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第八話

 領主館を辞し、ヒィッツガルドのアルテに立ち寄った後、カノンはティアナの逗留していた宿「銀の笛吹亭」の彼女の居室に入っていた。緑色の居心地の良いマットレスが敷かれ、緑色のソファーと洗いざらしではあるものの、清潔に整えられたベッドが置いてある。西日が差し込んで木のぬくもりが感じられるテーブルの上に置かれた水差しを光らせている。早くも街は夕暮れの様相を呈していた。


 調査を進めるには領主館では不都合がある、というのがティアナの考えだった。そこでカノンもティアナと同じ宿に泊まることにしたのだ。


「タフィ・ローズ」


 カノンが黒イルカを呼び出す。ボワンと音がして黒イルカが宙で宙返りした。ティアナは「へぇっ」というような表情をした。


「お~。やっと呼び出されたかと思ったら、さっきの喧騒とはまた違う雰囲気のところだね~」

「この子、誰?」

「誰って、お姉さん、ボクは精霊だよ。闇の精霊」

「こんな黒いイルカが?」

「ムッ・・・・!!失礼な。ボクはもともと姿なんてないよ。この世界になじむためにかりそめの姿を取っているだけなんだから」

「あ、そう。な~んだ実態はそれじゃないのね。残念、可愛いのに」

「か、可愛い・・・いやぁ、照れるなぁ」


 カノンは咳払いをした。


「タフィ・ローズ」

「なにさ」

「調べてほしいことがあります」

「また?まぁいいけれど」


 カノンはタフィ・ローズに依頼する。領主であるファロステルトの妹のエフェリーツェ、弟のユグラシオル、そして家宰のリッツォ、この3人を調べてほしい、と。3人はファロステルトの話から浮かび上がってきた対外的な実権者たちである。


「なんか領主様とかかわり多いよね、カノンって。この前も――」

「依頼人のことはしゃべってはだめだと、私何回も言いましたよね?」

「・・・・すみません」


 カノンの眼光と口ぶりにシュンとなった黒イルカがヒレをだらんと下げる。そしてそのまま宙返りして姿を消した。


「ノンナさんとダイク親方マエストロは大丈夫でしょうか?」


 カノンはティアナに尋ねた。


「まぁ、アイツの事だからすぐに処刑することはしないと思うけれど、問題は『流れ者』とかかわりがあった人間が領主館にいるとするならばどうするか、よ」

「・・・・・・・・」

「アイツの呪いが生じた時期、そしてゴーレムのコアを『流れ者』がノンナさんに渡した時期、ほぼ一致するのがいかにも、なところよね」

「・・・・・・はい、ですが誰なのかが特定できません。タフィ・ローズの報告を待つ以外にありませんね」

「・・・・・・・・」

「ティアナさん?」

「失礼。考え事をしていたわ。ごめんなさい」


 窓の外を見ていたティアナはカノンに詫びた。そして、夜になってきたしせっかくだから外にご飯を食べに行きましょうか、と言った。


** * * *


 今まさに陽が沈もうとしている光景を眺めながら、折から吹いていた風に白のベレー帽が飛ばされないようにカノンは頭を抑えた。

 部屋に夕食を運ばせることもできたのだが「外の喧騒に触れることもこの街を知る一端よ」とティアナに言われ、二人は階下の居酒屋の外のテラスに座っていた。少し離れているので他の客から絡まれることもなく程よい喧騒が耳に響いてくる程度だ。


「注文、適当に頼んでいい?」

「私にはこのあたりの事はよくわかりませんから、お任せします」

「OK」


 ティアナが指を鳴らすと、ウェイトレスがすっと現れた。テキパキと料理を注文した後、


「あなたってお酒は飲める年齢?」

「お酒ですか?私はまだ・・・」


 カノンはぎこちなく言葉を濁す。適齢期ではあるものの、伯爵家にいた時は、結局お酒を飲む機会は一度もなかったのである。なにしろ社交界には自分はずっと縁がなかったのだから。

 絢爛豪華な装飾や照明、舞い踊る華麗な色とりどりの衣装、そしてウィットにとんだ言い回し。

 レオルディア皇国の宮廷や貴族の社交界の噂を聞くたびに、自分にとっては縁がないものと思えてしまう。


「飲めないの?」

「いえ、飲んだことがなくて、強いのか弱いのかもわかりません」

「一度試したほうがいいわよ。自分のお酒の強さを知っておくのは損じゃないと思うし」


 ティアナがウェイトレスに飲み物のメニューを尋ねると、さっと冊子が渡された。


「そうね・・・これがいいかな。キュリエットというお酒があるの。白ライムをベースにアマンドとブルーソレイユという木の実で味付けしたものなの。結構いけるわよ」

「じゃあ、それで・・・」


 正直不安だったが、実際キュリエットが運ばれてくるとカノンは眼を見張った。形の良いグラスの中に淡く光る青い液体が入っている。グラスに添えられた赤い花が南国らしい様相を出していた。


