ケースケ 第1話
戦争を経験した老夫婦の物語です。
子どものように可愛がってもらった、コアラのぬいぐるみ「ケースケ」が、お話してくれます。
僕は、コアラ! の、ぬいぐるみ。
名前は、ケースケ。美智子さんがつけてくれた。
今日は、その美智子さんの命日なんだ。少し、美智子さんと旦那さんの洋介さんの話をしてもいいかい。
62年前、洋介さんが、仕事でオーストラリアに来ていた時に、ぼくを見つけて日本に連れてきてくれた。そのころ、美智子さんは、悲しいことがあって家に引きこもりがちになっていたんだ。洋介さんは、とても心配だったけど仕事を優先してしまったんだ。だから、少しでも喜ばせたいと、僕を連れて帰ったんだよ。
実は、美智子さんは、ひとり息子の俊介君を亡くしていたんだ。自分を責めて、責めて、心を閉ざしてしまった。ぼんやりと部屋に残っている俊介君のランドセルを見つめてばかり。何も食べない。何も話さない。心配した美智子さんのお母さんが寄り添ってくれていたから、洋介さんは、オーストラリアへ向かったけど、心配で心配でたまらなかった。でも、美智子さんには、理解してもらえないまま、益々心を閉ざしてしまっていた。半年ぶりに帰ってきた洋介さんに、寂しそうに笑うだけだったけど、僕を見て、目が輝いたのさ。抱き心地が、亡くなった俊介君に似ていたんだってさ。それからは、美智子さんとは、片時も離れずにいたのさ。買い物だって、旅行だって。洋介さんと美智子さんと、いっぱい出かけたよ。だから、思い出もたくさんできたよ。楽しかったな。ずっと。
でも、17年前、僕は、由紀さんに引き取られた。
洋介さんが、僕を、由紀さんに預けてくれたのは、洋介さんが余命宣告を受けたからだ。由紀さんは、洋介さんの家の近所に住んでいた。洋介さんは、引きこもりがちな美智子さんを、近所の人たちと交流させたいと思って、夕方、毎日近所の公園に美智子さんと行っていたんだ。
お菓子を持って公園に来る洋介さんは、子供たちの人気者。その中に由紀さんの子供たちもいたんだ。お菓子をもらって食べてしまうと、子供たちはそれぞれ遊びだしてしまうのに、由紀さんの子供たちのまおちゃんとみーちゃんは、洋介さんや美智子さんが好きで、まだよく話せないのにいっぱい話していたんだって。
由紀さんは、ふたりが、普段はあまりお菓子を食べないのに、洋介さんから貰うゴーフルやビスケットは美味しそうに食べることを不思議に思っていたんだよ。
だんだん、仲良くなって、洋介さんや美智子さんとも話すようになった由紀さんは、お礼にと作った料理を洋介さんのところへ届けるようになって、益々、色々な話をするようになった。その頃には、美智子さんも由紀さんに、心を開いていったから、由紀さんや子供たちと話したり遊んだり、楽しかったと思う。
それから、美智子さんは少しづつ認知症が進んで、洋介さんが介護をしていたけど、自分の病気を知って、死後を託す子供のいない洋介さんは、本当に大変だったんだ。それを、すべて一人で、決断しながら、美智子さんの終の住みかも探して、泣いて後を追う美智子さんをなだめて、泣きながら寝てしまった美智子さんを抱きしめて、美智子さんの穏やかな寝顔を目に刻んで、すべて処分してガランとした家へ帰ってきた。
そして、捨てられずにいた、二人が子供のように可愛がってくれた僕を抱いて、洋介さんは、初めて泣いた。僕だけでも、病院へ連れていってくれれば良いのに、自分が死んだあと、僕が処分されてしまうことがいやだったから、由紀さんに託すことにしたんだよ。
美智子さんが片時も放さなかった、僕を預けられて、由紀さんは、驚いたよね。由紀さんは、洋介さんたちを、本当に自分の両親のように慕っていたから、何か、洋介さんたちが、バタバタしていたことを心配していたんだって。突然、美智子さんがいなくなって、洋介さんに何かあったんだと思っていたけど、洋介さんが入院するって聞かされて、とても驚いていた。どこの病院ですか?って何度も聞いていたけど、洋介さんは、淋しそうに笑うだけで、答えてくれなかった。僕も、会いに行けなくなってしまうから、由紀さんに教えてくれるように祈っていたけど、教えてくれなかった。由紀さんは、最後に、美智子さんのことを聞いたんだよ。
「洋介さん、あなたはすべて判ってらっしゃるけど、美智子さんはどうなんですか?」
洋介さんは、その言葉に戸惑いを見せたんだ。
「どうか私にだけは、洋介さん、あなたの病院と美智子さんの住んでいるところを教えてください。」
洋介さんは、しばらく考えていたけど、由紀さんにそれぞれの連絡先を教えてくれた。そうして、一人で病院へ向かったんだよ。
由紀さんは、はじめは、僕と二人で美智子さんのところへ行った。美智子さんは、僕をみて、本当に嬉しそうだったよ。由紀さんは、何も言わずに僕を美智子さんのところへおいて帰っていった。何度目かに、まおちゃんとみーちゃんを連れて美智子さんのところへ会いに来たとき、美智子さんは、とても喜んでいた。しばらく、まおちゃんとみーちゃんと、楽しそうに話していたけど、ふと、
「最近、洋介さんは忙しいようで、なかなか帰ってきてくれないのよ。今、何の仕事をしているのかしらね。」
そう言ったんだ。思わず、
「そうですね。洋介さん、頑張っていらっしゃいますもんね。」
と、由紀さんは、相槌を打ってしまっていた。
美智子さんは、洋介さんがまだ現役で仕事をしていると思っているようだった。美智子さんは、洋介さんと会えないことをとても寂しがっていたんだ。病院へは、来ないようにと固く言われていた由紀さんだったけど、一度、洋介さんに会いに行ってみようかと思いだしていた。
美智子さんが、洋介さんのことを話してから、机で何か書いていることが多くなっていた。次に由紀さんが来た時に、うれしそうに手紙を差し出して
「これ、洋介さんに渡してくれないかしら。あなた、洋介さんがどこにいるのか知っているのでしょう。」
まっすぐに由紀さんを見る美智子さんは、認知症が発症しているようには見えなかったから、思わず、洋介さんが病気のことを伝えてしまおうかと思ったと由紀さんがあとで話してくれたけど、由紀さんは、にっこり笑って、黙って受け取っていた。
これも、後で聞いた話だけど、由紀さんは、その手紙を持って、今度は迷わずに、洋介さんの病院へお見舞いに行ったんだって。
洋介さんは、少しやせてはいたけど、穏やかな表情で迎えてくれた。
「すみません。来てしまいました。」
そう言って、美智子さんからの手紙を渡し、お見舞いの花を活けに病室を出ていった。しばらくして病室に戻ると、洋介さんが晴れ晴れとした顔で窓の外を見ていた。
「美智子さん、元気そうですね。本当によかった。」
「私は、心のこり無く、最後を迎えられそうですよ。」
「由紀さん、ありがとう。」
「えっ、あっ、賢太。ダメー!」
まおちゃんの息子、賢太に、僕は足をつかまれて、ぽーんと投げられた。
「ごめん、今日全部話せなかった。」
「また、後で聞いて。」
「わー!」
実は、
「ケースケ」は、我が家にいるのです。
我が家にやってきた経緯も、仲の良いお二人のことも、この物語と少し似ています。
終活をしっかりとされた、お二人を尊敬します。
そして、家族が増えた我が家は、とっても、にぎやかです。