。


「私たちがどんな環境にあったか・・・あなたにはわからないでしょうね」

「ええ・・・・ですが、私も――」


 カノンの言葉は急に途絶えた。エリ―サが立ち止まっていたからだ。それまでずっと迷うことなく歩き続けていた彼女の前には、いつの間にか巨大な壁が立ちふさがっていた。


** * * *


漆黒の壁。何一つ傷もない滑らかな壁。それがどこまでも横に、どこまでも縦に広がっている。まるで突然そこだけ空間が切り取られたかのようだ。


「ンホ・・・これはこれは」


 ベルガモが壁を見上げる。一行は自然とベルガモを囲むように集まっていた。エリ―サは壁を睨み、ショーテルは無表情に壁を眺め、ヘンリクはあたりを警戒し、アルトとカノンは呆然と壁を見上げ、そしてベルガモは――。


笑っていた。


「どうやらここで終わりのようですねェ。メヌーテ・エリ―サ」

「終わり?どういうことですの?」

「あなたは迷宮ダンジョンには認められなかったという事ですよ。ま、拒絶されたという事でしょう」

「なっ!?」


 エリ―サは後ずさりする。


「この壁がその証拠です。どうあってもこの先には進められない事、一目瞭然ではありませんかねェ」

「そんなこと・・・・認められませんわ!たかが迷宮ダンジョンではありませんか!」

「やめろ。そのようなことをこの場で口にすることは禁物だ」


 ヘンリクが厳しい顔で言った。


「あなたに何が・・・分かるというの?」


 エリ―サはかすれた声で言うと、壁に駆け寄った。そして叩き付ける様な声で言う。


「ここを開けなさい!私を通しなさい!」


 壁は沈黙を保っている。エリ―サが突如両手に光を溜め、それを撃ち放した。大音響が起こったが閃光がおさまると、壁はびくともしていない。エリ―サは何度も何度も閃光を壁に叩き付ける。


「エリ―サ、やめて――」


 アルトが呼びかけるが、エリ―サはこちらを見ようともしない。ただひたすらに壁を攻撃し続ける。息を切らし始めたエリ―サは、ひときわ巨大なオーラを展開し、ぎっと壁を睨み上げる。


「私の命令が聞けないというの!?」


 その時だった。地響きが起こり、あたりの様相は一変した。


** * * *


 地響きが起こり、天地は一変した。今まで極淡い水色だった上空は突如闇に覆われ、あたりにいきなり巨石が降り注いだ。地割れが走り、次々と地面が崩落し、木々はなぎ倒されるようにして沈んでいく。だが、その合間合間から巨獣や大小の影が出現した。


「おやおやこれは」


 ベルガモは大群を見た。エリ―サは閃光を消失させ、呆然とした表情で大軍を見ている。ショーテルは大鎌を構え、ヘンリクは舌打ちし、アルトは今にも崩れ落ちそうな青ざめた顔で周りを見回す。

 ベルガモはエリ―サの肩に手を置いた。


「あなたはこの迷宮ダンジョンを怒らせましたねぇ」

「どういうこと、ですの?」

「この迷宮ダンジョンそのものがランク∞の魔物だという事ですよ」

「なっ!?」


 エリ―サだけでなく、アルト、そしてカノンも驚いた顔をした。カノンはヘンリクを見た。


「・・・・知っていたんですか?」

「・・・・・・・・」

 

 ヘンリクは周囲を見回したまま何も答えない。


「まぁ、安易に魔物という表現が正しいかどうかは知りませんがね。ンホホホ・・・・」


 さて、と、とベルガモはエリ―サの肩を叩く。エリ―サは押し出されるように前に出る。


「あなたは先ほどこんな趣旨のことを言いましたね、あの程度の巨獣ならば手を借りる必要はないと。では、あなたの真の力を見せてもらいましょうか?迷宮ダンジョンもそれを望んでいるはずです」

「・・・・・・・・」

「ンホホホ・・・どうしましたか?素直に降参して助けを求めますか?メヌーテ・エリ―サ」


 エリ―サの両拳が握られた。かすかにそれが震えているのがカノンにはわかった。

 どうしようもない、とカノンは思う。次々と出現し、こちらを壁を背にして半円状に取り囲んでいる魔物は数百体以上いるだろう。それほど魔物に造詣は深くはないが、少なくともランクS級の魔物が1体や2体どころではなく出現していることはすぐにわかるくらいなのだ。


「エリ―サ・・・・」


 アルトがエリ―サに呼びかけた。エリ―サはアルトを振り返ろうともしない。


「もう、無理なのよ。意地を張るにしても限度があるわ。私たちにはこれ以上無理なのよ」

「・・・・・・・・」

「エリ―サお願い!!もうやめて!!!」


 アルトの悲痛な叫びはカノンの胸を打った。それが迷宮ダンジョンに響き、そして残余が消えてもエリ―サはアルトを振り返ろうとはしなかった。


「―――――!!!!!!!」


 突然エリ―サが何か叫んだのが聞こえたが、何といったのか聞き取れない。わかったのは直後、エリ―サから発せられた無数の閃光が鞭のように魔物たちに降り注いだことだけだった。

 同時に魔物たちが一斉に襲い掛かってきた。


「ストレ・カノン」

「は、はい!」


 ベルガモはカノンにアルトの身体を押し付けるようにしてよこした。


「あなたにはメヌーテ・アルトを頼みます。この場から逃げ延びること、それだけを考えなさい」

「ですが――」

「ンホホホ・・・心配いりません。どこにいようともすぐに探し出せますからね」


 ベルガモのこの自信に満ちた口ぶり。クラス・マスターだからこその口ぶりなのか、それにしてもそれだけではないような気がする。


「ンホホホ・・・ストレ・カノン。私の顔に見とれている暇はないのではないですかねェ」

「あ・・・・」


 カノンは顔を赤らめた。誤解されるようなことをした覚えはないのに。アルトが一瞬だったがカノンを何とも言えない眼で見た。

 いつの間にかベルガモは自身の周りに10本の浮遊する槍を出現させていた。それらの一つが無造作に敵に向かって飛び、周囲の敵を消し飛ばした。


「さぁ、行きなさい」


 カノンはアルトの手を引っ張り、駆け出した。包囲網に穴が開いたと言ってもすぐに新たな魔物たちで埋め尽くされようとしている。


高軌道高速光弾魔砲ティレイル!!」


 カノンの手から閃光が放たれ、襲い掛かってきた魔物を貫き、貫き、貫いていった。それを交わした一体がカノンの右肩にかみつこうとする。3つの面をもつ合体巨獣キマイラだった。


炎舞竜巻ストリームフレア!!」


 カノンの手を振り払っていたアルトが間一髪、合成巨獣キマイラの顔面に祭文術を叩きこんだ。至近距離からの炎と熱風を浴びた合成巨獣キマイラは咆哮を上げて後ずさった。二人はその隙間を駆け抜けていった。

 ベルガモは満足そうにそれを見送って、エリ―サを見る。数百体の魔物はエリ―サに殺到しつつあり、一人応戦する彼女からは必死さだけが感じられた。


「ンホホホ・・・さて、ショーテル、ヘンリク」

「はい」

「おう」

「やりますよ」


 ベルガモの笑みが濃くなった。



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