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伯爵令嬢(職業は魔調律師)の喫茶室  作者: アレグレット
魔導パイプオルガンの謎
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第五話

数日後――。


 雨足の強い夜。

 カノンは2階の自分の実験室兼寝室でぼんやりフィーを見つめていた。フィーは何やら小さな体で自分の周りの葉っぱを手入れしていたようだったが、カノンの視線に気が付くと、彼女を見上げた。


「フィ?」

「ごめんなさい。邪魔をして」

「フィ~。フィ~。・・・フィ~?」

「ある人を探しているのだけれど、見つからないの。どこに行ったのかな・・・・」


ドナウディア家、教会、そしてタフィ・ローズ、カノンが捜索しても少年の行方はわからなかったのである。

 街の外に出たはずはない、というのが港と街の外に通じる門を警備している人間の言葉だが、それもここまでくるとあてにならなくなってくる。


 ヒィィン、ヒィィンと澄んだ音色の鈴のような音が響く。


「誰だい!こんな時間に、もう店じまいだよ!」


 ナネットが階下で怒鳴りつけるが、今度はノックの音がする。立ち去る様子はない。やれやれと思ったカノンは階下に降りた。


「お嬢様、いいのですよ、私が追っ払いますから」

「いいですよ、ばあや、ちょうど気分を変えたいと思っていたところなのです」

「お嬢様は人が良すぎます」


 ぶつくさいうナネットをしり目に、カノンはドアを開けた。

 途端に吹き込む雨粒。風の音がする。どうやら思った以上に天気は悪かったらしい。

 目の前に立っているのは、フードを被った女性のようだった。

 ふと、カノンの脳裏に何かが動いた。こんな光景、以前どこかで見なかっただろうか。

 そう思っていると、フードを被った女性はどこか懐かしそうに微笑んだようだった。


「あら、カノン、ご無沙汰していますわね」


 聞き覚えのある声。フードを女性が外すと、ドナウディア家の領主、シャルローゼが立っていた。


** * * *


1階の奥、ガラス越しに森が見えるラウンジでシャルローゼとカノンは向かい合っていた。ナネットはぶつくさ言いながら、ホットハーブティーを用意してくれた。


「領主様であろうとも、お嬢様の安眠妨害は許しません。睡眠不足は美容と肌の敵でございますから」


 そう言い捨てると、奥に引っ込んだので、シャルローゼはおかしそうに笑った。


「申し訳ありません」

「いいのですわ、私がこんな時間にやってきたのが悪いのですから」

「領主様自らが、こんなところにやってくるのはよいのですか?」

「領内における捜索は領主の特権であり、義務ですわ」


 シャルローゼはそう言うと、クスクス笑った。カノンもつられて笑みを浮かべた。ここにシャルローゼの息子をかくまっていた時に捜索に来た彼女自身のセリフだ。


「あの時はあなた方に対し、随分と高飛車な態度を取ってしまいましたわ」

「いいえ、あれからご子息、そして御父様はお元気ですか?」

「ええ。はっきりと便りはやり取りできませんから、断片的にですわ。ストレ・シリルはよくやってくださいました」


 クラス・ダイヤ、アルテシオン幹部と相対した時のことをカノンは思い出した。


「父は相変わらずですわ。足腰も弱くなって滅多に外に出なくなりましたけれど」

「それは・・・・」

「いいえ、あれこれと口を出さなくなったのでいいのですわ」


 どう答えてよいか口ごもるカノンに、シャルローゼが微笑む。


「それはそうと、カノン、あなたの方はどうでして?聞きましたわよ、ファロステルトから。先日もヒィッツガルドで随分と暴れまわったそうではありませんか」

「・・・一体どういう話になっているのですか?」


 カノンは憮然とした表情になる。


「先にも言いましたが、私は静かに過ごしたいだけなのです」

「それでも何かしらのもめ事があなたの方にやってくるのですわ。今回も」


 カノンはと息を吐いた。シャルローゼがやってきた要件をその言葉で察したのだ。


「見つかりませんね」

「ええ、一体どこに行ったのか・・・・私も精霊を使役して探しているのですけれど」

「精霊?」

「私も精霊降臨師ギュスティーヌですから」


 精霊降臨師とは、様々な精霊とコンタクトが取れ、信頼関係を結ぶ者である。魔調律師と違い、様々な霊を使役できるので、各国の軍に所属して戦う者もいるが、大概の者はひっそりと過ごしている。

 かつて大精霊降臨師として鳴らしたギュスティーヌという女性にあやかってそう呼ばれている。


「私と契約を結んでいる精霊はティアマトですわ」

「ティアマト!?」


 ティアマトの名前はカノンも知っている。かつて上級精霊の一柱として、世界に少なからぬ動きを与えた良い意味でも悪い意味でも有名な精霊である。

 そのティアマトと契約を結び、使役できるシャルローゼの力はカノンが想像していたものを超えるものだった。


「来たようですわ」


 その言葉が終わらないうちに、一陣の風が吹いてきた。カノンは総身が震えるのを感じた。血なまぐさい濃密なオーラが彼女の鼻孔をくすぐってきている。


『あらあらまぁまぁ、そんなに怯えなくともよろしくてよ』


 光り輝く銀髪を腰まで伸ばした秀麗な女神がシャルローゼの傍らに立っていた。銀色のオーラが凍てつく冷気となったり、あるいは焼けつく炎となったり変化しながら彼女の周りを取り巻いている。

 その変化とは対照的に、目の前の女神は物憂げな表情を浮かべている。


『まぁ、シャルローゼ、また随分と魔力の渦に近い場所にいらしたのね』

「ティアマト、こちら、私の恩人ですわ」


 ティアマトの物憂げな態度が、一変した。


『シャルローゼの恩人とは思いもよりませんでしたわ』


 ティアマトが片手を胸にあてて、丁寧に一礼した。


『我が友を助けてくださったこと、かたじけなく思いますわ。ストレ・カノン』

「私の名前をどうして――」

『シャルローゼの知は、私の知としても使えるのですわ。彼女がそれを認めてくれるのなら私は即座にその知を我が知とできるのです』


 その時、何の前触れもなくボワンという音と共に黒イルカが出現した。


「いや~~~疲れたよ、疲れた。ねぇ、カノン。また糧を頂戴・・・・って、うわぁぁぁぁぁぁぁ・・・・!!」


 黒イルカは慌ててカノンの背後に隠れた。


「な、ななな、なんなのさ、カノン。どうして僕に断りもなくこんなオバサン呼んじゃったのさ」


 ピキリという日々の入った音がはっきりと部屋に響いた。


『誰が・・・・オバサン?』


 部屋の温度が一気に下がった。あたりにあるものはすべからく凍り付き、カノンはあまりの殺気に動けずにいた。

 銀色の女神は、すうっとカノンの脇を回り、背後の黒イルカを無造作につかみ上げた。黒イルカはジタバタするが、さほど力を入れているように見えない手はびくともしない。


「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・!!!」

『誰がオバサンだっっつってんじゃろうがぁこのクソイルカがぁッ!!!!!!!!!』

「ごめんなさ~~~~~~~~~~~~い!!!!!


 タフィ・ローズの情けない悲鳴がシュトライトに響き渡った。



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