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第十話

 エフェリーツェの顔を見るなり、領主様は驚きの声を上げた。西にしつらえられた窓から晴れ上がった青空の光が差し込んでくる。


「お前がここに帰ってくるとはなぁ。何年ぶりだ?」

「わ、わかりません。・・・あ、あの、仕送りありがとうございます」

「別にいいさ、妹のためだ。そうだ、親父の墓参りでもしていくか?親父とお前が疎遠だっていっても墓参りくらいしても罰は当たらんと思うが」

「・・・・・・・・」

「そうか。まだわだかまりはあるんだな。やめておくか」


 ファロステルトはカノンを見た。


「エフェリーツェの奴から聞いたかもしれんが、コイツは親父と喧嘩して家を飛び出したんだ。女性職人アルテアーリアになりたいっていってな。コイツと親父との間に立たされた俺は苦労したもんだ。弟の奴は士官学校のほうに逃げちまうし」

「お、お兄様、今日はそんなことを話に来たのではありません」

「そうか、では要件は何だ?」


 ファロステルトの顔は急に領主様の顔に戻ってしまった。


「ノ、ノンナのことです。あの子は何も悪くありません。ど、どうか牢屋から解放してあげてください」

「久々に尋ねてきたかと思えば、とんでもない要求をしてきたもんだ。てっきり金の話かと思ったが」


 エフェリーツェが領主様を睨んだのでカノンは驚いた。引っ込み思案だと思っていたエフェリーツェがいざともなれば領主様とにらみ合う事も辞さない。ノンナとエフェリーツェとの絆はそこまで深かったらしい。


「お断りだ。犯人が見つかるまではノンナとダイク親方マエストロを解放するわけにはいかない」

「で、ですがゴーレムのコアを提供したのは、別の人間です」

「それを証明する証拠はあるのか?」


 エフェリーツェは悔しそうに顔をしかめたまま黙り込んだ。


「だろうな。そんな証拠はどこにもない。証拠がなければあの二人を解放するわけにはいかない。いいな?」

「わ、私の友達、です!」

「友であればなおさら証拠探しに奔走したらどうだ?」

「・・・・・・・・」


 エフェリーツェはしばらく領主様を見つめていたが、不意に身をひるがえして部屋を出ていった。ドアが閉まり、部屋にはカノンと領主様だけが取り残された。領主様は不快と息を吐いた。


「俺を酷いと思うか?久々に尋ねてきた妹に対し、酷な事を言う人間だと」

「わかりません」

「いや、ごまかさなくともいい。もともとあれは俺と同じ母親の血を引いていないんだ。親父はついに話さなかったが、親父がまだ家を相続する前の時に身分の低い恋人に産ませた子でな。その後縁談があって――まぁ、俺の母親との縁談なんだが、親父は縁談前にきっちり母親にも手を付けていたんだがな――その恋人は捨てられ、エフェリーツェは孤児となった。それを自分の手で育てたくなったんだろうな、あいつが14歳の頃にアイツと母親の棺を領主館に引き取った。棺は墓に埋葬されたよ。・・・あの隅にな」


 領主様はちらっと窓の外の墓の一群を見た。


「今思えば親父は親父なりに償おうとしていたんだと思うが、長続きしなかった。しょっちゅうアイツは家を出た」

「・・・・・・・・」

「ストレ・カノン、という呼び方でよろしいか?どうか、あいつを、エフェリーツェを救ってやってくれ。見守ってやってくれ。妹の頼みを断った俺がいうのも何だが、今のアイツには貴女しか頼れる人間がいない」


 ついでにアイツと一緒に母親の墓を詣でてくれないか、貴女が一緒なら脚を向けるかもしれないから、と領主様は言った。


** * * *


 領主様の診察を終えて、カノンは部屋を出てくると、エフェリーツェは部屋の一室でメイドたちと話をしている。どもりながらもどこか嬉しそうに受け答えしている。せっかくの旧交の温めあいを邪魔するのは無粋だとおもい、カノンはその場を立ち去った。アーチ形の門のところで待っていればよいと思ったのだ。


 暫く待っていたが、エフェリーツェはやってこない。ふと、先ほどの墓が眼に入った。墓地のようで薄気味悪かったが、何とはなしにカノンは墓に足を向けた。


 歩を進めながらカノンは墓を観察する。この一帯は一族の墓らしく、一族郎党の墓と違い、格式が立派だった。どの墓もよく手入れされているが、一隅にある墓だけはやや格式がさがり、さらに周囲が苔むしている。それでも最近誰かしらが手入れをした形跡はあった。人知れずひっそりと手入れをするほかなかったのだろうか。


