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伯爵令嬢(職業は魔調律師)の喫茶室  作者: アレグレット
魔導パイプオルガンの謎
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第六話

『シャルローゼ、ストレ・カノン、大変お見苦しいところをお見せして申し訳ありませんでしたわ』


 ティアマトが優雅に一礼する。

 ティアマトがひとしきり荒れ狂った後――黒イルカが散々に悲鳴を上げた後――である。

 カノンの背後では黒イルカがブルブルと身を震わせている。「どうして・・・どうしてこんなオバ・・・こんな人を呼んじゃうんだよ・・・・」などとメソメソ泣きながら呟いている。


「いいえ、大丈夫です。私の精霊が不遜な態度を取ってしまい、大変申し訳ありません」


 カノンは頭を下げた。タフィ・ローズの言葉からして初対面ではないのだろうが、いきなり相手にオバサン呼ばわりするこの精霊を後できっちり叱らなくてはならないと思っている。


『その心だけで充分ですわ』


 カノンの心を読み取ったのか、ティアマトが微笑んだ。


「あなたもほどほどにしてくださいね、ティアマト。・・・それでどうでしたの?」

『あの少年の居所が見つかりましたわ』


 ティアマトの言葉に全員がティアマトを見つめる。


「どこにいたのですか?」

『その回答は彼自身ら聞くと良いでしょう』


 ティアマトが腕を一振りすると、部屋に優雅な渦が巻き、光があふれるのと同時に一人の人間が立っていた。不貞腐れた様子で。


「なんだよ」


 少年は全員を見まわしながら言った。


「俺をこんなところに連れ込んで、今度はどうする気だよ、あぁ?」

『イキがるのはその辺りにしておいたほうが良いですわ、少年。・・・・もう一度あれを食らいたいのでしたら、止めませんけれど』


 ティアマトの凄みに、少年が黙り込む。シャルローゼが「いったいどんなことをやったのかしら」などと頭に手をやっているのを気にしてはいけないとカノンは思った。


「あなたの名前、まだ聞いていませんでしたね」

「人に名前を聞くときは自分から名乗るのが流儀だろ?それはどこの世界も同じじゃないのか?」


 2人と2柱は顔を見合わせ、少年を見た。


「私はカノン・エルク・シルレーン・アーガイルと言います」

「シャルローゼ・レット・ドナウディアですわ」

『私の名はもうご存知ですわよね、少年』

「僕はタフィ・ローズ」



 少年は全員を睨みまわしていたが、ぽつりと言った。


「・・・・ジュンだ。ミツルギ・ジュン。ジュンが名だ」


 ジュンはと息を吐いた。


「今までどこにいたのですか?」

「・・・・・・・」

『教会の中ですわ』


 ティアマトの言葉に一同が愕然となった。


「教会?それはラノア教会ですか?」


 カノンの問いかけにティアマトとジュンが肯定の印にうなずく。


「ルスティ・クローディアは教会の中にいなかった、と言って――」


 そこまで言いかけて、カノンはハッとなった。ルスティ・クローディアはジュンが見つかったかどうかは一切言及しなかったのだ。

 では何故?ルスティ・クローディアは言及しなかったのか。


「ルスティ・クローディアが、ジュン、あなたの拉致にかかわっているのですか?」

『いいえ、シャルローゼ、ルスティ・クローディアはこの件に無関係だと思われます』

「では――」

『論より証拠、本人に問うべきですわね』


 ティアマトが指を鳴らすと、一陣の血なまぐさい風と共に一人の人間が降り立ったが、すぐ床に転がった。光るロープのような物で芋虫のように縛られ、血走った眼で皆を見ている。


「コイツだよ・・・俺を監禁した奴」


 ジュンが数歩下がる。


「この方・・・あの時教会の中にいた教婦補の方では?」


 カノンの問いかけにティアマトがうなずく。


『そうですわ。こうなった原因は、少年、お前にあります』

「俺の?なんで?」

「それは―――」


 シャルローゼが何か言おうとした瞬間、奇声が聞こえた。教婦補が血走った眼で何やら繰り返し呟いている。


「あの音楽を鳴らすのだ少年そのためにお前を利用するあの音楽を鳴らすのだ少年そのためにお前を利用するあの音楽を鳴らすのだ少年そのためにお前を利用するあの音楽を鳴らすのだ少年そのためにお前を利用するあの音楽を鳴らすのだ少年そのためにお前を利用するあの音楽を鳴らすのだ少年そのためにお前を利用するあの音楽を鳴らすのだ少年そのためにお前を利用するあの音楽を鳴らすのだ少年そのためにお前を利用するあの音楽を鳴らすのだ少年そのためにお前を利用する――」

「ティアマト!!」


 シャルローゼの叱咤にティアマトが指を鳴らす。白いロープのような物が現れ、ひとりでに教婦補の口をふさいだ。


「この人に俺、監禁されてたんだよ、教会の地下の一室で。繰り返し同じことを言うんだ、今のようなことを・・・狂ってるって思ったし、殺されるんじゃねえかと思った」


 ジュンがその時のことを思い出したのか、顔に怯えを見せた。

教婦補は血走った眼でモゴモゴといつまでも声を出し続けていた。


「でも、これ、俺の、せい、なのか・・・・なんでだよ・・・・」


 最後はかすれ声になり、声にならなかった。カノンはどう声をかけてよいかわからなかった。


** * * *


教会の中に人々が集まっていた。カノン、ルスティ・クローディア、教婦補たち、ジュン、シャルローゼ。カノンはパイプオルガンを見上げ、そして集まった人々に振り返ると、全員を見ながら話しだした。


