メガネはオッサンという試練を乗り越えて女神様のモノになるんだ
初投稿作品になります!
やあ、俺メガネ。
目が悪い人や、ちょっと格好つけたい人がかける、あのメガネだ。
俺は今朝デパートの中にあるこの眼鏡売場に出品されたばかりなんだが、なんと店先にある回転台とかいう特等席をもらっちまった! しかもちょうど人の目線の高さくらいのベストポジション!
デパートなので客足もよく、店に来る客を観察しながら、のんびりと俺を買ってくれる人を待っているのだ。
……お、早速きたか? まじまじとこちらを見つめているのは大学生くらいの青年だ。
うお、俺のことめっちゃ見てくる! 買う気なのか? やべ、なんかすげー緊張する!
青年は鞄から財布を取り出すと、はぁ、とため息をついた。チラッと俺を見ると諦めたような顔をして、近くのエスカレーターに乗って降りて行った。
なんだ、金が無かったのか? 俺は多分高いぜ! 値段内側にあるから見れないけどな!
出来ればお金持ちに買われたい! そしたらきっとお掃除とか家政婦に頼んでさ、俺を丁寧に扱ってくれるだろうし清潔保てるじゃん?
青年が去ってからしばらくすると、今度は5歳くらいの子供がやってきた。
「わーすごーい、眼鏡がいっぱーい!」
ぐるんぐるん、と世界が回る。
おいやめろ、回転台で遊ぶんじゃない! うおおおお目が回る!
「こら、遊んじゃダメでしょ!」
若い女性の声がしたと思うと、回転が止まった。
「えー、ママーあのメガネほしいー」
「あんたに眼鏡はまだ早いでしょ!」
女性はそのまま子供を連れて行ってしまった。
ふう、危ないところだったぜ。しかしあのメガネって指を差されたのは嬉しかったな。
ちなみに俺は黒が主体のフレームに淡いオレンジの模様を溶け込ませたスクエア型のメガネで、鼻のパッドは透明だ。
派手過ぎず、それでいて地味すぎないその見た目はまさにクール! 絶対買ってもらえる!
自分の見た目に自惚れていると、ついに来たんだ。運命の出会いが!
白と緑が主体の制服にニーソ、黒い鞄、整えられたショートヘア! 間違いない、こっ、これは……女子高生!
清廉そうな顔立ちを見るに、きっと大切に育てられたんだろうなぁ。すごく可愛い。
そんな彼女……いや、女神様と呼ぼう。女神様の瞳は今、ただ俺だけを見つめている! こんな可愛い顔してるのに、クールなメガネが好みなのかぁ……!
心臓がバクバクしている気がする。いや心臓ないけどな!
――買われたい。
この女神様になら俺の一生を捧げられる! 俺が君の目になって、美しい世界をより鮮明に映し出してあげたい!
女神様は俺を手に取る。や、やばい、本当にドキドキしてきた。
俺の丁番を広げ、テンプルを、モダンを、撫でまわしている。くすぐったい……!
ふと俺の視界が女神様から外れたと思うと、女神様の目線の高さに合わせられる。
こ、これは! きたあああああ! 試着する気だ……!!
ありがとう、眼鏡の神様……!
俺は一生の勝ちを確信した。
あと少し……! 女神様の耳に、鼻に触れれば――!
「おお、ワシのメガネ!」
「あっ!」
――何が起こった?
俺の視界がぐらりと揺らぐ。気付くと俺は女神様の手を離れ、視界にはこの世のものとは思えないものを捉えていた。
な、なんだこの禿げた小汚いオッサンは!?
「ワシのメガネちゃん、ウフフー♪」
俺の視界がオッサンの目線の高さに合わせられる。
や、やめろ! やめてくれ!!
――俺は、女神様にかけてもらいたい! 女神様と共に生きたい!
