第十三話
カノンは話を聞き終わって、嘆息した。何とも身勝手すぎる動機だったが、下手人は判明したのだ。これでノンナとダイク親方が解放されたわけが分かった。もっとも、ノンナもダイク親方も自分の犯した罪をどう償うかについて、これから向き合っていかなくてはならない。
「ですが、エフェリーツェ様は何故気がつかなかったのですか?」
「わ、わ、わ、私はお、お、御父様とは疎遠で・・・・い、いい、い、家を出てからは一度も、あ、ああ、あ、会っていなかったのです。そ、それに、お、お、御父様が、お、お亡くなりに、な、な、なってから、い、家に帰ること、は、あ、あまり、あ、ありませんでしたし・・・・」
エフェリーツェのどもりが一層ひどくなったのにカノンは気が付いた。
** * * *
ノンナとエフェリーツェが部屋を出ていってから、しばらく二人は黙っていた。カノンはベッドから出ずに窓の外を眺めていたし、ティアナは黙ってカタログを読みふけっている。
何のものかとおもって何気なく見ると、最新の魔導メカニックに関するものだった。意外に機械いじりが趣味なのかもしれない。
「あなたは一つ嘘をつきましたね」
不意にカノンはティアナに話しかけた。
「嘘?」
「はい、嘘です。もしくは何か考えがあって言わなかったかのどちらかでしょう」
「それは?」
「エフェリーツェ様が家を出てから御父様と一切関わりがなかったという件です」
ティアナはカタログをパタンと閉じてカノンを見た。瞳がきらっと煌めく。
「私の推測ですが、エフェリーツェ様のゴーレムづくりの才能、それが今回の騒動の引き金になっていたのではないですか?」
「・・・・・・・・」
「確かに先代領主はエフェリーツェ様がゴーレムを製作したとは言いませんでした。けれど、実際は、エフェリーツェ様は御父様に命じられてゴーレムを制作していたのでしょう。そしてそれは領主館の御父様とエフェリーツェ様のお二人しかご存知ない場所にしまわれていたのだと思います。今の領主様もご存じない場所に」
「・・・・・・・・」
「エフェリーツェ様と領主館に赴いた際、エフェリーツェ様は一瞬だけある場所を向いていました。領主館の一族郎党の墓です。エフェリーツェ様はそちらに詣でようとはしませんでした。こうおっしゃっていました。母の墓があるが、自分は御父様と仲たがいしたから、と」
「・・・・・・・・」
「でも、それはおかしいのです」
カノンは簡単な図を書いて示した。
「エフェリーツェ様が見ていたのは、北の墓ですが、それは一族郎党の墓であって、エフェリーツェ様のお母様の墓ではありません。エフェリーツェ様のお母様の墓は西、領主一族の墓の隅にあったのです」
「・・・・・・・・」
「しかも、エフェリーツェ様のお母様の遺体は領主様によれば、エフェリーツェ様と一緒にここに引き取られて埋葬されたとのことです。ということは、エフェリーツェ様は私に嘘をついたことになります」
「・・・・・・・・」
「では、彼女・・・エフェリーツェ様は何を見ていらっしゃったのかという事になります。私に嘘をつかなければならなかったほどの理由が」
カノンはと息を吐いた。
「・・・・タフィ・ローズにお願いして捜索してもらいました」
「随分手回しがいいのね、いつ?」
ずっと黙ったまま聞いてばかりいたティアナが問いをはさんだ。
「領主館から戻ってカフェでお茶を飲む時に、です」
「そう・・・・。いいわよ、続けてくれる?」
「墓の一つの下が大規模な空洞になっており、街の郊外に続く隠し通路がありました。つい最近までゴーレムが格納されていた魔力の痕跡があったのです」
カノンは言葉を切ってティアナを見た。ティアナは時折指をテーブルに叩いているが、何も言わずカノンの言葉を聞いている。
「ゴーレム騒動の際、エフェリーツェ様がどのように感じられたのかは私にはわかりません。ですが、少なくとも今回の騒動はエフェリーツェ様の本意ではなかったと、あなたは思っているのではないですか?」
「だから私はエフェリーツェを見逃すことにした、端的に言えばそう言いたいわけね?」
「はい」
ティアナは深い溜息を吐いた。その所作がカノンの言う通りだと認めていた。
「正直迷っているわ。今回のゴーレム騒動のおかげで街はかなりの被害を受け、人も大勢死んだ。ノンナ、そしてダイク親方はアイツに捕えられ牢屋に入れられた。ただ基幹となるゴーレムを作成したというそれだけの理由で。エフェリーツェに関しては一切おとがめなしでいいと思う?領主の妹という立場がそれを左右できるの?」
「・・・・・・・・」
「それにカノン、少しおかしなことがあるわ。エフェリーツェがゴーレムを作成したのなら、何故あの3体のゴーレムが自分が作成したものだと認めなかったの?ノンナは真っ先に認めたじゃない」
「皆が皆ノンナさんのようなお人柄ではないからだと思います。エフェリーツェ様は終始怯えていらっしゃいました。それがご自身の作られたゴーレムが暴れまわったせいだったとすればその理由はわかります」
その時、カノンの脳裏で何かがはじけた。エフェリーツェがあのゴーレムを作った。ならばコアをいれたのは誰なのだろう?
