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ケースケ  作者: 風音沙矢
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ケースケ 第2話

 僕は、コアラ! の、ぬいぐるみ。

 名前は、ケースケ。美智子さんがつけてくれた。

 今日は、この間の続き、美智子さんと洋介さんの話をしてもいいかい。


 由紀さんが、美智子さんの手紙をもって、洋介さんのお見舞いに行ったところまで話をしたんだよね。じゃあ、続きね。


 由紀さんは、

「すみません。来てしまいました。」

そう言って、美智子さんからの手紙を渡し、お見舞いの花を活けに病室を出ていった。しばらくして病室に戻ると、洋介さんが晴れ晴れとした顔で窓の外を見ていた。

「美智子さん、元気そうですね。本当によかった。」

「私は、心のこり無く、最後を迎えられそうですよ。」

「由紀さん、ありがとう。」

そう言って、照れくさそうに、美智子さんの手紙を見せてくれた。


 一筆申し上げます。

 洋介様

 お仕事、お忙しいことと存じます。

 お体、変わりありませんか。

 貴方が、お仕事でご活躍されていることは、とてもうれしく思っておりますが、私は、もう75歳のおばあさんになってしまい、何時、お迎えが来るかわかりませんから、お仕事がお忙しく、なかなかお伝えすることができないでいることを、手紙でお伝えしておこうと思います。どうぞ、最後までお付き合いください。


 洋介さん、本当に60年間、ありがとうございました。

 あなたが、私を選んでくださって、どれだけうれしかったことか。

 口下手な私は、あなたに何もお伝えしていなかったことに、今頃気づきました。

 60年前、貴方と出会って、どんどん惹かれていった頃のことを昨日のことのように思い出しています。貴方が、私の両親の許しを得られるようにと、猛勉強されて帝大に入り少しほっとしたのもつかの間、召集令状が届いた時には、肝がつぶれる思いでした。いくら二人が将来を誓い合っても、当時は赤の他人。あなたの消息は、貴方の手紙だけでしたのに、戦局が悪くなってきたころには、それさえも届かなくなってきて、本当に心細い思いでいました。

 終戦になり、貴族制度も廃止になって、父は世間を全く知らない人間で没落の一途だった時、貴方が突然帰ってきて、結婚の申し込みをしてくださっても、私はお受けすることができませんでした。それは、両親の面倒も見なければならない私は、貴方に重荷を背負わせたくなかったからでしたが、戦争中は、貴方のことをよく言わなかった両親が、手のひらを反すように喜んでいたことも、いやでした。貴方はそれさえも受け入れてくださって、うれしいのか、申し訳ないのか。心が複雑に揺れました。

 その思いも、うまく伝えられずに、素直になれなかった私を、貴方はいつも、やさしく見ていてくださっていることも、重荷になっていました。そんな時、俊介が生まれ、貴方がとても喜んでくれたのに、俊介は、死んでしまいました。どんなにお怒り(おいかり)だったでしょうか。私が未熟だったばかりに俊介を死なせてしまいました。どんなにお詫びしても足りません。

 どんどんと、心を閉ざしてしまった私でした。本当に、ごめんなさい。我がままでした。オーストラリアからケースケを連れてきてくれてありがとう。楽しかったですね。3人でたくさん思い出が作れて。セピア色の世界にもう一度色彩いろどりが戻ってきました。今も、ケースケは私のそばにいてくれます。貴方が、お仕事で世界を飛び回っていても、ケースケがそばにいてくれれば、我慢できます。

 貴方は、私を見捨てず生涯の伴侶としてくださって、ありがとうございました。私は幸せです。これからも、よろしくお願いします。

 かしこ


「久しぶりに貰った、ラブレターだよ。」

 照れくさそうに、洋介さんが言った。

「ケースケ、美智子さんのところに居るんだね。」

「少し待っていてくれるかい。美智子さんに返事を書きたいんだ」

そう言って、ゆっくりと息を吐きペンを執った。


 拝啓

 美智子様


 ご無沙汰してます。

 貴方を一人にして、仕事をしてきて、本当に心苦しく思っております。

 お手紙、拝見しました。ありがとう。


 55年ぶりでしょうか。貴方からの手紙は。

 大変、うれしゅうございました。

 私こそ、あなたと共に過ごした日々は、幸せでした。

 私は、理系の人間ですので、文章を書くことは苦手で、昔もあなたに良く笑われましたね。

 また、笑われるかもしれませんが、あなたに手紙が書けることがどんなにうれしいか察してください。


 60年間、ありがとう。

 貴女がいてくれたから、あの戦争も乗り切れました。戦争はきれいごとではすみません。今でも自分がしてきたことを語りたくありません。何度死んだほうがましと思ったことか。そのたびに、貴女の顔を思い浮かべていました。

