第四話
「そうか・・・・」
ダイク親方が盛大なと息を吐いた。そして何とも言えない眼でノンナを見た。またノンナを殴るのか、そう思ったカノンはとっさに身構えた。
「すまねえな、ノンナ。俺のせいだ」
「親方!」
「俺がお前にずっと重しをかけ続けていたからこんなことになった。弟子一人の気持ちにも気がつかねえなんて、親方失格だな。本当にすまねえ」
「親方・・・・」
ノンナの眼に涙が溜まった。
「ノンナ、まだ泣くんじゃねえ。まずはあのゴーレムを止めねえとな」
「はい・・・はい!」
「よし。・・・なぁ、お前さん」
ダイク親方はカノンを見た。
「物のついでと言っちゃなんだが、お前さんの治癒術、かなりのもんだった、という事はだ、攻撃のほうもだいぶ行けるんじゃないのか?」
「残念ですが無理です。心得がないわけではありませんが、王家の鎮圧部隊、ギルドの討伐志願者、傭兵が挑みかかっても倒せない相手に私の術が聞くとも思えません・・・」
「そうか。いや、コアを射抜くことができれば何とかなるんだがな」
「コアを?」
「あぁ、連中躍起になってゴーレムを滅多打ちにしているが、それじゃ駄目なんだ。あの中のコアをオシャカにしちまえばゴーレムの動きは止まる」
「そのコアどこにあるの?」
不意に一人の声が割り込んできた。3人が振り向くと、一人の女性が立っていた。勝気そうな整った顔立ち、オレンジ色の髪をポニーテールにし、刺繍の入ったノースリーブの服に腰から下にマントを羽織り、一振りの剣を腰の右にさしている。ブーツは膝まで覆う長大な物を履いていた。
「ごめん。通りかかったらこの騒ぎでしょ、なんだかゴーレムだっていうじゃない。それで騒ぎの下に行こうとしたら、あなたたちが話しているのに出くわしたってわけ」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「お前さん、一体誰だね?」
ダイクが怪訝そうな顔で尋ねた。
「レオルディア皇国6聖将騎士団所属第三空挺師団師団長兼第三聖将ティアナ・シュトウツラル・フォン・ローメルドよ」
「長い・・・」
「レオルディア・・・・」
ダイクはあきれ、そしてカノンは彼女の言葉の中にあった国名に内心反応した。またレオルディア。この間のドナウディア家との一件と言い、最近よくレオルディアの名前が出てくる。
「で、そのゴーレムとやらを倒すには、コアを破壊すればいいのね?」
「あ、あぁ、そうだが――」
「見ず知らずの人間に教えたくない気持ちはわからないでもないけれど、早くしないと街が壊滅するわよ」
「どういうことですか?鎮圧部隊がゴーレムを街の外に誘い出したと聞いています」
ティアナがカノンを見た。一瞬「おっ」という顔をしたティアナに対し、カノンも「あっ」という表情をした。
「街の外に誘いだされていたゴーレムは、こっちに戻ろうとしているわ。討伐部隊に被害が出始めていて、抑えきれなくなってきているもの。早くなんとかしないと」
何とも言えない地鳴りのような地響きがした。遠くに人々の悲鳴と喧騒が聞こえる。地響きはある一定の間隔を置いて聞こえだした。
「わ、わかった。おい、ノンナ。お前コアをどこに埋め込んだか覚えているか?」
ダイクの言葉にノンナはためらっていたが、やがて諦めた様に自分の左胸に手を当てた。その位置にコアがあるという事なのだろう。
「よし、おい、お前さん、あぁ、その・・・」
「どう呼んでくれてもいいわ。まぁ、お前さん、でもいいし」
「あ、そうかい。じゃ、お前さん、その、なんだ、本当にコアを射抜けるのか?」
「勿論」
「俺も手を貸す。俺のゴーレムを使ってアイツの動きを封じる」
「助かるわ。的は止まっていた方が狙いやすいし」
「よし」
ダイクはカノンを見た。
「済まんが、コイツを頼む。俺はゴーレムを連れ出してこの人と一緒に奴を食い止める」
「はい。・・・さぁ」
カノンはノンナを抱きかかえた。ダイクはティアナに二言三言話すと、すぐに駆け出していった。それを見送りながらティアナが唇をかんでつぶやいた。
「私の部隊を全軍引き連れてきていたら・・・・」
「なにかおっしゃいましたか?」
「私の部隊がここに投入されていたら、と思って。あんなにも被害を出させなかったのに。残念だけれど、正規兵、傭兵、討伐志願者、バラバラに戦いを挑んでいて組織的な対応ができていないもの。それぞれに得意なスキルや長所があるのに」
ティアナはと息を吐くとカノンを見た。
「ま、そんなことを言っていても仕方がないか。あなたたちの名前、まだ聞いていなかったわね」
「カノン・エルク・シルレーン・アーガイルです」
「ノンナノット・ヴィクトワールです。ノンナって呼んでください」
「良い名前ね」
ティアナは厳しい表情を緩めたその時だ。
ズシン!!ガシャン!!
