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1話

 快晴の往路。その終わりを目前にして、船上には慌ただしく動く男たち。そこに居る誰もが戦いに備え、自らの役目を果たさんと甲板を駆けまわっていた。

 いや、誰もという訳ではない。


「サカタ、男なら海に出た以上、堂々打って出て手柄を挙げたいものだろう」



 青年は薄ら笑いを浮かべ、軽やかな足取りでプラスチックの甲板を歩いていた。

 そんな彼の後ろをついて回る、どこかくたびれた様子の男が一人。


「だからそれは一般論でしょう! 坊ちゃんに何かあったらこのサカタ、先代様に……ましてやドレッドノートのお歴々にも顔向けできません!」

「おお、見てみろサカタ。あれが海賊か」


 青年は「話を聞いてください」と喚くサカタと呼ばれた男を逆に宥め、甲板から身を乗り出す。そして自信を湛えた黒い瞳で海原を見据えた。

 そこには一杯の舟。塩気にくすんだ帆を膨らませ、一直線に向かってきていた。

 しかし青年は現実と理想との差を感じてか、笑みに斜を落とす。


「案外と、小さい船に乗っているのだな」

「素人でしょうなあ」

「イコマ」


 そんな彼の背に、声がかかる。

 青年が振り返れば、彼の頭一つは飛び出た大男が居た。

 イコマは青年の横に並び海原の先を見据え、鼻で笑う。



「連中、何も分かっとりません。坊ちゃん、どうぞ」


 そう言って手渡されたのは、レンズ。

 覗き込んでみれば、迫る海賊の様子が良く見えた。


「舟の形式から見て、ファンフーの新参者でしょう。あそこは今は荒れとりますからな。大方、ごろつき共が盗んだ漁船で……坊ちゃん、戦ってみますか?」

「いいのか!」

「よくないですよ!」


 イコマの提案に青年が顔を輝かせるも、即座に止めが入る。

 サカタはくたびれながらも目をつり上げてはイコマに詰め寄る。


「だいたいイコマ! 貴方はそうやっていつもいつも坊ちゃんに危険なことをさせて!」

「だが今こうしてぴんぴんしているだろう」

「坊ちゃんは黙っていてください!」


 サカタは青年の言を一蹴。しかし、彼も引き下がらなかった。


「なあ、なあサカタ。いい加減にしてくれないか」

「何を言いますか。いい加減にするのは坊ちゃんでしょう」

「それだ。いい加減に坊ちゃんはやめろ。私はもう子供ではない。これから嫁を貰いに行く一八の男だぞ」

「まだ子供です」


 言い分にも、サカタは頑固に首を縦に振らない。そんな彼を見かねてか、イコマも加わった。



「サカタさん、今回ばかりは坊ちゃんの……いや、旦那の言う通りだ」

「イコマ……!」

「生まれた頃からあんたが面倒見てた子供も、大人になるもんだ。自分のことくらいは自分で決めてもいいだろ」

「しかし……」


 言い淀むも、サカタは尚も首を縦には振ろうとはしない。だが、最終的には折れた。


「……分かりました。どうぞご随意になさいませ」

「よし!」

「ただし! くれぐれも万が一のことはございませんよう……」

「わかった!」


 青年はサカタの言葉も半ばに、甲板から海へと踏み出した。


「坊ちゃん!」

「先に行くぞ!」

「なりません!」

「坊ちゃ、旦那!」


 制止の叫びも虚しく、青年は舷を落ちていった。

 二人が海を覗き込む。そこには、波のうねりを乗り越え駆けてゆく青年の姿があった。


「すぐに追いかけてください!」

「取り舵! 敵船へ向かえ!」


 イコマの命令ですぐさま人が動く。

 プラスチックの船尾舵が回り、合成繊維の帆が向きを変える。船はゆっくりと向きを変えるが、かの人の足取りは早くも海賊船を目前としていた。


「舵戻せ!」

「急いでください!」

「そうは言っても、船はそんなに速く動けませんからな」

「ああ、もう! だから反対したんです! 坊ちゃんにもしもの事があればどうするつもりですか!」

「確かに、いくら異能があっても一人でとは予想外でしたが……まあ大丈夫でしょう」


 横で喚くサカタを置いて、イコマは騒ぎの始まった海賊船に目をやる。


「素人にやられるような育て方はしておりませんのでね」



◇◇◇



 イコマの察した通り、彼らは新参も新参。海賊稼業も初仕事のゴロツキ上がりだった。

 それでも海賊とゴロツキ。人間の種類として見て何が違うかと言えば、大した差はない。自由と略奪と暴力の快楽を夢見て海原へと繰り出した彼らは、紛れもない海賊だった。


「でけえ獲物だ」

「おい、もっと速度出ねえのかよこの船は」


 強いて言うならば、イコマの言う海賊との違いは彼らの意識だろうか。

 彼に言わせれば『分かっている』連中というものは、自分たちより強い相手に挑むこともなければ、自分たちが駆る舟の性能くらいは把握しているものだった。

 さらに言えば、イコマに言わせればこの連中は負ける道理のない相手だった。


「え……おい……あれ……?」


 ただ一人に任せても殲滅できるであろう、という程度には。


「人が……海を走ってる……」

「やばい! やばいやばい逃げろ!」