《いやだああああああぁぁぁ!!!》
俺は体を必死に動かし、オッサンの手を振り解いた。
落ちる俺。まずい、このままでは――目が割れる!
俺は丁番を広げテンプル・モダンを足のように立たせ、着地した。
う、上手くいった!
「あっ! ワシのメガネ!」
オッサンの手が伸びてくる。
こいつに捕まるわけにはいかない……! 俺は決めたんだ、女神様の目になると!
《うおおおおおおぉぉぉ!!》
俺は全力で走り出した。
「まてえええ、ワシのメガネェェェ!!」
オッサンの声が、走る足音が、店中に響く。
あんなヤツに捕まるわけにはいかないんだ! 俺は女神様に買ってもらうんだ!
目の前に洋服屋の鏡が見えてくる。
俺はそこで悪夢のような光景を目にした。
オッサンが指をピンを真っ直ぐに広げ、前傾姿勢になり、鬼の形相で迫ってくる姿を!
《うわああああああああぁぁぁぁ!!!》
こ、殺される――!
このまま逃げているだけじゃダメだ――そうだ、ここはデパート!
俺は商品棚が並ぶ狭い道に入り込み、一番近くにあったミニカーの商品棚に身を隠した。
はぁ、はぁ……こ、これでどうだ……?
「ワシのメガネちゃーん、どこかなぁ?」
オッサンが俺の隠れた売場に入ってくる。オッサンは身をかがめながら俺がいる方とは逆の文房具の商品棚を右手で漁り始めた。
先ほどとは全く別物の緊張が俺を襲う。
くっ……幸せの絶頂だったのに……こんなヤツのせいで、いきなり死の淵に立たされるなんて……ッ!
幸いミニカーは結構な数がある。身を隠すにはいいが、見つかるのも時間の問題……。
俺は足を畳みながら商品棚の奥へと入り込み、音をたてないようにそっとフックの上を、入って来た方向へ向かうように移動する。
……どうやらオッサンは俺が文房具の方へ隠れたと思っているらしい。
だが残念だったな! 確かに文房具の方が隠れやすいかもしれないが、俺は移動のしやすさを優先してフックの高さが一律なミニカー側に隠れたのさ!
俺とオッサンが入れ違いになる。
――この勝負、もらったッ!
俺はオッサンが商品棚の端まで行くのを見て、そっと飛び出した。
これで、女神様のもとに行ける……と思っていたのも束の間だった。
「あ、ママ見て! さっきのメガネー」
「ワシのメガネ!?」
さっきの子供!? まずい、オッサンに気付かれた!
「まてえええ、ワシのメガネェェェ!!!」
《うわああああああぁぁぁぁ!!!》
俺は子供と母親の間を抜けて逃げ出した――眼鏡売場の方を目指して。
そうだ、あの女神に買ってもらえばその時点で俺の勝ちなんだ!
遥か後方から子供の泣き声が聞こえるが、気にしている余裕なんてない。
オッサンがどんどん迫ってくるのが気配で分かるが、もうすぐ眼鏡売場だ!
《女神様、俺をあなたの物にしてくださあああい!》
眼鏡売場が見えてくる。……だが、そこに女神様のお姿は、無かった。
な、なぜ? 女神様はいったい何処へ!?
眼鏡売場を見渡すが、女神様の姿はない。
「……ワ、シ、ノ、メ、ガ、ネ、チャン♪」
しまった。
女神様を探すのに夢中だった俺は、オッサンに追いつかれてしまった。
ここまでか……。
オッサンが身を屈め、俺を拾い上げようと手を伸ばす。
――いい走りだったぜ、オッサン。
素直にオッサンの健闘を称え、覚悟を決めた。
俺の視界が――未来が――真っ暗に染まっていく。
しかしそのとき。
「ウガッ!?」
……オッサン? どうした?
……まさか、このタイミングで【ぎっくり腰】か!?
まだだッ! まだ舞えるッ!
