表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/51

第二話

 かすかな葉を動かす音がして、おずおずといった様子で一筋のツルが伸びてきた。カノンはそれを優しくつまむ。


「フィ?」

「駄目。これは大事な依頼品なのだから」

「フィー・・・・」


 ツルはあきらめたように葉の中に戻った。カノンは丁寧に宝玉を包むようにもつと、精神集中を始めた。宝玉の持つ波動を感じ取る。宝玉が機能しなければ、波動に切れ目――カノンはそれをノイズと呼んでいる――が出てくる。大抵は祭文の不完全さによるものなので、そこを修復すればよい。


「お~い、ナネットばあさん、洗濯物を取り込み終わったよ~」

「ちゃんと畳んだかい!?」

「畳んだよ~」

「じゃあ、それを2階のタンスにしまっておくれ!!あ、そうそう、お嬢様にも晩御飯ですよとお伝えしておくれ!!」

「え~~~・・・・はい、わかりました。そんなおっかない顔で睨まないでよ・・・・精霊使いの荒いばあさんだなぁ・・・・」


 階下からナネットとタフィ・ローズのやり取りが聞こえてくる。

 精神集中をしていたカノンの眼がふと見開かれる。

 フワフワと洗濯物を頭とひれで器用に持ち運びながら、黒イルカが2階に上がってきた。階段手前がカノンの仕事場の机であり、奥がパーテーションで仕切られた寝室になっている。寝室には柔らかそうな淡い緑色のベッドと文様が掘られた箪笥とクローゼットが置いてある。タフィ・ローズが箪笥の前まで来ると、ひとりでに箪笥とクローゼットが開き、次々と洗濯物が綺麗に吸い込まれていった。

 

「オッケー。あ、カノン、もうそろそろ晩御飯できるって」

「・・・・・・・・」

「カノン?」

「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」

「ひゃあっ!!!」


 カノンが飛び上るようにして椅子から離れた。左手は首筋をさすり、右手は宝玉をつかんでいる。


「あ、ごめんごめん。気づかないから、つい」

「私は仕事をしているんです。お願いだから邪魔をしないで」

「仕事というよりも考え事をしているようだったからさ」


 カノンがタフィ・ローズをにらむと、器用に口笛を吹いてごまかす。


「ええ、確かに考え事をしていました。この宝玉について」

「あ、これ。依頼とかなんとかって言ったっけ。どこか壊れているの?」

「いえ、それが・・・・」


 カノンの顔が当惑の色を漂わせた。


「この宝玉・・・・どこも壊れていません」

「え?」


 タフィ・ローズは当惑そうなカノンと宝玉を見比べた。


 代わりにこんな紙片が装飾の下から出てきたのです。とカノンはタフィ・ローズに差し出した。


「ドナウディア家の主に注意すべし」


 カノンとタフィ・ローズは当惑そうな視線を交わしあった。


** * * *

 ドナウディア家と聞いたカノンが真っ先に思い浮かべたのは、ブロアの街の領主だ。他ならぬこの街の領主がドナウディア家であり、街を見下ろす丘の上に屋敷を構えている。協会は丘の中腹にあるが、そのさらに上に領主屋敷があるのだ。

 では、なぜドナウディア家について書かれた紙片が宝玉に入っていたのか。翌日の夕方、オニキスがやってきてその答えが判明した。彼のほかにもう一人店に入ってきたのである。


「このお方はルロンド王家の15陸家の一つにして近衛兵団長、シャフト総督を歴任されたクロード・フォイ・ドナウディアであらせられる。現当主の御父君でいらっしゃる」


 カノンは正面に佇む人間を観察した。穏やかな初老の男性だ。仕立ての良い生地を使った濃い緑色の服に、黒いタイ、モノクルをかけている。白いものが大部分であるが、ふんわりと手入れされている栗色の髪と髭。青い理知的な眼は静かにカノンを見つめている。

