第六話
ダイクの家を出た二人はしばらくあてもなく無言で歩いた。街の様子はすさまじかった。踏みつぶされた家、割れて血にぬれた地面、そこから何か得体のしれないものを荷車に積んでいる兵たち。それを怯えた様子で見守る街の人々――。
「うんざりする光景よね・・・・・」
ティアナが深いと息を吐いた。
「はい」
「とんでもないことに巻き込まれたもんだわ。・・・・で、あなたはこれからどうするの?」
「アルテに戻ります。負傷者がまた運ばれているかもしれませんから、治療に加わります」
「治癒術師(ヒーラ―)が必要なの?」
「とても手が足りなくて・・・・不思議なことに魔調律師がほとんど集まってこなかったのです」
「ふうん・・・・」
ティアナは鼻を鳴らしたが、何か考え込む表情になり、しばらくすると顔を上げた。
「私が手伝おうか?」
「えっ?」
「人が足りないんでしょう?こう見えても一応は治癒術師でもあるわよ。大概のものは治せるわ」
「ですが――」
「どうせヒィッツガルドからブロアにいかなくちゃならないけれど、この様子じゃ馬車も出ていなさそうだし。だったら暇を持て余しても仕方ないじゃない?」
「いいんですか?」
「いいわよ」
ティアナが「うん」とうなずいて見せた。きりっとしている厳しい表情から一転、人懐っこい笑顔だ。
カノンはティアナの好意を受けることにしたが、まずはヒィッツガルドのアルテの了承を得てからだ。
そう思ったその時だった。
** * * *
不意に喧騒と怒声、悲鳴が聞こえてきた。
「ダイクさんの家の方からですが・・・」
カノンが喧騒の聞こえる方を見る。
「まさか!?」
「そのまさか、かもしれません」
「早すぎるわ」
騒動収束から1時間もたっていない。それなのにもう追手が来たというのだろうか。
「戻ってみましょう」
二人はダイクの家に向けて走り出した。喧騒を聞きつけ、二人と合流する形で人々が走り始める。
「親方を放してください!親方は関係ありません!私が悪いんです!」
「馬鹿弟子!黙ってろ!おい、今回の騒動は俺が原因だ。連れて行くんなら俺を連れて行けってんだ!ノンナを放せ!」
二人がダイクの家の前まで来ると、一団の兵たちに囲まれ、引きずられるようにしてダイクとノンナが連れて行かれるのが見えた。
「黙らんか!二人とも連れて行く。その上で詮議だ」
隊長らしい兵が二人を怒鳴りつけた。
「縛り上げい!!」
隊長の号令一下、兵たちが二人を簀巻きのようにグルグル巻きに縄で縛り、檻付きの馬車に放り込むようにして載せた。馬車の中には既に何人かが乗っているようだったが、姿は見えない。
「―――!」
「駄目よ」
思わず駆け出そうとしたカノンをティアナが左腕で止めた。
「でも、このままでは――」
「あんた一人であの兵隊たちを蹴散らすことができると思っているの?」
「・・・・・・・」
「それに、あんたにも、そして私にもあの兵隊たちを止める権限はないわよ」
「・・・・・・・」
二人を乗せた馬車は、兵隊たちに囲まれ、進んでいく。兵隊たちは野次馬を怒鳴りつけながら、追い散らし、大通りを去っていった。
カノンは遠ざかる馬車から、視線をティアナに移した。
「ゴーレムを一撃で斃したあなたなら、ダイクさんやノンナさんを救えるのではないですか?」
少し責める様な口ぶりだったかもしれない、とカノンは後悔した。ティアナがカノンを何とも言えない目つきで見たからだ。
「私が?」
「・・・・・・・」
「そうよ。私ならあんな兵隊なんて1秒たたずに皆殺しにできるわよ」
「・・・・・・・」
「それが?」
「・・・ごめんなさい」
「そう。何にもならないわよ。まったくの無実の罪を着せられているのならまだ動こうかと思ったけれど、今回はそうじゃないのよ。むしろ私たちがあの場で動くこと自体『非常識』なことだということをあんたは認知すべきよ」
「・・・はい」
「まぁ、気持ちはわからないでもないけれど」
ティアナは表情をやわらげた。眼光から鋭い光が消えた。
「あなたも私と同じ匂いがするわね。なんとなく出会った時から感じていたけれど」
「私もです。そう思っていました」