「おかしい・・・・」
「どうしたの?」
「ノンナさんのゴーレムには『流れ者』がコアを提供したことはわかっています。では、エフェリーツェ様のゴーレムには誰がコアを提供したのですか?」
「コア?・・・そうか、コア。待って・・・・・」
ティアナが額に手を当てる。
「『流れ者』がひそかに訪れてあのゴーレムのコアも提供したのかもしれない」
「誰に、ですか?あの領主館にはゴーレムの扱い方はおろか、ゴーレムの存在を知らなかった人間がほとんどでした。ただ二人を除いて」
「そうなると・・・・」
そこに何の前触れもなくボワンと音を立てて黒イルカが出現した。
「や~疲れたよ」
「・・・このイルカそればっか言ってるわね」
「だってつかれたんだからしょうがないじゃないか」
「・・・・・・」
「タフィ・ローズ、もう一度ゴーレムがあったあの地下室について教えてください」
ティアナが憮然とした顔で黒イルカを見上げるその横で、カノンは黒イルカに尋ねた。
「ん?なんで?」
「魔力の痕跡があったとのことですが、そもそもそれを感知できたのはどうしてですか?」
「どうしてって・・・密閉されていたし、何よりまだネオヴァンの欠片みたいなものが床に残っていたし」
「ネオヴァンの欠片?」
「うん、それもすっごい奴、あれたぶんコアの欠片じゃないかな」
『コア!?』
ティアナとカノンが異口同音に尋ねた。
「どうして領主館にコアが?」
「わかりません。そうなると、ゴーレムのコアも提供されたのではなく、領主館で作られた、ということになります」
「二人のうちどちらかが、か」
「でも、それは有り得ないと思います」
カノンはきっぱり言った。問いかけるティアナに理由を説明する。ゴーレムのコアの作成は熟練した職人によって行われるし、何より調整が難しい。そしてもう一つ、最初に破壊されたノンナのゴーレムの残滓から魔金属であるネオヴァンが見られたが、それの精錬には高度な技術を要求される。普通の職人では扱いかねる代物だった。
いったい誰が――。
カノンもティアナもしばらく考え込んでしまった。開いた窓からかすかに風が吹き寄せカーテンを揺らしてくる。先日の襲撃が嘘のような穏やかさだった。
「エフェリーツェならできるんじゃないかな」
全く突然に黒イルカが無造作に言った。二人は黒イルカを見上げる。
「あのねぇ、あんたカノンの話を聞かなかった?あれには高度な精錬が必要だって。並の女性職人じゃ扱えない代物だって」
「ム・・・僕の名前はタフィ・ローズだって言ってるのに」
黒イルカがふくれっ面をした。
「出来るって言ったのは、エフェリーツェの技術は並の女性職人じゃ及びもつかないものだからだよ。それ、この前も話したと思うんだけれど」
カノンはその言葉にどこか引っかかりを覚えた。確かにタフィ・ローズは以前エフェリーツェがゴーレムを扱う才能があるといっていた。けれど、その「レベル」を聞いていなかったのだ。
「タフィ・ローズ、今の言葉、どういうことですか?何かエフェリーツェ様が特別なような話をしていますけれど」
「あれ、エフェリーツェのもう一つの資格、話さなかったっけ?」
黒イルカが宙返りしてカノンを見た。
「もう一つの資格?」
「ストレ・フェリーチェ。エフェリーツェの部屋の暖炉の裏から出てきた焼け焦げた紙片にそう書いてあった」
「!?」
カノンの顔からすうっと血の気が引いた。ストレ・フェリーチェ。まさか――。
「まさか・・・タフィ・ローズ」
「なに、ストレ・フェリーチェって」
ティアナがカノンに尋ねる。カノンが答える前に黒イルカが宙返りしながら口を開いた。
「ストレ・フェリーチェ、通称シュトルム・フェリーチェ。クラス・ダマスカスの魔調律師。アルテシオン主要幹部だけれど、その姿を見た人は並の魔調律師ではいないという話の人物だよ」
「あの子が!?」
ティアナが驚きの声を上げる。カノンも同様だった。あのどもり癖があり、伏し目がちの引っ込み思案の女性職人がクラス・ダマスカスの魔調律師という事実に。
そういえば、とカノンは思う。あの時墓の前で感じたほんのかすかな殺気、今考えればあの時すぐに出くわしたのはエフェリーツェだった。