「パイプオルガンが鳴り響かなくなった原因について、私には二つの可能性があると思いました」


 大勢の前で話したことなどなく、カノンは反対していたが、ルスティ・クローディアとシャルローゼの説得によりやむなくここにやってきたのだ。それに、カノン自身もこの教会の中で試してみたいことが一つあった。


「一つ目の可能性は、パイプオルガンそのものが魔導具でないということ。ですがこれはルスティ・クローディアの証言からは否定されます。ルスティ・クローディアはこうおっしゃっていました。『ほんの昨日までは確かにパイプオルガンにオーラはあった』と」

「・・・・・・・・」

「ここで、別の可能性が浮上します。パイプオルガンは確かに本当に魔導具であったけれど、何か別の要因があって魔導具ではなくなった」

「その原因が俺だというわけ?」


 ジュンがカノンに尋ねた。カノンはジュンにうなずいて見せた。


「魔導具がその能力を失うことについては、ないわけではありません。魔導具に刻まれている祭文がかすれたり、削れたりした場合、あるいは魔導具そのものが損傷した場合です。そして、もう一つは――」


 カノンがジュンを見た。


「外からの干渉によって、魔道具の魔力そのものが奪われる場合です」

「ちょっと待ってくれよ、俺は何もしていない。何もやっていない!」

「ええ、あなたが意図的であるかどうかはこの場合関係ないのです。可能性はゼロに近いので私も初めて見るケースですが、魔導具と人とのオーラが同調シンクロした場合、どちらかの魔力が一方に引き寄せられる現象があります。あるいは一方に干渉して魔力を発動させる場合があります」

「俺が・・・・・」

「はい。恐らくこの現象によってパイプオルガンが勝手に鳴り出したのだと思います」


 カノンはパイプオルガンの前から数歩身をよけた。


「あなたはこの類の楽器を演奏したことがあるのではないですか?」

「・・・どうしてそう思うんだ?」

「あなたの手です」


 カノンはジュンの指を示した。


「あなたが私の家で骨董品・・・・ごめんなさい、正式な名前がわからないので、そう呼んでしまいましたが・・・・」


 カノンはジュンの顔を見て頬を染める。


「それをいじっていた指先に魔力を感じたのです」


 カノンは「パイプオルガンを弾いてもいいですか」とルスティ・クローディアに尋ね、承諾を得ると、数歩歩み寄って音階を鳴らした。その際、指先が淡く青色に光るのが見えた。


「今、私はパイプオルガンの祭文に同調シンクロして弾きましたから、指先から淡い青色のオーラが出ているのが見えたと思います。その色と同じ色があなたの指先から見えました。通常意識していなければ人は決まった色のオーラを出すものです」

「・・・・・・・・」

「論より証拠です、弾いてみてくれますか?」


 皆の視線がジュンに集まる。だが、ジュンは固まったまま動こうとしない。


「一ついいか?」


 ジュンがルスティ・クローディアに尋ねる。


「この間の一件で俺は死ぬ思いをしたんだ。殺されると思った・・・・。例の曲を鳴らすために俺を利用するとかなんとかって言っていたが、眼はマジで狂ってた」


 オーラは時に人に影響を及ぼし、人を狂わす。自ら自覚していない場合も然りなのだ。ジュンとパイプオルガンのオーラが同調した結果、あの教婦補に悪い影響を及ぼしたのだろうとカノンは思った。どこか虚ろな表情だったのもそのせいだろう。それを口に出すことはしなかったが。


「・・・・・・」


 ルスティ・クローディアはじっとジュンを見ている。


「アンタもそうなるんじゃないか?この前みたいに俺を監禁するんじゃないのか?」

「・・・・・・」

「俺はそんなの願い下げだ」


 ルスティ・クローディアは深い吐息を吐くと、ジュンの前まで歩み寄った。身構えるジュン。けれど、ルスティ・クローディアは深々と頭を下げた。


「教婦補の一件は大変ご迷惑をおかけしました。あなたさえよければ、元の世界に帰還出来るまで私が責任をもってあなたを保護します。それが・・・償いです」


 ジュンはルスティ・クローディアをじっと見ていたが、乱暴に息を吐くと、彼女をよけるようにして、パイプオルガンの前の椅子に座った。少し集中する様子を見せたが、不意に全員を振り向く。


「以前は俺がこの曲のことを想っただけで、勝手に鳴り響いたんだけれどな。今は駄目みたいだ」

「駄目、ですか?」


 意外な言葉にカノンは戸惑った。ジュンならば演奏できると思ったのに――。

 だが――。


「仕方ねえな」


 ジュンは一言つぶやく。そして、静かに目の前のパイプオルガンの演奏キーに指を置く。


「・・・・・・・」


 ラ~~~~~~~・・・・・・という一音のキーが高らかに鳴り響く。その途端パイプオルガンの様相が変わった。淡い青色のオーラがパイプオルガンからにじみ出始めている。



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