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2話

 船より舫綱が放たれる。

 綱の渡った桟橋型の船では屈強な男達がせかせかと動き、船は引き寄せられた。


「整列!」


 間もなく号令がかかる。

 すると停泊作業をしていた者とはとって代わり、軍服に身を包んだ男達が立ち並ぶ。

 つつがなく停泊した船。甲板からラッタルが伸び、男が一人降りてきた。


「お待ちしておりました」

「クロダ、ご苦労様です」


 船から降りたサカタは整列の号令をかけた男に向かい、敬礼で労いの言葉をかける。

 彼方クロダと呼ばれた男もまた、表情を引き締めて敬礼を返す。が、やはり気になるものがサカタの向こうに居るものだから、時折視線を泳がせていた。


「道中遭遇した海賊です。余計な土産になりましたが、先方にも話を通しておいてください」

「は、承りました」


 半ば辟易とした様子のサカタの言もうまく呑み込めないのか、クロダはどこかぎこちなく了解した。

 それでも視線は尚サカタの向こうへと泳いだ。


「行程は予定通り、明日の登城並びに挨拶回り。それから……」

「さて、ご苦労諸君。早速案内を頼む」


 かすかに風が動き、気になるものがいよいよ姿を現した。

 現れた青年。対応力の限界を迎えては固まるクロダ。そして状況を理解し、額に青筋を浮かべるサカタ。


「坊ちゃん、話を通すまでお待ちいただくようお願い申したはずですが」


 突如としてそこに立ったアガノに、サカタは問うた。静かな怒気を滲ませて。


「待つ意味がわからん」

「待つ意味がお分かりにならない意味が分かりませんな!」


 あっけからんと言い切られてはサカタもその怒りを爆発させるしかなかった。

 しかしアガノは構わずクロダを促し、歩みを進める。


「そもそもだ、ここは使船だろう? ドレッドノート本国船団の只中というのは分かるが、使船の上はまだ我が国だ」


 恐れぬ者の国、ドレッドノート。

 逞しい下町気質の住民と、誇り高く強かな貴族による封建国家である。

 船団の中心にそびえる城は艦船の建造資材の生産能力を擁する。

 この星にあってそれは即ち、人類の生存圏の生産能力の保有を意味する。その絶対的優位を持つものであるから、海原に数ある国家勢力の中でもドレッドノートは最大級の規模を誇る。