《うぉぉぉぉぉぉおおおお!!!》
俺は全速力でオッサンから離れ、すぐ近くの上りエスカレーターを駆け上がった。
へへっ、ラッキーだぜ! 捕まってたまるか!
さすがに【ぎっくり腰】状態じゃ上りのエスカレーターまでは追ってこれまい!
俺は後ろを向き、どんどん小さくなっていくオッサンを見て優越感に浸る。これぞまさに、高みの見物。
……が、土下座のような姿勢のままオッサンは腕を伸ばした。
「ワシノメガネェェェエエエ!!!」
なんとオッサンは四つん這いの状態で上りエスカレーターを這い上がって来たのだ!
《うわああああああああぁぁぁぁ!!!》
迫りくる四つん這いのオッサン。俺は前に向き直り上階へ駆け上がった。
俺は走りながら身を隠せるような商品棚を探す。
……だが、ふと俺の後ろからオッサンの気配が消えたことに気付く。
撒いた、のか?
やはり【ぎっくり腰】が効いたのか? とうとうヤツに限界が来たのかもしれない。
ふう、と息を吐くように安堵する。
そうだ、下の階に戻らねばならない。女神様はきっと俺を探して、まだ下の階のどこかにおられる。
通常のデパートの構造なら上りエスカレーターの反対側に下りエスカレーターがあるはずだ。
……オッサン、これでようやくお別れだな。
戦いが終わったあとの静けさを前に俺は、物思いにふけようとして、天井を見上げた。
――いるのだ、ヤツが。
四つん這いのオッサンが天井に張り付いていたのだ!
俺は無言で走り出した。声が出なかったのだ。いやメガネだから声出ないけどさ!
心が叫ぶ前に体が動き出していたのだ。本能だ。メガネの本能。
「ワジ、ワジノメガネェェェエエエ!!」
オッサンは天井を這いながら俺を追尾する。
いやオッサンの体どうなってんだよおおお!?
あいつに買われるのだけは絶対にイヤだ! 俺はまだ死にたくない!
……冷静になれ、俺。オッサンは天井を這っている。ということは商品棚に隠れようとしてもダメだ、入る前にバレてしまう。
となれば下の階だ! やはり女神様の元へ行かなければならないんだ!
俺は下りのエスカレーターの方へ走り出す。
が、しかし――!
《な、なに!?》
「フフフ、ワシノメガネ……」
――先を読まれた。
俺が下りエスカレーターに向かっていることを読み、天井から俺の前に降りてきたのだ。
……さすがの俺も、肩が上がるほど息が荒くなっている、気がするぜ……。肩も無ければ呼吸もしないから、そういう気がするだけだ。
今このオッサンに背を向ければ確実にやられる。
ここはもう一か八か、賭けに出るしかないッ!
《うぉぉぉぉぉおおおおおおお!!!!!》
俺はオッサンの方に向かって走り出した。
今のヤツは四つん這い形態だが、【ぎっくり腰】の状態異常を抱えている。となればヤツが取れる行動は上半身――つまり腕だけに限られるッ!
「ガンネンジダガ……!」
ミニカーの裏で隠れているときに、オッサンが商品棚を"右手で漁る"のを見た。
何かを探すとき、咄嗟に出るのは"利き手"だ。
俺が狙うのはヤツの"左側"だッ!
俺は右へ走り出す。オッサンにとってはやりづらいはずだ。
結果から言えば、読みは当たっていた。オッサンの左腕の動きはどこか弱々しさがあった。
オッサンの左腕が伸び切り、左手が俺の前へ迫ってくる。
「ジネェ!!」
俺は右足だけを畳む。俺の体が右目を前にするように倒れ込む。
右目の淵が地に当たると同時に、左足を強く蹴り出し、宙で一回転――オッサンの左腕を超えていく。
空中で姿勢を直し、着地してその勢いのまま走り出す。
やった、成功だ!
