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第75話 一方的な出逢い -side零司

「ごめんなさいっ! 盗み見ようとか思っていたわけではないのです。ただ、一生懸命に剣を振っている姿に見とれてしまったといいますか……。 あの、気を悪くされたのなら、本当にごめんなさい」


 どうやらエリスに気づいた俺が、派手に回避行動らしきものをとったことを、彼女は気にしているようだ。

 これは集中しすぎていて、彼女の気配に気が付かなかった俺の失態にすぎない。



「あ、う、あ…… い、いや、いい。 気に、してない……。アヤマル…… ヒつ…… 必要ない」


「そう、ですか…… あの、えっと……」


 今、気づいたが、こっちの世界の言葉で喋るのは実に17年ぶりだ。

 よく覚えていたと自画自賛したくなるが、喋りはたどたどしく、言葉のアクセントや発音も変だった。

 エリスの目には俺がカタコト外国人みたいに映っているだろう。


 ところで様子を見る限り、エリスは湯涼みに来たようだ。

 石鹸の香りと彼女の体臭が混じった、甘い香りが微かに漂ってきて、思いのほか自身が動揺していることに気付く。


 落ち着けよ、落ち着け俺。 女を知らないワケではあるまい。

 経験は少ないにせよ、こんな少女の風呂上がりの匂いで心を乱されるなど、本当にどうかしているぞ!


 片手で顔を隠し、軽く深呼吸すると、こちらから彼女に話しかける。

 もちろん、初めて出会った体を装って。



「あらせ…… あ、レイジ・アラセ、だ。 そっち、は?」


「あ、私はエリス・エリアスと申します」



 軽くこうべを垂れ、挨拶するエリス。 なんてことない動作だったが、どこか気品があった。

 一番下の爵位である男爵とはいえ、流石は貴族だと感心してしまうほどだ。

 外面だけで中身は品のない男爵家の令嬢は珍しくもないが、彼女からは内面からにじみ出る気品の良さがあった。 それは幼少から受け続けた教育の賜物だけではないように感じられるほどだ。


「えっと……」


 エリスは言葉に詰まったらしく、決まりが悪いといった様子だ。

 しょうがないので、こちらから話題を振ることにした。



「風呂上りか、ちゃんと髪、乾かしたか? 風邪ひくぞ」


「あ、はい。きちんと“起風器”を使って乾かしました。大丈夫です」


 “起風器”とは安価な仙晶石を利用した仙晶道具のひとつだ。

 地球の道具ならドライヤーみたいなものだろうか。

 俺たちが泊まった宿はこの集落でも一番高級な宿だった為、そういった高価な道具も備え付けられているらしい。



「そうか、それは何より。女は身体が冷えやすい、そういうところ、しっかり、と、ケアしない、とな」

「あ、はい。そうですね」


 

 しばし、気まずい沈黙が流れる。 お互い視線を合わせず下を見たり空を見たりしていた。

 だが、その沈黙はエリス側から破られた。



「あの、どうしてこんなところで剣の鍛錬を?」


「ああ、いろいろ考えてた、苛立った、それ、で、気分転換……」


「気分転換ですか、私もそうなんです。いろいろ考えてたら不安になって…… それで」



 ふたりとも同じことを言っていることに気付き、互いに苦笑する。



「そうですか、差し支えなければどんなことで悩んでいたのですか?」



 微笑みながらエリスが訊いてくる。同時に少し彼女が近づいている事に気付く。

 俺は額の汗をぬぐい、彼女を横目に答える。



「大切、なものを探している、どうやって、みつければわからない、そんな感じ」


「探しものですか?」


「人を探している。まったくアテない。考えてたらムカムカ。で、気分転換。それで剣振ってた、汗かいたら、少し気が楽」



 もし、みんなが帝国領以外の場所にいたら、どうやって探せば良いのだろう。


 昔、この世界で前世の俺が築き上げた、人脈や地位や部下などは無いも同然だ。そういったものには頼れないのだ。


 アスターシャに着いたら裏で情報を扱っているやつを見つけて、莉亜たちに関するネタを集めなければならないだろう。


 それでも、莉亜たちの情報が手に入らなかったら…… 俺はどうすればいい?

 延々と探し続けなければならないのだろうか。

 そんなこと辛すぎる。

 

 またマイナス思考の波が襲ってきたので、脳裏から振り払う。

 都合の良いタイミングでエリスが話しかけてくれたので、それ以上よからぬことを考えなくて済んだ。



「あの、大丈夫ですか。なにか少し辛そうな表情をしていたものですから」


「ありがとう。そうだ、君はどうなん?」


 オレの問いに対し、エリスは伏し目がちに口を開く。



「私は…… どうすれば自分に課せられた重責を果たすことができるのか……。 ちょっとした時間があればいつも考えてしまうのです。先程、何も考えずお風呂に入ってリラックスしていたら、ついまた考えてしまいました。それで、その、気づいたらここへ……」