 引き上げ船を横浜港で降りて、貴女の住んでいるはずの赤坂へ真っ先に向かいましたが、貴女の家が売却されていることを知ったとき途方にくれました。それでも、探して探して、焼け野原に建つバラック小屋であなたを見つけたときは、本当に本当に、うれしかったです。しみじみと、戦争が終わったんだなあと思いました。

 その後、色々なことがありましたが、美智子さん、貴女がそばに居てくれるだけで幸せでした。俊介のことは、貴方のせいではありません。彼が私たちの息子として生まれてきてくれたことだけで、幸せでした。あまりにも可愛すぎて、神様のもとへ行ってしまったのでしょう。私たちもいつか、神様のもとへ召されるのですから、会えます。それを楽しみにしていましょうね。

今度いつ会えるかわかりませんが、お体大切に、元気でいてください。

 また、お手紙ください。待っています。

 敬具


 美智子さんは、その手紙を由紀さんから受け取って、胸でギュッと握り締めてから、何度も何度も嬉しそうに読んでいた。認知症でも、昔のことは良く覚えている。だから、僕のことは良く分かっているんだよ。由紀さんのことは、時々忘れて、

「どちら様ですか」

と言ったりしていた。それでも、洋介さんからの手紙はちゃんと理解していて、その後、しばらく文通は続き、10通ほどの手紙が残されて、洋介さんは、逝った。

「ケースケ、洋介さんからの手紙よ。手紙って、うれしいわね。電話だったら、声は消えてしまうけど、手紙は何度でも読み返せるわよ。」

「最近、洋介さんは、忙しいのね。」

と、少し寂しそうにするときもあったけど、認知症は、神様からの贈り物、少しずつ少しずつ、洋介さんのことも僕のことも忘れて、そうして、12年前、穏やかに、俊介君と洋介さんのところへ逝ったんだよ。


 僕は、由紀さんの家族になって、まおちゃんにもみーちゃんにも、かわいがられて、弟分になった。本当は、僕はお兄さんだと思うんだけど。二人が使っていた、ベビーチェアに座らされて、パパさんにも、「ただいま」と頭を撫でられて、幸せに暮らしていたのに、最近、そのベビーチェアを賢太に奪われた。

「あのクソガキ!」

「この間も、いたずらされて、話が途中になっちゃったんだよな。」

でも、62年生きてきて、今が一番男の子らしい遊びをしているような気がする。まおちゃんとみーちゃんだと、おままごとのお父さんばかりさせられた。賢太は、やんちゃだけど、かわいい。今は、賢太の兄貴として遊んでいるけど、近い将来、きっと弟分にさせられるんだろうな。はあー。


 それでも、洋介さんにも美智子さんにも、かわいがってもらって、由紀さんの家族にも大切にされて、生きてきた。うれしいことも悲しいことも、家族みんなが、「まだ内緒ね」と、僕に、まっさきに話してくれる。いとしい家族だ。由紀さんも、パパも、まおちゃんも、みーちゃんも、それぞれドラマがあって、みんなに話したいけど、今日は、ここまで。機会があったら、話したいな。そして新しく加わった、まおちゃんの旦那さん、健一君にも、かわいい賢太にも、これから、ドラマが生まれるんだね。


「いつでも僕は、待ってるよ。」


最後まで、お読みいただきまして ありがとうございました。

よろしければ、「ケースケ」の朗読をお聞きいただけませんか?

涼音色 ~言ノ葉 音ノ葉~ ケースケ と検索してください。

声優 岡部涼音が朗読しています。

よろしくお願いします。


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