第五話
カノンが側に行くと、ティアナは剣を鞘に納めながら振り返った。
「終わったわ。さっきの人に手数をかけさせてしまったわね」
「終わったんですか?・・・あのゴーレムを、倒したんですか?ルロンド王家の部隊もギルドの討伐志願者も、領主の傭兵も歯が立たなかったのに」
「そこに横たわっているものが動き出さなければ『倒した』っていうんじゃない?」
「・・・・ごめんなさい。倒していただいたのに。本当にありがとうございます」
「いいわよ。私としても許せなかったし。・・・あんなに殺して」
殺した。その言葉を聞いたカノンの胸に重たいものが落ちる。ティアナに斃されるまでに何人の者が犠牲になったのだろう。そして、それを作り出したノンナはどう思うだろう。
「あ・・・・」
二人の背後で声がした。ノンナがおぼつかない足取りでやってくると、しばらくゴーレムを見つめた。動かないゴーレムは仰向けに倒れ、煙を上げている。少しずつだが、土くれが風に舞って舞い上がっている。
「コアはもうないわ」
ティアナがノンナに静かに声をかけた。
「私が完全に破壊したから」
「いいえ、いいんです。ありがとうございます。・・・・本当に、ありがとうございます」
ノンナはティアナに向き直ると、深々と頭を下げた。つぅっと一筋の涙が伝わるのがカノンに見えた。
ふと、カノンは風に乗って舞い上がる残滓の中に光るものを見つけた。近寄ってオーラで包んだ手で掴む。カノンの顔が曇った。コアに使用されていたのは魔金属ネオヴァン。精錬は非常に難しいが高出力の魔導具に利用されることで知られる。あのゴーレムのパワーの理由はこれだったのか。
「あのゴーレム、あなたが作ったの?」
カノンが振り向くと、背後でティアナがノンナに尋ねていた。
「・・・・はい」
「・・・・そう」
ティアナはカノンに視線を移した。
「この子・・・ノンナはどうなると思う?」
「・・・街の人がゴーレムの創り手の事に気が付かないはずがないと思います。下手をすればノンナさんに危害が加えられるかもしれません」
「私もそう思う。・・・・カノン」
ティアナは少し厳しい視線をゴーレム、そしてノンナに向けた後、カノンを見た。
「この子、そしてあの人をこの街から脱出させるのはどう?」
「・・・・・・」
「ここにとどまっていても危害が加えられるだけだと思う」
「駄目です」
ノンナの強い声が二人の耳に入った。
「駄目です。ゴーレムを作ったのは私です。そしてあのコアを入れてしまったのも私なんです。そんなことをしておいて一人逃げるなんて絶対にできません・・・できません!」
最後は叫ぶようだった。
『でも・・・・』
「絶対できません!!」
ティアナが処置なしと言うように肩をすくめた。
「ティアナさん、ダイクさんに相談してみませんか?」
「ダイクさん?」
「先ほどの人です。そしてノンナさんの親方でもあります」
カノンはノンナに話してよいかどうかを聞いたうえで、ティアナに事情を説明した。
「なるほど、そんなことがあったのね。『流れ者』か」
最後は何か考え込んでいたようだったが、すぐに顔を上げた。
「あなたの親方に会ってみましょうか」
** * * *
ダイクとはちょうどゴーレムを引き連れて駆けつけてくるところに出くわした。手短に事情を話すと、ダイクは自分の家に3人を招き入れた。質素ながら感じの良い台所に3人は通された。おそらくダイクが呼びに行ったのだろう、一体のゴーレムが家の裏庭に佇んでいるのが窓の外から見える。
カノンはダイクの許しを得て。台所を借りると、持参してきた薬草類から心が落ち着く薬草を何種類か調合したお茶を淹れた。すうっとした朝のひかりのような芳香が台所に立ち上り、4人はしばらく無言でお茶を飲んだ。
「そうか、ゴーレムを倒したんだな」
ダイクはティアナに深々と頭を下げた。
「このバカ弟子、そしてそれよりもずっとバカな俺の尻拭いをアンタに押し付けちまって本当に済まねえ」
「いいのよ」
短くティアナは言った。
「ただ、親方、そしてノンナ、このまま街の人たちが黙っているとも思えないわ。ルロンド王家、領主も」
「そうさなぁ・・・」
ダイクはと息を吐いた。ティースプーンで意味もなくカップの中身を掻きまわしている。
「でね、カノンと相談してあなたたちをこの街から逃がそうかと思っていたの」
「・・・・・・・」
「確かにゴーレムを作ったのは、ノンナよ。けれど、あのコアの危険性をノンナは把握できていなかったわ。ノンナだけのせいには出来ないと思うの」
「・・・・・・・」
「でも、ノンナは嫌だって言ってる。責任を取りたいって言ってる」
「・・・・・・・」
「私は手を貸したいわ。ここまで片足突っ込んだんだもの。でも、あなたたちの気持ちも尊重しなくちゃいけない」
「・・・・・・・」
「だから決めて。どうするかを」
カノンはティアナを見た。自分もあんな風にポンポンとストレートに言葉が出せればいいのにと思った。
チチチ、と鳥の鳴く声がする。ゴーレムが暴れていた音がしなくなり、悲鳴もしなくなったせいか、街は不自然なほど静かだった。
「少し考えさせちゃくれねえか」
ダイクがティアナに言った。ティアナは眉をひそめた。
「あまり時間はないわよ。ゴーレムが倒れた以上、次はその騒動の原因を探そうとするだろうし。ついでに言えば、ノンナはあなたを親方と言っていたわ。ということは、あなたはゴーレムを作る職人のようなものなんじゃない?」
「そうだ」
ティアナはと息を吐いた。
「ダイクさん、ティアナさんのおっしゃる意味、おわかりでしょう?この街にはゴーレムを作ることを生業としている人たちがいます。その人たちに真っ先に――」
「わかったわかった!」
ダイクがカノンの言葉を遮った。
「お前さんたち、どうやらノンナを逃がそうとしているようだが、ちょっとばかし・・・いや、だいぶ考え方が違うんじゃねえのか?」
ダイクが二人をじろりと見た。
「こいつのゴーレムのせいで、だいぶ人が死んだ。俺は庭先にいるアイツを連れて戻ってくる途中に、街の中を見てきたが酷いありさまだった。傭兵やギルドの連中、そしてルロンドの兵、街の連中、何十という人間がミンチになって死んでいた」
座って俯いていたノンナの肩がびくっと震えた。
「おまけに家々もだいぶ壊された。はいそうですか、ではさようなら・・って逃げるわけにはいかねえだろう。誰かが責任を取らなくちゃならねえ」
『・・・・・・・・』
「俺はこれからノンナを連れて領主様のところに行ってくる。事情を全部話す」
『それは――』
「あぁ、まずいだろうな。けれど、このまま逃げるわけにはいかねえんだ」
「私もです。逃げたくはありません」
ノンナが顔を上げてきっぱりと言った。ティアナとカノンは顔を見合わせ、そして二人を長いこと見つめていた。
「そう」
ティアナが唐突に立ち上がった。剣を腰にさし、カノンを促した。
「行くわよ」
「でも・・・」
「ダイク親方とノンナの決意がこれほど固いんだもの、私たちには何も言うことはできないわ」
「・・・はい」
カノンはティアナに続いて部屋を出た。悄然と俯いているノンナと厳しい表情をしているダイクの顔がやけに目に焼き付いていた。