という地響きとがれきの崩れ落ちる音がすぐ近くでした。ティアナがはっとした顔で周りを見まわすと、体から赤いオーラを立ち上らせた。そして愕然とした顔で声を上げる。
「アイツ、なんて速さなの、もうここまで!?」
「来たんですか?」
ノンナが体を起こした。カノンがそれを支える。ティアナが剣を引き抜いた。その剣を見た二人は変わった形をしていると思った。剣の柄が通常の物ではなく、銃の台尻のような物になっており、トリガーがついている。
「カノン、ノンナを守って安全なところに避難させて」
「はい」
「さっきの男の人、いつここに戻ってくると思う?」
「親方のゴーレムは街の外に置いてあるんです。取りに戻って起動させて、ここまで連れてくるのに・・・あと20分くらいはかかります」
「20分・・・まぁ、仕方ないか。やるしかないわね!」
ティアナが剣を空中で一振りした。何とも言えない鈴の音を鳴らすような音がした。体か立ち上るオーラが赤みを増している。そのオーラにカノンは戦慄した。
ガシャン!!ガラガラガラ!!
不意に家の一つが吹き飛ばされ、飛んでいった。カノンたちの前に全く不意にと言っていいほど巨体が出現した。黒い土くれの家ほどもある巨体が金色のオーラに包まれて四肢を振り回している。
「さがって!!」
ティアナが二人に怒鳴った。カノンはノンナを支えつつ物陰にまで下がった。ノンナを家の壁にもたせかけると、カノンは物陰から様子を見守った。
** * * *
ティアナは目の前のゴーレムを見上げた。暴れていたゴーレムはティアナに気が付くと、その巨体を向けた。
「フン」
鼻を鳴らしたティアナは不敵な笑みを浮かべ、そしてその笑みを消した。ゴーレムの身体にところどころこびりついているものに目が止まったのだ。
(何という事を・・・・・。これ以上のオイタは見過ごせないし、手数をかけるつもりもないわ!!)
ゴーレムが咆哮のようなものを発し、ティアナをつかみ取ろうと襲い掛かってくる。それを見ても微動だに動揺も見せず、ティアナは無造作に左足を踏み出し、左半身を相手に向け、剣先を相手に向ける。オーラを一点に集束させ、剣の先に集めた。
(射角よし、出力よし、狙いよし・・・・・・閃光殲滅魔法!!!)
拳銃のように剣の柄についているトリガーを引く。
閃光があたりを包み、強烈な勢いで射出された閃光がゴーレムを貫いた。
ゴーレムの動きが止まっている。左胸には大きく空いた穴。そこから煙が上がっている。
ゴーレムは何かをつかもうとするかのように左手を宙に上げると、その姿勢のまま仰向けに倒れた。
凄まじい地響きと共に倒れ込んだ先の道が敷石もろともめり込んだ。




