第七話
「もしかすると解呪できるかもしれません」
カノンの言葉に二人は言い争いをやめて顔を向けた。
「それ本当?」
「詳しく話を聞かないと呪いの種類はわかりませんが、あるいは・・・・」
「だったらお願い、コイツの脚を治してやってくれない?」
「おい、ティアナ、初対面の御方にそんな無茶を――」
「私は初対面じゃないもの、ねぇ?」
カノンは思わず笑みを浮かべていた。
「はい」
「ほら、ね」
「私は魔調律師のランク・サファイアです。呪術についての解呪も多少心得はあります。患部を見せていただいてもよろしいでしょうか」
「いいのか?」
「はい」
「では、世話になるか。初対面の御方にこんな依頼をして申し訳ないが、よろしく頼む」
領主様は頭を下げた。カノンは慌ててかぶりを振った。
「そんな・・・・恐縮ですから頭を上げてください。それよりも、呪いが出た経緯や症状をおきかせいただけますか?」
領主様の説明をカノンは注意深く聞いていたが、やがてうなずいた。
今度はカノンが説明する番である。いくつかの注意点を二人に説明した。まず患部を見る前に、この部屋ごと隔離魔法で館から隔離すること。それは呪いの種類によるが、患部を解放した際に周囲に影響が出ることがあるためである。
続いて、患部を覆っている進行を遅らせる包帯を取るため、一時的に症状が出ること。
「ほんの数秒で結構です」
「数秒でわかるの?」
「はい」
カノンは二人に始めて良いかどうかを尋ね、了承を得ると、緩やかにオーラを展開させた。みどりの風のような爽やかなオーラが部屋全体を包み込み、癒しの波動が広がっていく。
そのうえで、オーラを展開させ続けながら、カノンは領主様の脇にひざまずき、患部を覆っている包帯をじっと眺めた後、一気にそれを解き放った。
領主様が顔をしかめる。苦痛を懸命に耐えているのだろう。赤髪から立ち上る炎の色が濃くなった。
すばやく患部に現れている文様を読み取ると、カノンは一気に自身から解き放ち続けるオーラの色を青に展開する。左手を患部に当てる。イメージするのは呪いを具現化し、それを吸い上げ、宙に解き放ち、砕くこと。
「解呪魔法」
カノンが左手を一気に高々と上げると、呪いの文様が一瞬宙に浮き、光を受けて粉々に砕け散った。
爽やかな青いオーラの余韻が部屋に残滓となって漂っていたがそれも次第に消えていった。
「終わりました」
こともなげに立ち上がると、二人に静かに言った。
「終わったの?」
ティアナの言葉に領主様は患部に手を当て、次に徐々に足を動かしていく。顔色に喜びの色が浮かんだ。
「治っている・・・!」
「ですが注意してください。呪いを完全に除去したとは思いますが、まだ見えない部分に残滓が残っていれば再び再発する可能性もあります」
「どうすればいい?」
「数日様子を見させていただければ。問題なければ歩行に差し支えありません。徐々に運動もできるようになります」
「そうか、いや、申し訳ない。本当に助かった。なんとお礼を言えばよいか・・・・」
領主様は喜びの色を浮かべている。それを見つめるティアナの顔も嬉しそうだ。
「カノン、私からも礼を言わせて。本当にありがとう」
「数日様子を見るとのことだが、もしよろしければこの館に逗留しないか?」
「あ、ええ・・・・」
「駄目か?」
「いえ、お気持ちは嬉しいのですが、その・・・・」
「カノンは別の話題を持ってきたのよ。呪いの解呪はついでみたいなものなのよね」
カノンが答えられずにいると、ティアナが助け舟を出した。
「どういうことだ?」
「例のゴーレム騒動の件よ」
「・・・・・・・」
眉を顰める領主様にティアナが事情を説明した。順を追った話しぶりで脱線もせず、要点を正確に相手に伝えていた。カノンは内心羨ましいと思いながら聞いていた。
「そのノンナとかいう者ならば、親方のダイクとやらと一緒にここに連行されている。今は牢に入っているが・・・・お前まさか助けろなどというつもりはないだろうな?」
ティアナは眉一本動かさず、脚を組んでソファーに座っている。
「領主様としての建前?」
どこか奇妙な調子の言葉だった。突き放したような冷めたような、それでいて相手を配慮するような色が込められていた。
「領主様か、俺は親父から勘当させられた身でね」
ファロステルトが皮肉っぽい口ぶりで応じた。
「正確に言えば、俺の母親が親父に捨てられたんだ。俺が母親の腹の中にいた時にな。言っておくが俺の母親は正妻だぞ」
「・・・・・・・」