俺は振り返らない。というか振り返れない。
そのまま下りエスカレーターのゴム製の手すりに跨り、静かに降りて行った。
俺は急いで眼鏡売場の方へ走り出す。
そしてついに……あの女神様を見つけた。
《おお、女神様……心が洗われるようなそのお姿を、どれだけ探し求めたことか……!》
ついに、女神様の足元へとたどり着いた。
女神様は気づいておられないご様子なので御御足をチョンチョン、と突こうとしたのだが……!
おおお、うおおおおお! 見えるぞ、女神様のパンツ!! ま、まさか、まさか真下からお目にかかることができるなんて!!
ち、違う! 見たくて見たんじゃない! メガネの都合上、歩くときに目が上向くから見えちゃうんだよ!
これは不可抗力だということを、ありとあらゆる理由を考えては必死に言い聞かせようとするが、結論はどれも同じだった。今めっちゃ幸せです!!
あぁ……おぉ……とつい声を出したくなるような光景を前に、ぼうっとしてしまった。
ふと女神様の御御足が動いたと思うと、俺の目の淵に当たり、俺は仰向けに倒れた。
カタッ、という音で気付いたのか、女神様は振り向き、俺を拾い上げてくださった。
《あぁ、女神様……不届きな私めをお許しください……!》
俺はどんな罰をも受ける覚悟で女神様に向き合った。視線を変えられないのが、こんなにもつらいなんて……ッ!
女神様はここまで心が汚れた俺を、ハンカチで優しく拭ってくれた。くすぐったい。
……だが俺は不穏な気配を感じ取った。ヤツの――オッサンの気配を。
女神様の方を向いているので姿は見えないが、気配で分かる。
ヤツはこの近くを歩いている……!
――来るッ!
「ねぇ」
「あっ……!」
うほおおおお!? お、俺の両目が女神様のおむおむ、お胸にィィィ!?
女神様が声と同時に俺を両手で胸に押し当てたのだ!
まさかパンツの次にお胸を拝借できるなんて、なんたる至福! この上なき幸せ……!
「ワシのメガネ、走ってこなかった?」
「え? うんと……あっ、あっち」
「ありがとう」
め、女神様ぁぁぁ!?
あぁ……、女神様はこんなにも不埒極まる私めをお守りなさるために、嘘まで吐かれて……!
――俺はやっぱりこの女神様に買われたい! この女神様の役に立ちたい!
女神様の言葉を信じたオッサンは、どこかへ行った。
危機は、去った。
俺は、勝ったのだ。
女神様と俺はしばらくの間、お互いを見つめ合った。
女神様は俺を見て、笑ってくれた。
「うんっ」と嬉しそうな声が漏れてしまうほどに、ご機嫌そうな女神様は、俺を両手で大事そうに持ったまま歩き出した。
この景色の移り変わりを見るに、女神様が向かっている場所は、眼鏡売場のレジだ。
「これ、ください!」
女神様の手から離れ、テーブルに置かれる。
ついに俺はこの女神様に――
「3,980円になります」
――買ってもらえるんだ――
「はい、ちょうどあります」
――俺が君の目となり――
「ありがとうございます」
――真の世界以上のものを――
「あ、包装は大丈夫です!」
――見せてあげる。
「こちらレシートになります。ありがとうございました」
「ありがとうございました!」
俺は再び女神様の手に包まれる。
そのとき、オッサンの声が聞こえた。
「ワシのメガネちゃん……♪」
残念だったな。もう俺はこの女神様に買われてしまったのさ。
勝ち誇っていると、女神様が口を開いた。
「あ、パパ! メガネ、買っておいたよ!」
最後までお読み頂きありがとうございます!
連載物を書いてみようと思ったのですが、その前に力試し的な意味合いで一発、書きました。
誤字脱字などありましたら、ご報告よろしくお願いします……!
2019/08/14(水) 20:00 【投稿】