第十五話
「もういいわ。今度こそアイツの気配は消えた」
身構えていたティアナが剣を収め、カノンに向き直った。凍り付いてその場を動けなかったカノンはようやく声を出すことができた。
「お、お怪我はありませんか?」
「私は大丈夫、それよりもアイツの手当てを、早く。エフェリーツェの奴、アイツの呪いを再生させて急激に進行させようとしていたのよ」
カノンは領主様の傍らに跪いて、患部を見た。この前よりも禍々しい呪いが刻まれており、しかもそれが刻一刻と広がりつつある。
「ドジを踏んだ。妹に対してあらゆる点で俺は無力だったな」
不意に領主様が口を開いた。すさまじい苦痛だろうが、それを汗を流しながら気丈に耐えている。それに対して、カノンは言うべき言葉が見つからなかった。
「私の持てる力をすべて注ぎこみます」
カノンはきっぱりと言った。魔調律師として、言えることはそれだけだった。
** * * *
数日後――。
カノンは暇を告げるために、ノンナ、そしてダイク親方と一緒に領主館に立ち寄った。まだ包帯を巻いているが、元気そうな領主様が客間部屋で出迎えた。まだ自分の部屋の修理はできていないのだという。
「街の復興が先だからな。今回のことでは貴女方、そして親方に大変な迷惑をかけた」
領主様が深々と頭を下げるのを見ながら、カノンは数日前の領主館での会話を思い返していた。
** * * *
あれから、ティアナとカノンは相談し、すべてを領主様に話す決心をした。無事に呪いを解呪できたとはいえ、相当の負担がかかっている体に真実を話すのはどうかとカノンは思ったが、領主様からのたっての希望で話すこととなった。
「ルロンド王家、周辺各領主家に事情を話し、指名手配をする」
ファロステルトはそう言った。躊躇いもなくそう言った。エフェリーツェは血を分けた妹なのに、何故そう言えるのだろう。そんな無言の問いかけを感じ取ったのか、領主様はカノンを見た。
「俺は領主としての地位を降りる。今回の騒動で多くの人間が死んだ。俺は街の復興、そして遺族への賠償を片付けたなら、正式に領主としての地位をルロンド王家に返上するつもりだ」
「アンタマジで言っているの?」
「マジだ」
領主様はティアナに真剣な顔で答えた。そして、もう一度カノンを見た。
「貴女は以前、俺のところに始めてやってきたとき、俺を冷血漢であると思っただろう?」
「それは・・・」
思わず頬が薄く赤らむのをカノンは感じた。
「それは否定できない。実際そうだったのだからな。だが、領主家というのはあらゆる責任を負わなくてはならない。それは家の存続や家族よりも優先されるべきことだ。その責任を負うことができなくなった時には潔く身を引くのさ。やれるべきことを精一杯やった後でな。後は上の裁断を待つだけだ。ルロンド王家が俺のことをどう扱うかをな」
「・・・・・・・」
「何と無責任な、と貴女は思うかな?」
「わかりません」
カノンは首を振った。むしろ責任を感じすぎているのではないかとさえ思っている。
ファロステルトの行いが正しいか、正しくないか、それを判断できるにはまだまだ経験も知識も足りないことをカノンは自覚していた。ドナウディア家の一件以来、上に立つべきものの心構えとは何なのかをカノンは求めていた。
** * * *
朝の陽ざしがきらめき、良い天気になりそうだった。
「俺たちもゴーレムを作っちまった責任がある。深く考えもしねえで利用されちまったコイツにも、監督不行き届きだった俺にもな」
ダイク親方がそっけなく言う。
「その罪はまだ補えてねえ。俺も及ばずながら復興の手助けをしていくつもりですぜ」
「あたしも。こんなことをしでかしちゃって・・・街の人々が何人も死んで――」
「それについては、もういいと言ったはずだ」
領主様が温かみと冷たさを併せ持つ瞳でノンナを見た。
領主であるファロステルトは、今回の騒動の一連の犯人について、明言しなかったが、犯人ははっきり別にいる旨を発表し、二人が無実であることも公表した。
「償おうとする気持ちがあれば、まずは行動で示すことだ。俺はそれをこれからやりたい。お前もその気持ちを行動に変えて俺を手伝ってくれ」
「はい・・・はい!」
ノンナは頬を赤らめ、涙をこらえながら何度もうなずいていた。
領主館をでて、街の外にある辻馬車乗り場まで領主様、ノンナ、ダイク親方が見送ってくれた。街はいたるところで大穴が開き、家々が潰されていたが、復興の兆しは早くも表れ始めていた。領主様が私財の投入を惜しまなかったので、周辺から人々が集まり、家々の修理や新築、道の普請が行われ始めていた。
その人々のためのご飯処等の店もでき始めている。街には活気があふれていた。ヒィッツガルドは復興前よりも大きくなるかもしれない、カノンはふとそう思った。
「そう言えば、アイツはどうした?」
領主様がふと思い出したようにカノンに問いかけた。領主様のいう「アイツ」というのが誰なのかすぐに分かった。ティアナだ。
「ティアナさんですか?てっきり、領主様のところにいらっしゃっているかと思いました」
「そうか?・・・おかしいな、来ていなかったが」
「そうですか・・・」
「アイツも忙しい身だからな」
カノンは残念だった。ティアナにはいろいろと世話になっていた。今回の事件についてもティアナがいなければもっともっと被害は広まっていただろう。レオルディア皇国の騎士団の任務の関係で、もう出立したのかもしれない。
「ハ~~~~イ!!!」