 名前はなかったが、おそらくこれがエフェリーツェの母親の墓なのだろうとカノンは思った。

 不意にカノンはかすかな殺気を感じた。

 先祖代々の領主一族がここに入るなといっているのだろうか。


 あるいは――。


 領主様の部屋を振り返ると領主様は部屋を出て行くところだった。カノンは早々に墓から立ち去ることにした。


「あ、こ、ここにいましたか」


 領主様の部屋の角を北に曲がったところで、エフェリーツェと鉢合わせした。


「い、いらっしゃらないから、外にいるかと思って探しました」

「ごめんなさい。少しその辺りを散策していました」

「お墓にですか?」


 エフェリーツェが心なしか険しい顔になる。


「はい。領主様からエフェリーツェ様と一緒にお母様のお墓を詣でてほしいと言われましたので、その場所を探していました」

「そ、そうでしたか。で、でも、もういいんです」


 エフェリーツェの顔は寂しそうな顔になった。風に吹かれながら、視線はカノンが先ほどいた墓の方を見つめている。


「は、母の墓を近くでみ、見ると、悲しいことも思い出してしまうから・・・・」


 エフェリーツェの瞳には何とも言えない色が浮かんでいた。領主館に引き取られたが、時にはつらい思いもしたのだろう。だからこそ、エフェリーツェはここを出たくなったのだろう。

 カノンはふと、自分の境遇を思い返した。家を出て一人異国の地で暮らしているのはエフェリーツェと同じである。それと比較して、エフェリーツェの事を思いやらずにはいられなかった。


 街までご一緒します、というエフェリーツェの言葉に、二人は街にある宿に戻ってきた。ちょうどティアナが階下のテラスで本を読んでいたところだった。カノンと二人で食事をした居酒屋は昼間はカフェとして営業している。


「あまりうまくはいかなかったようね」


 二人の顔を一目見るなりティアナは本にしおりを挟んで立ち上がった。


「は、はい。お兄様に話しましたが、と、とりあってもらえませんでした」

「領主としての立場があるとでも言ったんじゃない?」

「は、はい・・・・」

「正攻法で行って駄目なら、次は二の手を探すこと・・・・といっても、別に二人の身柄を強奪してこいなんて言ってないわよ。そんなことは無理。結局真犯人を探し出すほかなさそうね。例の『流れ者』よ」


 せっかくだからお茶でも飲んでいく?とティアナは二人に問いかけ、ウェイトレスを呼んだ。ここのウェイトレスは長身のすらっとした長耳族エルフだった。ブロアの街には獣人が多く住んでいたが、ここではエルフをちらほらと見かける。近くに清廉な森があるからだろうとカノンは思った。

 主に森で暮らしている彼らだが、時にはこうして街で働く者も存在する。カノンは二人に断って手洗いに立った。タフィ・ローズを呼び出して、二、三指示を与えた後、席に戻った。


「私は私で『流れ者』を捜索していたわ」


 3人の注文を受けてウェイトレスが去った後、ティアナは口を開いた。


「レオルディアではないし、私の権限は通用しないから手段は限られるけれど、自警団やギルド、アルテ、情報屋に尋ねたの」

「そ、それでどうだったのですか?」

「残念ながら心当たりはないって。唯一『流れ者』の集団が数日前に郊外を通ったのは見かけたという人がちらほらといた程度よ」

「そ、その誰かがノンナにゴーレムのコアを渡したんですね」


 エフェリーツェが頬を紅潮させて言う。


「まだわからないわよ、けれど可能性はゼロではないわね。引き続き情報屋には収集を依頼しておいたから、何かあれば連絡が来るわ」

「あ、ありがとうございます。けれど、その・・・・」

「なに?」

「どうしてそこまで、し、してくださるんですか?」


 それはカノンも疑問に思っていることだった。領主様と友人関係にあるとはいえ、ティアナにもレオルディア公国6聖将騎士団としての職務があるはず。ましてそれをこのように滞在期間を伸ばしていて、よいのだろうか。

 まして、レオルディア皇国6聖将騎士団所属第三空挺師団師団長兼第三聖将ともなれば、それなりの職責はあるだろうに。


「私の仕事のことは気にしないでいいわよ」


 カノンの疑問を見抜いたのか、ティアナは屈託無げにそう言った。


「何せ16,000人の部下がいると、管理するのが大変だし、副官が平時の職務を代行してくれるから」

「い、一万――」

「六千――」


 エフェリーツェとカノンは絶句した。一個師団16,000人。地方のそこそこの街の人口の数倍の規模ではないか。そんなことがありえるのか。二人が呆然と見つめていると、ティアナは手を振って、


「本当にそうなのかわからないわよ。多すぎて数えるのが面倒くさくなってきたし。まぁ、それはともかくとして、とりあえずエフェリーツェ、あなたも親友を助けたければ、情報を集めたほうがいいわよ。何か気が付いたことがあれば教えてくれる?」

「は、はい」


 エフェリーツェは勢いよくうなずいた。そのとき、カノンはふと何か引っかかるものを覚えた。先ほどの会話だったか、どこかで何か違和感を覚えたのだ。

 それが何なのかわからないでいるうちに、モヤモヤとしたものは遠ざかって消えた。


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