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プロローグーこの世界の街はこんな感じ―

ブロアの街――。


 シャンパーニュ大陸の西北、エルテーゼ海に面した小さな港町である。

 なだらかな丘にそって家々が立ち並ぶ、坂の多い港町。


 衛兵が警護するアーチ形の外壁を潜り抜け、街に一歩入れば、そこは大通り。長年南国の豊かな陽光を浴び続けたレンガ色の屋根、穏やかな海風から住人を守り続けた白い漆喰の家々が並び、規則正しく並べられた広い石畳の上を木の枝やらボールやらをもった子供たちが大通りや路地裏を駆け抜ける。


 大通りをまっすぐに海に向かえば、港があり、様々な船が係留されている。人通りが閑散としているのは、もう夕方近くのため。とれたばかりの新鮮な魚は朝一番で市場で売られてしまう。


 唯一、海上には数隻の軍艦が停泊しているのが目立つのみ。

 港から踵を返して石畳の坂道を登れば、閑静な住宅街。

 夕刻5時を知らせる鐘が聞こえてくる。街を見渡す丘に佇む教会の鐘だ。


 顔を上げれば、2階の窓辺からはプラタナスの鉢植えが静かに夕日を浴びているのが見える。坂道の左右には入り口のアーチのミニチュア版があり、アーチの上のツタが絡まったプレートには番地が書かれている。


 10番地――。


 そこのアーチを潜り抜けると、背の高い家々に挟まれた石畳の道は、ひっそりと陽の光の届かない影のたまり場となる。見上げれば小さく切り取られた蒼い空。陽の光があたり黄金色に輝く上階と漆黒の地階の境目が濃くくっきりとしている。


 左右に並んでいる家の玄関口の周りには小さな荷車や何も入っていない鉢植えなどが無造作に置かれている。


 奥に歩を進めると、少し変わった様相の家に出会う。


 右奥3件目の家。小さな2階建ての家が周りの家から身を隠そうとうずくまるようにして存在している。周りの家との境目には小さな生垣があり、家そのものもツタで覆われている。


 玄関口とほんの数歩で到達できてしまう小さな門扉は風化した、けれどよく手入れされたアンクアーチが取り付けられている。これは、この家の住人の生業を示すものだ。


 門扉と玄関口との間の草の上に浮かぶ数枚の敷石を渡れば、滑らかな石でできたポーチがあるこぎれいな玄関口。けれど玄関口にはノッカーもノブがもついていない。周りを見回すと、ポーチの右の壁にプレート。


 魔法屋シュトライト―魔法付与、調合、魔導具作成、修理承ります―


と書かれたプレートの横に、小さな紐が垂れ下がっている。引っ張ると――。


 ヒィィン、ヒィィン――。


 澄んだ音色の鈴のような音が響く。玄関口の扉にいつの間にかノブが出現している。それを回し、分厚い木材扉を開ける。


 周りを家に囲まれているはずなのに、真っ先に目に飛び込んでくるのは、左手の大きな窓ベから見える海。それは港町を丘の中腹から見下ろした風景画のようだった。


 けれど、風景画と違うのは、それらが生き生きと動いていること。そしてあの海上の軍艦は紛れもなく先ほど見た軍艦と同じ。


 人が3人並べば一杯になるカウンターの奥の両脇にはうずたかく様々な薬草、魔導具、薬瓶等が積みあがる棚が店の奥まで続いている。奥には広いラウンジがあり、壁はない。全てガラス窓で出来ている。そこから降り注ぐ陽光はとても柔らかい。


 そして目を疑うのは窓の奥。そこには夕日がところどころライトのように優しく降り注ぐ緑の森が広がっている。家があるはずなのに。


 トントンと階段を下りてくる音がする。ラウンジの左手に螺旋階段があり、そこから誰かが降りてくる。


 まず、ほっそりした足首が、次に黒のスカートが、白い腕が、そして白いカーディガンとの間にしっかりとしたバックルベルトが、最後に肩までのふんわりした細かなウェーヴの黒い髪型が見えてくる。


 ちらと見えた横顔はどこか儚げであり、どこか硬さを残している。そしてこちらを横目でみたその人は、階段からトンと地階に足を着けると、こちらに歩いてきた。背筋を伸ばしてどこか気品のある足取りで静かに。


 白のカーディガン、黒と思ったがドレスは紺。けれど、貴族令嬢が着るようなものではなく、動きやすい実質さを優先したワンピース。足元に何を履いているのかはわからない。顔を縁どるようにふんわりウェーヴした髪型。黒だとおもったが、一瞬陽光に照らされた髪色はアッシュブラウン。服や髪と対照的に肌の白さが目立つ。


 カウンターをはさんだ佇んだその人は、一瞬こちらを値踏みするかのように黒い瞳を細めた。キラリと目が光ったように思えたのは気のせいか。

彼女は静かに頭を軽く下げた。


「いらっしゃいませ」


 かすかに硬い声で静かに放たれた言葉。深層から静かに上がってくる気泡のように。

 これが、この家の主、カノン・エルク・シルレーン・アーガイルである。


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