「では乾杯」


 グラスの脚を掲げ、小気味よい音を立ててぶつかり合わせると、ティアナは無造作に半分ほど飲んだ。カノンは恐る恐る口を付けた。口中に「カッ」という焼ける様な熱さが広がったが、ほどなく「すうっ」と波が打ち寄せるように冷たさが広がった。

 爽やかなしつこくない甘みが夏の空を思わせる心地よさだ。


「おいしい。爽やかで、飲みやすい・・・・」


 思わずつぶやくと、ティアナは少し笑った。


「そう。癖のない飲みやすさ、さわやかさがウリなの。わかってるじゃない。けれどあまり飲みすぎない方がいいかもしれないわね。最初だから」

「はい」


 運ばれてきた料理は実質一本槍というような質素だが美味しい物ばかりだった。

 近海で取れたメルビクという白身魚をカットしてフライにしたものにフルーツソースを添えたもの。

 家畜として飼われているヴァムという獣の肉を、レアで焼いた鉄板ステーキ。

 硬いパンを下に敷いた上に盛ったサラダ。

 ビネガーをベースにした調味料に漬け込んだ色とりどりの果物や野菜。


 食事をしながら――つまりはキュリエットをすすり、運ばれてきた料理を食べ進めながら――カノンはティアナとたわいない世間話をして過ごした。こんなリラックスした時間を過ごすのはいつ以来だろうか、とふとカノンは思った。


「レオルディア皇国6聖将騎士団所属ティアナ・シュトウツラル・フォン・ローメルド上級大将閣下でいらっしゃいますか?」


 不意に横合いから話しかけてきた人間がいる。とたんにティアナが鋭い顔になり、胡散臭そうに話しかけてきた人間を見上げた。どこかの貴族の家人であろうか、物腰は柔らかであり、丁寧さをくずさないで佇んでいる。

 だが、ティアナは不快指数100%という表情でその人間を睨みつけている。夜の帳がおりて、テーブルにあるカンテラ風の灯り程度では、テーブルからやや離れて佇んでいるその者の顔は判別しづらかった。


「誰かしら?今この方と食事中なのだけれど?」

「申し訳ございません。我が主がどうしても閣下とお話になりたいとのことで」

「誰が?」

「今は申し上げられません」


 ティアナの不快指数が120%になったとカノンは思った。


「この場で?」

「はい、お二人で話されたいとのことでして、緊急の要件が――」

「私の職を知っているのであれば、当然私の性格も知っているでしょう?食事中に邪魔をされるのは大嫌いなの。ましてやそちらの一方的な条件で会うなんて御免被るわ。どんな非常識なの?ふざけるのもいい加減にして」

「申し訳ありません」


 申し訳ないと言いながら、いっこうに申し訳なさそうな様子を見せない人間にティアナの不快指数は140%に達したのだとカノンは思った。


「この方は同席したままよ。そして要件は手短に10分。それ以上は割かない。それが不満ならば出直して来いとクソ野郎の主人に伝えてきなさい」

「かしこまりました」


 脚を引きずるようにして人間が去っていくと、ティアナは憤懣やるかたない様子でグラスをテーブルに叩き付けた。


「私、お邪魔でしたら部屋に戻っていますが・・・・」

「邪魔をしてきたのはあっちの方なんだから、あなたは気にしなくてもいいわよ」

「緊急の要件だと言っていましたけれど・・・・」

「それが本当だったら本人が来るはずよ」


 それもそうか、と思っていると、すっと人影がテーブルに近づいてきた。今度は先ほどの人間よりもずっと近くに来たため、フードを被った灰色のマントを纏っているにもかかわらず、カノンはその人物が女性であることが分かった。プラチナブロンドのウェーヴした髪がフードから外に出ている。

 先ほどの取次に来た人間は彼女の数歩後ろに佇んでいる。


「エ、エフェリーツェ・ドナ・ヴァ、ヴァトリーチェと・・・も、申します」


 顔立ちはむしろ冷淡さを思わせるほど整いすぎているのに、彼女は怯えを含んだ声で自己紹介をした。


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