思いっきり大声がして、彼方から一人の人間が駆けてきた。
「間に合った。さっき領主館に立ち寄ったらいないんだもの。もう、本当に行ってしまったかと思ったわよ」
「お前、どこに行ってたんだ?」
「ティアナさん!」
「おう、お嬢さんか」
「ティアナさん」
4人が4通りの反応を示す。ティアナは息も切らさずに軽やかな足取りでカツカツと歩いてきた。
「どうしたんですか?」
「どうしたもなにも、御別れを言いに来たのよ。私もこれから本国に戻るから」
「戻るのか?」
「そ。休暇は終わりよ」
領主様にそう答えたティアナはカノンにむいて、ある包みを渡した。
「ま、その前にヒィッツガルドのアルテによって色々と話を聞いていたっていうのもあるけれどね。仮にストレ・フェリーチェがアルテシオンの主要幹部であれば、どうしてアルテからの応援が集まってこなかったのかその理由がつくと思って」
「・・・・・・・」
「流石にクラス・ダマスカスの発言にはクラス・ゴールドの人間は逆らえなかったみたいね」
「では・・・・・」
「ストレ・フェリーチェの指令があったことを白状したわ。あなたが聞くと後腐れがあるから、見ず知らずの私が聞いた方がいいと思ったのよ」
「そうですか・・・」
アルテの抱える黒い面をちらりとカノンは垣間見た気がした。
「この包みは、口止め料だって。要らないって言っても押し付けてきたから、もらってきたけれど、私も要らないからあなたにあげるわ」
見た目に反して軽い包みだった。貨幣の類ではなさそうだった。首を傾げながらも、ともかくも礼を言って受け取った。
ティアナは領主様を見た。話しかける前にちらっとノンナを見たのは、エフェリーツェの正体のことをノンナが知らないことに気が付いたからだろう。だから表立って名前を出せないのだろうとカノンは思った。
「ストレ・フェリーチェのことはこちらでも対策を考えておくから」
ティアナが領主様の顔を見ながら言った。一瞬厳しい顔つきになったのをカノンは見て取った。
「好きにしろ。お前はいつもお節介だな」
吐息交じりに領主様が言った。
「そうよ。お節介よ。それが何か?」
「いや、何でもない。さて、と、ストレ・カノン」
領主様はカノンに向き直った。
「呪いの件での報酬を渡していなかったな。報酬に何が良いか迷ったが、これは貴女に必要なものだと思う。受け取ってほしい」
領主様は懐から小さな小箱を取り出した。受け取れないとカノンは言ったが、領主様は有無を言わさず箱を押し付けてきた。小箱はかすかなエメラルドグリーンのオーラを放っている。
「帰路で開けてもらっても結構だ」
その時、辻馬車乗り場から鐘の音が聞こえてきた。もうすぐ出発の時刻だった。
「領主様、ティアナさん、ありがとうございます」
カノンはもう一度頭を下げ、ノンナとダイク親方に向き直った。
「ノンナさん、ダイク親方」
「カノン、ゆっくり話もできなかったけれど、本当に本当にありがとう。また、ヒィッツガルドに来てね。復興した街を見に来てほしいから」
「はい」
「あ、これね・・・・」
ノンナは小さな包みを取り出した。
「時間なくてこんなものしか用意できなかったけれど、受け取って」
「ですが――」
「私の気持ち。本当に迷惑かけて申し訳ないって思っているから・・・・」
「わかりました。ありがとう」
カノンは丁寧に整えられて包まれたその包みをそっと受け取った。ノンナの手のぬくもりが伝わってくる。この調子ならもう、大丈夫だろう。
「あ、そうだ。そう言えばエフェリーツェ来てないじゃない。あれから姿を見せないのよね。領主様、何か知っていますか?まさか怪我でもしたんですか?」
「いや、アイツは元気だ。用があって街を離れてな。どこかに修行にでも行ったんだろうと思うが、くれぐれもよろしくと言っていた」
領主様が淡々とノンナに答える。それを見たカノンはいたたまれない気持ちでいっぱいになった。ティアナも同じ心境なのか、表情が顔に出ている。
「この馬鹿野郎の為に随分と骨を折ってもらって本当に言葉もねえ」
ダイク親方が話しかけてきた。
「こいつは俺からだ」
「ですが、治療代はいただいて――」
「そいつはそいつ、こいつはこいつだ。なぁに、領主様やそっちの別嬪さん、そしてノンナに比べりゃ大したもんじゃねえが、まぁ、受け取ってくれや」
「・・・ありがとうございます」
ずしりと重たい布切れが押し付けられた。無骨な包み方が、職人らしい。
ティアナ、領主様、ノンナ、そしてダイク親方。4人からもらった贈り物でカノンの両腕はふさがってしまったが、心は彼らからの気持ちで充分に満ち足りていた。
「では、皆さま、お世話になりました」
深々と頭を下げたカノンは辻馬車乗り場に足を進める。幸い人が少なく、カノンは一番後ろのコンパートメントにどうにかこうにか乗り込むことができた。窓ガラス越しに振り返ると、まだ佇んでいる4人が見えた。
ノンナ、ダイク、ファロステルト、ティアナ。
女性職人、親方、ヒィッツガルドの領主、レオルディア皇国6聖将騎士団第三空挺師団長兼上級大将。
妙な組み合わせだったが、この数日の事件を共にした4人は同時に手を振ってくれた。
ゴトリという音と共に辻馬車が動き出す。4人に手を振り返しながら、カノンはここ数日の事件にあらためて思いをはせるのだった。
恐ろしい事もあったが、かけがえのない出会いができて良かったと思いながら。
第二話完
この後番外編があります。




