第十二話
カノンが交差させていた両の腕を、手のひらを重ね合わせゴーレムの眉間に向ける。
「ティレイル!!!」
光り輝く一条の光線にらせん状の光が纏いついたものが一直線にゴーレムに放たれた。
何とも言えない音がしてゴーレムの眉間に光が直撃する。だが、ゴーレムは倒れない。力と力のぶつかり合いだ。
「ぐ・・・うううぐっ・・・!!」
カノンがなおも出力を上げる。踏みとどまろうと足が地面に埋まっていく。カノンの光のオーラが青みと銀色のオーラをも帯びていく。一気に出力を上げた。
「極大電磁砲撃魔法!!!」
ティレイルの比ではない閃光がゴーレムの眉間に直撃し、数秒せめぎあった後、ゴーレムの頭を撃ちぬいた。どこかで鈴が砕ける様な音色が響き、ゴーレムの眼の光が消えた。振り下ろされていた拳はカノンの数センチ前で止まった。
「オ・・・・ォォォ・・・・・」
断末魔の呻き声と共に、ゴーレムは仰向けに家々を犠牲にしながらひっくり返り、すさまじい衝撃音があたりに響いた。ものすごい土ぼこりと煙が宙を舞い、あたりにいた面々は身を守るために互いを庇いあった。
「・・・・・・・・・」
カノンの身体からオーラが消えた。呼吸を弾ませていたが、不意に苦しむ表情になったかと思うと、どっと膝をついて、うつぶせに倒れた。
地面にめり込むようにして倒れた少女に皆が駆け寄ってきた。
** * * *
朝の光が眩しい。カノンは身じろぎして布団をかぶり、陽光から身を守ろうとした。
「朝よ」
聞き覚えのある声がした。眼を開けると、見覚えのある人物が座っている。視界がぼやけていたがそれがだんだんとクリアになってきた。
「あ・・・・」
白いシーツと白い布団をはねのけてカノンが身を起こした。
「おはようカノン。そして体は大丈夫?」
ティアナが声をかけた。
「ここは・・・・?」
「宿屋の私の部屋よ」
「あ・・・・」
不意にいっぺんに記憶が戻ってきた。ゴーレムが3体も出現したこと、皆を誘導して避難したこと、そのさなかに、その1体と交戦して何とか斃せたこと。
「はい。あの・・・」
「お手柄だったわね。ゴーレムを撃破するなんて」
「あれは皆様のお力があったから――」
こそです、と言いかけて固まってしまった。驚いたことにその隣にはノンナ、そしてエフェリーツェが座っている。
「ノンナさん、エフェリーツェ様?」
「わ、私のことは『様』などと呼ばなくていいです」
「私も『ノンナ』でいいって言ったでしょう?カノンありがとう、あなたのおかげで私と親方は外に出してもらえたの」
ノンナの顔色が明るい。どうしてだろうと思っていると、
「復興に力を貸すことで責任を取ってほしいといわれたの」
という。
「あなたが気を失って寝ている間に色々あってね」
ティアナが話しかけたが、何とも言えない表情になった。疲労と悲しみと怒りがないまぜになった表情。
「ゴーレムをそそのかした下手人が捕まったわよ」
「本当ですか?それは誰ですか?」
「・・・・・正確に言えば下手人の死体、だけれどね」
もっとも死体は木端微塵になって、文字通り影も形もないのだけれどね、とティアナは言った。
「死体・・・・」
「事件の謎を解く鍵は最初から最後までノンナ、そしてエフェリーツェの手元にあったのよ」
ティアナは吐息交じりに言った。
「何故なら下手人はアイツの父親だったのだから」
「父親?ですが、領主様の御父様はお亡くなりになったって――」
「亡くなってなんかいないわ」
ティアナはカノンの言葉を遮った。
「何故ならばあの家宰のリッツォがファロステルトの父親だったんだから」
カノンはゆっくりと眼を瞬きさせた。ティアナの言っていることが信じられない。ティアナは昨夜のことを語りだした。
** * * *
燃え盛る紅蓮の炎が街を焼き尽くしている。その中で荒れ狂っていた黒いゴーレムが、突如動きを止め、炎と黒煙を道連れに資ながら地響き立てて斃れる。
ゴーレムの一体を早々に撃破したティアナの頭上から声が降り落ちてきた。
「私のゴーレムが!!!」
振り仰ぐ頭上から、巨大な拳が降り落ちてきた。跳躍したティアナが3階建ての家の屋根に飛び乗ると、巨体から繰り出された拳が今いた地面に大穴をあけていた。その肩に一人の小さな人間が乗っていた。