「遊び人だったんだ、俺の親父は。いろんなところで女を作っていた。親父が死んだとき――ある時親父と使用人たちの滞在していた別荘が火事になって黒焦げの死体が見つかったんだが――継承者の筆頭は俺だった。だから俺が領主様というわけだが、これほど俺に似合わない言葉はないな」
「・・・・・・・」
「脱線したな、話を戻そうか」
領主様は顔色を改めた。
「今回の騒動の原因はわかった。例の『流れ者』が関与しているのであれば見過ごすことはできないが、肝心の『流れ者』が捕まっていない以上、あの二人が今回の騒動の原因として処罰されなくてはならない」
「それは――」
「あまりにもむごい、か?」
領主様が口をはさみかけたカノンを見る。
「確かに先ほどは解呪をしていただいた、その恩はある。だが、それとこれとは別だ。領内にもめ事が起こった場合裁く責務は領主にある」
「・・・・・・・」
「そして、今回の騒動によってヒィッツガルドの街はかなりの被害を受けた。大勢死人も出ている。それを未だ姿を見せず捕まってもいない『流れ者』のせいだった、と一言で片が付くと貴女はお思いか?」
「・・・・・・・」
「住民らに不満は残ろう。そしてそれは残ったまま澱となり、いつかは違う事件を引き起こしかねない。領主としてはその不満のはけ口をどうするかまでを考えなくてはならない」
「・・・・・・・」
「貴族や上にたつ人間の宿命だな」
領主様は大きなと息を吐いた。
「無罪ならともかく、原因の一端が彼らにあることは明白だ。その点からも見過ごすことはできない」
「・・・・・・・」
「それに、彼らは責任を取りたいと言っていると聞いた。その気持ちを無視できるのか?」
カノンは唇を軽くかんだ。今回の騒動の原因がノンナにあり、それを親方であるダイクが負うのは当然のことである。そしてノンナ自身も逃げようともせず責任を取りたいと言っている気持ちもよくわかる。
ファロステルトの領主としての立場もわかる。今『犯人』は捕まっているのだ。その『犯人』を無罪放免とし、住民から見れば存在するかしないかも不明な『流れ者』のせいにしてしまえば、住民の不満は残ったままだ。
領主として何らかの目に見える形でケリを付けなくてはならないこともわかる。
けれど――。
どこかスッキリしない。上手くは言えないけれど、どこかスッキリしない。
こんなときうまく言葉が紡ぎだせたらいいのに――。
カノンは内心重い吐息を吐いた。
** * * *
カノンとティアナがファロステルトの居室から退出すると、ティアナがカノンを見た。
「納得していない顔ね」
「・・・・・・・」
「アイツにはアイツの立場という物がある。そしてノンナさん、ダイク親方は自分で責任を取りたがっている」
「・・・・・・・・」
「でも納得はしていないんでしょう?そもそものところで」
「?」
「だれも『流れ者』を捕まえようとしない、そもそも探そうともしていないという点よ」
「あっ・・・!」
カノンは思わず声を出していた。このモヤモヤの原因が何なのか、ティアナの言葉でようやく頭がすっきりした。
「何故ノンナさんとダイク親方があれだけ迅速に捕まったのに、片や流れ者はその姿さえ目撃情報がないわけ?あるいは収集しようともしていない?少なくともノンナにゴーレムのコアを渡した『流れ者』はいたわけでしょ?あれだけ怪しげな黒ずくめの黒フード、目立たないわけないと思わない?」
「はい。・・・あの、ティアナさん?」
「何?」
「ファロステルト様が1週間ほど前から呪いで寝込んでいる間、領主代行として対外的な実権を握っていたのはどなたですか?」
ティアナは一瞬面白そうな顔をした。
「なるほど、面白いことを考えるじゃないの。その人間が何らかの形で『流れ者』とかかわりがあるのではないか、と思っているのね?」
「はい」
「何人か候補はいるけれど、それは本人に聞いた方がよさそうね」
二人はファロステルトの部屋に引き返した。領主様は驚いたようだったが、ティアナの問いについて、幾人かの名前を上げた。
「俺の仕事も多岐にわたるから、それぞれの分野で人任せをしていたんだが、それがどうかしたか?」
「ううん、何でもないわ」
「まさかチクられたんじゃねえだろうな?ヴァトリーチェ家の統治ぶりに何か不満があるとでも誰かから言われたか?」
「まさか。アンタはよくやっているわよ」
この返答に領主様が答えられないうちに、ティアナはひらひらと手を軽く振ると、カノンを促して部屋を出ていった。