 ただ一人、まともな危機意識を持つ男が叫びあがるが、一人では漁船さえ動かせない。統率の取れない海賊船はそのまま真っ直ぐに、海を渡るその人へ向かっていった。


「異能使いだ!」


 その正体が叫びあげられるのと、海から跳躍したそれが甲板に降り立つのは同時だった。

 大した機能も持たない漁船にあって、薄汚れた海賊たちの最中。降り立った青年はしみ一つ、ほつれ一つない白の軍服に身を包み。毅然と立った。


「さあ、私の最初の獲物は誰だ」


 黒い瞳が好戦的に見渡す。口角は高くつりあがった。

 青年に一人が口を開く。


「お、お前は……」

「私か? 私は――」

「おおおおおおおああああああああ!」


 統率などあったものではなかった。返答する青年にプラスチックの曲刀を持った別の一人が切りかかる。

 振り上げられた曲刀はしかし、振り下ろされることはなかった。

 足場を踏み抜くような衝撃音と同時、ノーモーションから繰り出された蹴りがその手を弾き返していた。


「!?」

「臭うな」


 青年は掌を繰り出す。

 踏みしめた踵から体幹へ、体幹から伝わった力。そして彼の異能が男を吹き飛ばした。


「少し洗い流してくるといい」


 男は漁船の狭い甲板を越え、広く深い洗い場に転落した。


「自己紹介の途中だったな」


 一瞬の出来事に呆然としていた男達は我に返る。

 重心を落とした構えから直立へと姿勢を正し、青年は続けた。


「私の名はアガノ。出風を受けしオキノシマの、今代の将だ!」



◇◇◇



 船は再び海原を駆ける。

 その後ろ。漁船もとい海賊船が一杯、曳航されていた。

 青年改めアガノの単騎突入の後、ゴロツキもとい海賊は戦意を喪失し、投降していた。現在はその全員が拘束され、漁船は無人である。

 その漁船をつまらなそうに甲板から眺めるはアガノだ。


「本当に何を考えているのですか! いえ、何を考えていようが構いません。ですから先ず話をお聞きなさい!」


 後ろから、つまらない説教が飛んでくるのだ。


「坊ちゃん!」

「坊ちゃんはやめろと言ったろう」

「しからば大人としての行動を取りなされ! 自らのお立場を忘れておいでか!」


 僅かばかりの反抗をしてみれば、倍する説教で返される。アガノは辟易と甲板の外を眺めるのだった。

 しかし、彼に物申すのはサカタだけではなかった。


「坊ちゃん、異能を使いましたな?」

「イコマ、お前まで」


 アガノは思わず顔を向ける。

 イコマは揶揄うように眉を捻り、漁船に目を向けた。


「あの甲板のひび割れ、坊ちゃんでしょう。いけませんなあ、あれしきの素人に異能を使わされるなど」

「くっ……ああ、そうとも。私だって安全策をとったさ。立場故にもしもの事があってはならないからな」


 そう言って、アガノはサカタに目を向けるのだった。


「そういうことにしておきますかね」

「まったく、あなたたちは……」


 説教の元の気勢が削がれたと見るや、アガノは甲板を歩く。気分転換のつもりで進めた足だったが、そこで目に入った。

 艦首の先の水平線の向こう。巨大な尖塔の先が。


「……そうか、ご苦労」


 彼の視界の外では船員とサカタが一言。


「二時間程でドレッドノート外周に至ります。中で準備を……坊ちゃん!」


 アガノは制止の叫びを上げる頃には走り出していた。

 水夫を避け、マストの高い所へと登り行く。

 すぐ下に膨らむ帆と共に風を受け、ただその人が待つ場所を真っ直ぐに見つめた。


「アルシア……」


 誰が聞いていなくとも、その名は呟かれた。



◇◇◇



 丸い星にあって、文字通りどこまでも続く海。

 その只中に浮かぶ船。貴重な動力機関はもちろん、帆の一つもついていない。

 その船には甲板という概念はない。あるのは通路と、窓のついた家屋。

 そこには人々の姿があった。しかし彼らは船乗りではない。荷を運ぶ男性も、服を干す女性も、駆け回る子供達も。

 その船は繋ぎ止められていた。幾つかの縄と橋で。

 その繋がる先には同じ船があった。同じく、人々が暮らしているのは言うまでもなく。

 更に船は船と繋がり、繋がり、動かない船団がそこにあった。

 そしてその中心。プラスチックの船団とは異質の、鋼鉄の城。

 鈍い輝きをまばらに反射させる尖塔。

 その一角に備え付けられた双眼鏡を覗く瞳があった。


「オキノシマの船……!」


 声の主は赤い瞳を双眼鏡から離す。

 その人が身を翻せば、白い髪が揺れる。

 水平線の下に小さく、彼らの乗る船が見えた。



◇◇◇



 光の差さない、暗い水底。冷たい場所。

 生命の残骸が雪となって降りしきる。


 寂しげという感情の入る隙さえない。そんな高圧の空間を音が穿つ。

 降りしきる雪は震え、積もったものは僅かにその身を浮かせた。


 その正体は鼓動。

 浮足立つ骸雪は喜びをもってそれを出迎える。雪が舞い上がり、静謐の海底は俄かに騒然としてくる。


 目覚めの鼓動は出迎えを喜ぶように、ひときわ大きく震えた。

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