「おお・・・おおお・・・・!お前が、我々のゴーレムを壊したのだな」
随分甲高い声だったので、焼けつくす紅蓮の炎と黒煙の中でも聞こえた。ティアナは引っ提げていた剣先を無造作に足元に向けながら相手を観察する。
「それにしては、随分とやわなものだけれど?私に一撃で斃されるようならまだまだね」
「ほっほっ・・・!!それはどうかな。それは前座だ」
男が甲高い声を上げた。
「あなたがゴーレム騒動の下手人?」
「下手人?随分ないいようだが、まぁ、その通りだ。娘さん。私は娘に指図して、長い年月をかけてこのゴーレムを作成した。随分と他から協力を仰ぎ、秘密裏に時をかけて作成し、やっとのことで、完成した!!そして、街に解き放ったのだよ!!!」
「あんたバカじゃないの!?」
ティアナが叫んだ。
「頭がイカれてる!!戦争に投入するならまだしも、街ぐるみ破壊して人を死なせて一体何になるってのよ!?」
「ほっほっ・・・!!何を言うかと思えば、そんなたわい事を・・・この街はもともと私の物だった。今は息子がついでいるが、元々は私の街だったのだ。どうしようと勝手ではないか!!」
「何を・・・まさか――」
ティアナが目の前の男の正体に行き当たった。
「アンタ、先代の領主!?アイツの父親!?」
「ほっほっ・・・!!そのとおり、そのとおりだ。今は家宰のリッツォと名乗っているがな。そのようなことは些末時だわ」
男は狂気のようにゴーレムの肩の上で舞い踊り始めた。
「見るがいい!この紅蓮の炎、この黒煙!何と美しい光景ではないか!?えぇ?そうだろう?それを成し遂げたこのゴーレムに対し、皆は無力!!このゴーレムが完成し、私はこれを売りさばく。いいや、それだけではない。私の力を列国に知らしめるのだ!!」
男は舞いをやめた。遠目にも狂気の瞳がきらりと光ったのがティアナには見えた。カッと彼女の身体の血が一気に沸騰した。
「その手始めに、貴様を血祭りにしてやろう!!エフェリーツェには感謝せねばならんな。アイツがいなければゴーレムづくりの計画は思いつかなかった。やっとのことで完成したこの完全な戦闘兵器を見るがいい!!」
「エフェリーツェが・・・・?」
「そのエフェリーツェも用済みだ。街を破壊しつくせば次は我が館を粉みじんにしてやる!!ほっほっ・・・!!ほっほっほっほっほっ・・・・・!!!」
「この腐った脳クズのイカレ野郎!!」
ティアナが怒声を張り上げた。一気に体から周りの炎を圧倒して余りある紅蓮のオーラが噴き上がった。
「黙って聞いていれば言いたい放題・・・・!!!一体何人、何十人、何百人がアンタの悪趣味で命を散らしたかアンタわかってるの!?」
ティアナは引っ提げていた剣を思いっきり振った。一陣の風が巻き起こり熱風と炎を両断した。
「私がアンタもろともそのポンコツを塵クズにしてやるわ!!!二度と再生できないように原子レベルにまで木ッ端微塵にしてやる!!!!!」
「ほっほっ・・・!!ほざけ~~~~~~~~~~~っ!!!!!!」
男は何やら甲高い声で叫ぶと、それに応えるようにゴーレムが咆哮し、突進してきた。いち早く剣を鞘におさめていたティアナが跳躍すると、ゴーレムが繰り出したパンチが家を撃ち抜く。それでも勢い余ったゴーレムが家をなぎ倒し、10数メートル走ったところで止まった。
振り向いたゴーレムと男の前に二筋の閃光が見えた。残された別の家の屋根にひらりと降り立ったティアナが両手にすさまじいオーラを集中させている。ここは郊外に近い。射線上には家はなく、背後にあるのは平原だった。
「その薄汚い石人形もろとも、あの世まで吹き飛べェッ!!!!!」
ティアナが両手を合わせ、二筋の閃光が合わさった瞬間――。
「閃光消滅魔法!!!」
すさまじい閃光が波動を伴って発射された。もはやがれきと化した家々を吹っ飛ばし、巻き上げ、立ちはだかるゴーレムを光の奔流に巻き込んだ。
「私の、ゴーレムぅぅぅぅぅ~~~~~~~・・・・・・・・・・・・・」
リッツォ、先代領主の狂気の叫びは奔流の中にゴーレムもろとも消えていった。あたりが静けさを取り戻したときにはティアナの射線上には何一つ残されていなかった。