「そうか、お互い大変ね」

「ええ、そうですね」



 無意識のうちに見つめ合ってしまう。 エリスの美しいサファイアブルーの瞳が俺を捉えていた。


 彼女も自身の責務を果たす為、必死なのだろう。 エリスの苦悩らしきものを察した俺は、自分だけが悩みや迷いを抱えているわけではないという、ごく当たり前の事に気付かされることになった。


 エリスは更に近づき尋ねてくる。彼女の目は俺を真っ直ぐ捉えたままだ。


「あの、ひょっとして“クリーヴ”出身の方ですか? 」



――クリーヴ

 帝国領のはるか北に位置する蛮族国家だ。

 俺がこの世界で産まれた時から、帝国はクリーヴと小競り合いをしていた。


 故郷であるこの世界に帰還したのち、いくつか小耳に挟んだ情報から察するに、帝国とクリーヴの間に停戦条約が結ばれ国交が回復したと見ていいだろう。

 それはエリスの反応をみても納得できることだ。


 俺も昔、小耳に挟んだ程度ではあるが、クリーヴの民の主な身体的特徴を挙げるならば、それは日本人に近いかもしれない


 エリスが誤解するのも納得できる話だ。


「ああ、そうだ」


「そうなんですね…… 近年、クリーヴの方々が行き来しているという話を耳にしましたが、()()()()()()()()()()()()()()です」



 二人目? 過去に会ったことがあるのか。

 まあ、いい。

 

 それより、俺がジスエクス・ニゴレイアルだと気付かれることはないだろうが、万が一を考えた場合、さっさとこの場から立ち去る方が無難だろう。


 去る前に適当な理由を告げようと、去り際のセリフを思索をしようとしたそのときだった。


「あの…… アラセさんとおっしゃいましたよね…… 私と何処かでお会いしたことはありませんか?」



 心臓が跳ねあがる!


 何故? どうして気付かれた? ジスエクス・ニゴレイアルとは似ても似つかないのに。

 そもそも、性別がまるで違うのに。 それに、こんなカタコトのゼルフィア語を話す男をどうして?!


 ひょっとしたら雰囲気や細かいクセなどで気付かれたとでもいうのか?

 ありうる。 女のカンは鋭い。 それは前世から現世までの人生経験においても納得できるものだ。


 いや、待て。

 ジスエクス・ニゴレイアルと似ているという訳ではないのかもしれない。

 落ち着けよ俺……。

 

 うろたえる様子をを見せないよう、必至で平静を装いエリスの問いに答える。



「いや、気のせいじゃない?」


「そう、ですよね…… おかしいですねホント、似てると思った方は女性なのに…… 何故そう思ってしまったのでしょう。ごめんなさい、変なことを言って」


「あ、ああ……」



 やばい、女のカンってのは侮れない。

 さっさと撤退すべきだと、俺の本能が警告メッセージを送ってくる。


「じゃあ、俺、帰るよ。さよなら」


「あっ、あの!」


 エリスが俺を呼び止める。

 いったい何の用があるというのか。



「あの…… ありがとうございました。気分が少し晴れました」


「俺、何もしてない。気が晴れる理由わからない」


「人と話すだけで気分が良くなることもあるんですよ。会って顔を見るだけでもです。たとえその相手が知己でないとしても…… そういうことありませんか?」




――あなたの顔を見るだけで、わたしはとても気分が良くなる。あなたの顔を見て、とりとめのない話をするだけで幸せ。そういうことって…… ないかな?




 脳裏にフラッシュバックする昔の…… 前世の記憶。



「うっ…… あ、あ……」


「どっ、どうしたのですか!?」



 額に手を当て倒れそうになるのを踏ん張ってこらえる俺。

 エリスは気遣うそぶりをみせ、近づこうと歩み寄ってくる。


「だ、だいじょ、ぶ…… だから……」


 片手を前に突き出すしぐさをして、エリスを制止する。


「なんでも…… ない。エリス、宿に戻れ…… きっとふたり……も心配してる……ぞ」


「え…… あ、あのっ! その、どうして私が二人と……」


 エリスの言葉を聞き終えることもなく、俺は逃げるように身体を反転させて早足で立ち去る。

 振り向くことはなかった。



 そのとき俺の頭にあったのは、生き別れた妻の言葉を思い出し、ひどく狼狽してしまったことだった。


 俺は前世を忘れたはずだった。新たな人生を歩んでいたはずだった。

 でも、妻の言葉を思い出し、その情景が頭に再生されただけで心が乱されてしまったのだ。


 何故、あんなにも鮮明に思い出してしまったんだ。

 これほど鮮明に思い出すことは転生してからもなかったのに。


 過去とは決別したつもりだった。

 その決意を文書に残したほどだ。


 でも、俺は分かっていなかったんだ。

 無理やり心に押し込めていただけなんだ。



 無意識では……本当はずっとこの世界に帰りたがっていたことを……。





 



 



 

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