 オニキスに紹介されたその人物は微笑した。狐耳とモフモフした尻尾が揺れる。

 カノンはその時、ドナウディア家が獣人であることを初めて知った。


「それほど大仰な紹介をせずともよい。シャルルベルト殿。老い耄れにはもう過ぎたる名前なのでな」


 しわがれた声であったが、まだ十分に張りがある。


「して、貴女がシャルルベルト殿の話していたストレ・カノンでいらっしゃいますかな」


 クロードは魔法屋を生業としている者―魔調律師―に対する呼称を付けた。


「はい。お初にお目にかかります。クロード卿」


 カノンは片足を後ろに引き、もう一方の足を軽く折ってあいさつした。クロード卿は片手を差し出した。


「堅苦しい真似はよそうではないか、ストレ・カノン」

「ありがとうございます。・・・どうぞ、こちらにおかけください」


 カノンはカウンター前にしつらえられた黒色の分厚いテーブルと形の良い黒いソファーを示した。来客用の調度品として随分前に買い求めたものである。

 二人が座ると、図ったようにナネットがやってきた。手際よくお茶のセットを並べ、クロード卿の前のカップに注いだ色はローズ色だった。


「ほう・・・?」

「ローズヒップといくつかの茶葉をブレンドしたものです」


 言葉少なにカノンが答えた。魔法屋は薬草の調合の傍ら、様々な効能を持つお茶をブレンドし販売もしている。これはウィトレという精神安定に効くお茶だった。


「どうぞ」

「む・・・・・」


 カップから一口飲んだクロードの顔が一瞬こわばったが、次の瞬間ほおが緩んだ。


「そして、これは――」


 クロードの視線が形よく並んでいる黄色の菓子に注がれる。渦を巻いた円形の固めの生地に様々な色のクリームが品よく乗っている。


「カルエ・クリームという御菓子です」


 黄色のクリームを一口食べたクロード卿の顔がほころぶ。


「これは栗じゃな」


 クロード卿はもう一つお菓子をつまみ、口に入れる。その隣ではちゃっかりとオニキスがこれまたお菓子を口に運んでいた。


「はい。他にもスグリ、グーズベリー、メイプル等がありますから飽きが来ません」

「いや、これは馳走になった」


 クロードはお茶をゆっくりと、しかし間を入れることなくすべて飲みほしてカップを置くと、カノンに向き直った。


「さて、昨日シャルルベルト殿に託して預けたもの、その結果はいかがなものかお聞かせ願いたい」

「その前に、あれはどのような物か、お教えいただけませんでしょうか?」


 仕事となると、カノンの口ぶりが変わる。


「と、言いますのは、こちらで拝見いたしましたもの、いくつかの見立てがあるのですが、どれに当てはまるのかは卿の御説明をうかがった後の方がよろしいかと」

「なるほど・・・・」


 クロードは唇を引き結んで20秒ほど考えていたが、すぐに顔を上げた。


「あれは探知魔石と呼ばれるものでな。対になる宝玉をある者が身に着けておると、その者の位置がわかるという物じゃ。位置関係により宝玉の色が変わる。緑が最も離れており、青は5㎞以内、黄色は100m以内、赤は10m以内ということじゃ」

「・・・・・・・・」

「対になる宝玉はある人間に身に着けさせておったものでな。その者が2日前から行方不明になった」

「行方不明?」

「さよう」

「恐れながら、街の憲兵隊に支援を求めてはいかがでしょう?」

「そうはいかぬ。いかぬ事情があるのじゃ。儂の娘にも言えぬことでな」


 カノンの言葉をクロードはあっさり斬り捨てた。その瞬間好々爺だった彼の顔に厳しいものがひるがえったのにカノンは気がついた。


「家中で探して居るもののいっこうに見つからぬ。当初宝玉が壊れたのかと思い、貴女に渡す前に家中の細工師等に見させたが埒が明かなかったので、すぐにシャルルベルト殿にこちらに伺ってもらった」

「・・・・・・・・」

「経緯はこれくらいにして、そちらの結果を聞きたいが、よろしいか?」

「結論から申し上げますと、この宝玉には異常がありませんでした」

「なんと!?」

「祭文自体に問題がありません。むしろ問題は対となる宝玉にあるようです」

「その理由は?」

「夕べテストを行おうとしました。簡単に申し上げますと、対象を書き換えるというものです。ところが強力な呪がかけられているためか、対象を書き換えることはできませんでした」

「・・・・・・・」

「申しわけありません。あまりお力になれないようです。しかし一つだけわかりました」


 厳しい顔をしているクロードにカノンは言葉をかける。


「対象の方はこの街のどこかにいます」

「ほう?何故それがわかるのかな?」

「この類の呪の効力は距離がかかわってきます。遠くに離れすぎますと呪が解呪され、宝玉の本来の機能が取り戻されます」

「それはどのくらいの距離じゃな?」

「今この宝玉の色は青です。だいたいこの街は5キロ四方ですので、青色のまま固定化されたという事は呪をかけた当初対象との距離が5キロ以内であったのだと推測されます。おそらく対象との距離が5キロを超えると呪が解呪されるでしょう」

「うむ。いや、参考になった」


 クロードは立ち上がった。


「これをお返しします」


 宝玉はカノンからクロードの手に渡った。


「いやいや、根本的な解決には至らなかったが、礼を申し上げる。一刻も早く捜索を再開せねば」


 これを、とクロードはいい、ずしりと重い袋をカノンに渡した。中身を見たカノンは驚いた。シリル銀貨が100枚も入っている。


「これは――」

「礼金とお茶代と考えていただいて結構。あまり迷惑はかけられないでな。銀貨の方がよいじゃろう」


 要らないと言いかけるカノンをよそにクロードは店を出ていった。カノンは慌ててオニキスに話しかけようとしたが、彼もまた立ち上がっていた。


「もらっちまえよ。礼金は対価じゃねえんだからな」


 オニキスはそう言い、クロードに引き続いて店を出る寸前、足を止め、カノンを見ずに、


「あの方の娘というのは、ドナウディア家の当主シャルローゼ・レット・ドナウディア様だ」


 それだけ言い捨てると、オニキスはさっと店を出ていった。玄関口に出たカノンからはもうアーチを潜り抜けていく後姿が見えるだけだった。

 低い雷鳴が鳴り響いた。顔を上げると、厚い黒雲が見えていた。


 1エスタ金貨=100シリル=10万円内外

 1シリル銀貨=100ミルド=1,000円内外

 1ミルド銅貨=10円内外


としています。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