 そんな大国は同時に、世界の覇権を争う勢力の一つでもある。


 そんな国にあって、アガノ達一行はドレッドノートの人間ではない。

 彼らの祖国はその名をオキノシマという。

 彼らの乗りかかった使船とはその出張領域。船上ではオキノシマが治外法権を有している。


「ですがそれは名目上です。事実ドレッドノート船団の只中である以上、不測の事態とて考えられるでしょう」

「分からん奴だな、ではここより安全な場所がどこにある」

「オキノシマよりは危険です」

「そうだ。ならばここはオキノシマの次に安全という訳だ」

「屁理屈を申されるな!」

「ああ言えばこう言う」

「全くですな!」


 アガノとサカタは気まずい周囲にも構わず言い合う。しかしサカタがいくら言い募ろうがアガノは既に使船への乗船を果たした状態なものだから、最早手遅れというものだった。

 そんな二人を諌めるかのようなタイミングだった。報せが届いたのは。


「艦長」

「何か」


 一人がクロダに駆け寄り、耳打つ。

 するとクロダは表情を固めて一拍。難しい顔をして向き直った。


「ベイズ卿がお見えです」

「はあ?」

「ほう」


 報せに、素っ頓狂な声に見合った表情と、関心したような表情が並ぶ。


「あのジジイはなかなか気が合う気がする。なあ、サカタ?」

「ええ全く…….! 本当に……!」


 サカタの額に青筋が増える。それでもなんとか抑えるのは流石と言うべきか、成すべきことのため動き始める。


「立場上、あくまでも訪ねてきたのはこちらです。お待たせするわけにもいきません。直ちに出迎えの用意をなさい! 坊ちゃんも準備を」

「サカタ様、ベイズ卿はサカタ様を訪ねておいでです……その、アガノ様には……」

「なんだ?」


 歯切れの悪いクロダが再び口を開けばその瞬間、場は凍りついた。


◇◇◇


 プラスチックのカップが白い口髭の下に運ばれる。

 貴重な資材を削り出して装飾を施された高級品から味わう茶に満足し、老人は息をつく。


「美しいものは心に届き、心は現実として味覚さえ磨く。見事なものですな」


 老人は座したまま、にこやかに品を褒めそやす。

 サカタはその対面、静かに表情を押し殺していた。


「よくぞおいでくださいました。ベイズ卿」


 サカタが沈黙を破ればその対面、老人の細められた目の奥が怪しく光る。


「いやなに、遥々オキノシマからおいでくださったのだ。出迎えくらいはしませんとな」


 あくまでも訪ねて来たのはそちらだぞというメッセージ。そんな目の前の老人に、どの口でとは表に出さずサカタは続ける。


「出迎えだけではありますまい」


 老人は再びカップを口に運ぶ。

 二人だけの一室。サカタだけが口を開く。


「なぜ我が将に本国への乗船許可を?」


 問いかけにも、老人はあくまでマイペースにカップを置く。そして勿体つけるかのように、つるりとした自らの頭を撫でた。


「婿殿に早く会いたいと孫娘にせがまれましてな。こちらから赴くよりも早いかと」


 勿体つけながら中身のない言葉にサカタは無表情の奥、嘆息する。

 その赴いてきた方の人物が既に使船にて寛いでいるのだ。

 分かってやっている。遅いだ早いだ、そんな理由でないのは明白だった。

 というか、将の方は未だ意中の人物に会えていないのではないか。そんな事を考えるサカタだった。


◇◇◇


 サカタが面談に赴いている頃、アガノはと言えば短艇に揺られていた。

 後ろにはイコマがその大きな丈姿を佇ませていたが、その面持ちは大船に乗っていた時とは違い、いささかの油断も感じ取れなかった。

 髪と目の色素の薄い男たちが二人の左右を固めていたからだ。


「壮観だな」


 しかしアガノはつゆほども気にせず言葉を零す。

 彼らの両脇には高さ10メートルはあろうという舷と舷。船団の中心部に近づくほどに高くなり、今や傾く陽の光を遮るほどだった。そして城壁とも見紛う船団の向こうには本物の鋼鉄の城。