「ま、だからというわけじゃないけれど、少し付き合ってくれない?」
「付き合う?」
「さっきの兵隊たちの制服の色、あれは領主の私兵じゃない?ルロンド王家の物とは違ったけれど」
「たぶん・・・そうだと思います」
「なら、やりようはあるわ」
ティアナが歩き出したので、カノンは慌てて後をついていった。
** * * *
(まさか領主様の知り合いだなんて・・・・)
館の居心地の良い居間でふかふかの肘掛椅子に座りながらカノンは椅子に座って向かい合っている二人を交互に眺めた。
ファロステルト・ビズ・ヴァトリーチェ。
これが目の前にいる領主様の名前だとカノンは知った。
燃える様な赤い髪を後ろで縛った20代後半の男。そして驚いたのはその髪から絶えず炎のような物が立ち昇っていることだった。そのたたずまいから、カノンが思わず領主様と言いたくなるほどのオーラが漂っている。
「6聖将騎士団第三聖将ティアナ・シュトウツラル・フォン・ローメルド上級大将閣下ともあろうお方が何故このような辺境の街に見えられたのかな?」
「堅苦しい言い方なんてしなくていいのに。元はと言えばあなたも元6聖将騎士団の幹部候補生学校で私と同班だったんだから。野外遠征でフィオと一緒に行って食あたりしたのはいい思い出よね」
「フッ、あれか」
領主様は一瞬で砕けた口ぶりになった。
「あれはひどかったなぁ。ひどいなんてもんじゃなかった。教官を含め十数人が病院送りだった。フィオーナの奴、どうしている?」
「元気よ。次席聖将として主席聖将を補佐しているのよ。あなたにも会いたがっていたわ」
「そうか。・・・・あぁ、申し訳ない」
領主様はカノンを見た。会話に置いていかれたカノンは置物のように座っている。
「改めて名乗りを上げよう。俺の名前はファロステルト・ビズ・ヴァトリーチェ。このヒィッツガルド一帯を治めるヴァトリーチェ家の当主だ」
「カノン・エルク・シルレーン・アーガイルと申します」
カノンは立ち上がり、カノンは片足を後ろに引き、もう一方の足を軽く折ってあいさつした。
「堅苦しい真似はいいさ。そういうのは苦手なんだ。俺の事はファロとでも呼んでくれ。それにしても四つ名、しかも2つ名はエルク、そしてアーガイルか」
「・・・・・・・」
あまり詮索はしないほうがいいみたいだな、というように領主様がティアナを見た。ティアナがかすかに頷く。領主様は話題を変えた。
「今聞いてもらったように、俺は以前6聖将騎士団に所属していて、コイツとは腐れ縁でな。一緒に色々バカやった親友さ」
「誰がバカよ」
「俺たちだよ」
「・・・・・・・」
「わかったよ。そんな眼で睨むなよ。で、お前俺に会って戻ったと思ったらまた戻ってきやがって、今度は何用だ?」
「えっ?」
カノンは思わず二人を見た。
「あぁ、ごめんなさい。たまたま私は休暇でコイツのところを訪れていたの。で、帰りにあの騒動に遭ったってわけ」
「騒動?・・・あのゴーレムのことか」
領主様の表情が厳しくなった。
「だいぶやられたぞ。街はめちゃめちゃだ。人も大勢死んだ。復興にも時間がかかる。俺がこんな脚じゃなかったらすぐに駆けつけて蹴散らしたのに」
領主様の右脚には不可思議な文様が描かれた包帯が巻かれていた。
「どうしたのですか、その怪我は」
「誰からは知らんが、呪いを受けてな。今こうして祭文を施した包帯を巻いて進行を防いでいるのがやっとな状態だ。解呪できなくて困っているところだ」
「呪い・・・・症状はわかりますか?」
「脚の痺れだ。それが徐々に這い上がってきている。このままじゃおっつけ全身に広がると治癒術師は言っていたな」
「だから心配してここに来たのに、コイツは私の悪口しか言わないんだから」
ティアナが領主様をにらむ。領主様が「おいおい」というように両手を広げ、にぎやかな言い争いが始まる。こうしてみていても領主様は屈託無げだが、それは心配させまいとしているからだろう。今の話では症状はかなり進行しているようだ。
二人の言い争いをよそに、カノンは右こぶしを顎に当てて考え込んだ。
「もしかすると解呪できるかもしれません」
カノンの言葉に二人は言い争いをやめて顔を向けた。