 一応お行儀よくしているアガノだが、見る目は好奇心に輝いていた。

 一行はやがて船団の中央へと辿り着く。短艇は鋼鉄の城に据え付けられた埠頭へと横付けされる。


「壮観ですなあ」


 イコマが水線から見上げるも、尖塔の先は遥か高い。

 ふと、短艇が小さく揺れる。イコマは視線を戻し、意外やと目を丸める。

 見れば、アガノはつかつかと埠頭を歩いて行くところだった。


「何してる、行くぞ」


 イコマは眉を八の字に曲げ、何とも言えない表情をし、最後に肩を竦めてみた。

 そのとき、二人の周囲を固めていた内の一人がイコマの肩を軽くタップする。それがイコマを急かしたものか、はたまた別の意味があったものか知れない。


「アガノさん!」


 男ばかりの場に響いた高い声。

 一同が目を向ければ、一人の少女が駆けてくる。よく目立つ白く長い髪をなびかせ、少女はそのまま足を止めたアガノへと飛びかかった。


「アルシア!」


 アガノは両の手を広げて迎え入れようとするが、この勢いでは痛かろうかとほんのり力を込めてやる。


「わ……」


 少女は声を零すと、ふわりと綿でも捕まえるように抱き止められた。


「迎えにきた」

「……うん」


 二人はしばらくそのまま。

 イコマは酸っぱいものでも食べたような顔をして目を背けたのだった。


◇◇◇


 アガノとアルシアは二人、後ろにぞろぞろと引き連れながら城を歩く。

 散策も兼ねながら、談笑しつつ外縁をゆっくりと歩いていた。


「しかし、着いてすぐに会えるとは思わなかった」

「うん、早く会いたくてお爺様にお願いしたの。もしかして疲れてたかな」

「どうということはないさ。私も早く会いたかった」

「よかった。実は見せたいものがあるの……でもスケジュールが今日しかなくって」

「見せたいもの?」

「うん」


 アルシアの声が弾む。

 目を向ければ、アガノは思わず息を呑んだ。


「わたしの、宝物」


 白色の合成繊維とは比べ物にならない、形容しがたい、しなやかな白い髪が海風に揺れる。

 傾く陽の光が作るコントラストの中、アガノは赤い瞳に引き込まれるように見惚れた。


「宝物……か」

「うん」


 惚けるように言葉を反芻するも、年相応とは見えない屈託ない笑顔に、アガノは我にかえった。

 咳払いを一つ、アガノは歩みを取り戻す。

 アルシアと合わせて二人が進めば後からぞろぞろと。その中にいるイコマは一人、小さく笑った。


 アルシアは一室の前で立ち止まる。するとその人はアガノでなしに、ついて回った一行に向けて口を開いた。


「しばらく二人で居たいから外してくれる?」

「お嬢様」


 これには難色が浮き出る。

 問題のある間柄でさえないが、嫁入り前の女と男が一部屋に二人きりというのは外聞の良いこととは言えないのだ。

 しかしアルシアは一切として引き下がらない。


「別に良いじゃない。そういうことする訳じゃないし、事実そういう関係なんだから」

「しかし外聞が……」

「外聞がなに。なら外に出さなきゃ良いでしょ。あなたたち口堅いんだから、あとはイコマさんが黙ってくれれば解決でしょ」

「よしイコマ黙ってろ」


 即座に命令が飛ぶ。

 これにはイコマも苦笑いで首を縦に振るしかなく、二人を除いてはまんまと締め出されたのだった。


 部屋の中は、海の臨める透明なプラスチックの大きな窓が光を取り込み、明るい。

 全体的に見て物が少なく広々としていることが、それに拍車をかけていた。


「君の私室か?」

「うん」

「良い部屋だ」

「ありがと、でも……ふふ」


 アルシアは悪戯っぽく笑むと、そのまま窓辺へ。

 すると低いところにある一枚の窓に爪をかけ、ぱかと外してしまう。


「見せたいものはこっちなの」


 そういって外した窓を脇に置き、アルシアは枠をくぐって窓の外に出てしまう。


「アガノさん」


 外から呼びがかかるも、アガノは動かない。

 驚いていた。初めて相まみえた海賊も、着いたその日にドレッドノートに渡れたことも、見上げるような巨大船の一団も、婚約者の初めて見る可憐さも、自由さも。

 アガノ自身、多少なりとも自由すぎる自覚はある。自らが動けばサカタは喚くし、そうでない人も呆れや困惑を抱くことは知っている。

 しかしそんなアガノをして、この日は新たなもの、驚きの連続である。それに比べたらという訳でもないが、自分ごときの好奇心がこれから見えるものに耐えられるものか。ある種の怖ささえ感じている。

 それでも今、彼は笑みを抑えきれないでいる。

 それは齢十を超えたものとも思えない輝きを帯びていた。


 アガノはアルシアの後を追い、低くかがんで外へ出る。

 鋼鉄の城に裂かれた風がひゅうと鳴る。

 尖塔の中ほど。夕焼けに染まる水平線は微かな孤を描いていた。


「これも宝物のひとつだよ」


 先に外に出ていた彼女に声をかけられる。

 アガノがそちらを向けば、アルシアは穏やかな笑みを浮かべる。彼は今一度、彼女に大人びた魅力を見た。


「まだあるのか」

「うん」


 それも束の間、アルシアは再び屈託ない笑みに戻る。


「もっと、見てほしいから」


 笑みのままにアルシアは言う。

 しかし黄昏時、アガノにはその笑顔に、どこか斜がかかって見えた。

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