第74話 宿泊 -side零司
大幅加筆したため、上げなおします。
読者の皆様方にはご迷惑をお掛けして申し訳ありません。
夜の帳が下り、集落の周りに静謐な時が覆い始めるころ、オレたちはようやく本日の目的地にたどり着いた。
「はあ、は、なんとかたどり着けました……」
「アタシ…… 疲れたよ、もう、ムリ……」
ふたりとも完全にグロッキー状態、もう一歩も歩けないといった様子だ。
「しょうがねえな、宿の手続きはオレがやってやるよ」
領主代行のお嬢様と新人冒険者の小娘は、“ガリアン峠”の中間地点にある集落に着いた途端、地にへばりつくかのように座り込んでしまった。
集落に目を向けると、ぽつぽつと灯りがついていて、酒場や食堂からは賑わう人の活気が伝わってくる。
――クロリガの集落
この小さな集落はガリアン峠の頂上付近に位置しており、治療効果のある療養泉が売りだ。
ガリアン峠を通過する旅客にとって、この温泉は何よりの癒しスポットなのだ。
集落の中にある宿を探すため、一歩を踏み出したとたん、レシーカが救いを求めて甘ったるい声を出してくる。
「姐さぁ~ん…… アタシもう無理ィ…… 抱っこしてぇ~」
いい歳して、気色悪い声色を出す15歳の少女。
蜘蛛の子の拠点で知り合ってからというもの、時間の経過とともにレシーカは【ジスエクス・ニゴレイアル】への態度がどんどん馴れ馴れしく…… いや、甘えたような態度が目立つようになってきた。
いったい何を考えているのだろうか。 オレは特に彼女に気に入られることなどしていないのだが。
「おい、レシーカいい加減にしろ。 道中、3回も抱きかかえてやっただろ? 幼児退行じゃあるまいし子供じみた真似はよせ」
「ええ~ いいじゃーん。 姐さんから見たらアタシなんて子供みたいなもんだし」
「……3歳しか違わなくて自分より背の高い子供がいるかよ」
設定年齢ではこっちが3歳年上。 身長ではレシーカのほうが10センチは高い。
自分より体格の良い相手を抱きかかえたり、おぶったりしていたのは実に滑稽だった。
何故レシーカはそんなことを望んだのか。
「いいから、そこで待ってろよ。 オレは先に行って宿泊の手続きしてくるからな」
甘えながら文句を言うレシーカを横目に宿屋へ向かう。
幸いなことに2人部屋が空いており、値段は張ったが喜んで支払う。
実は金は十分にあったりする。 蜘蛛の子の拠点を家探しした際、いくらか失敬したのだ。
きちんと数えてはいないが、50万ゼルくらいはあるだろう。
宿の店主に宿泊料を支払い、連れがいることを伝えていると、レシーカとエリスが疲労の色をにじませた顔をしながら宿の玄関口に現れた。
身体を引きずるかのように、なんとかここまでたどり着いたようだ。
店主から貰った鍵を使い、部屋のドアを開け室内に入ると、後ろからドタドタと二人の少女がオレの横を通り過ぎていく。
そしてベッドに直行しダイブすると、ふたりとも死んだように動かなくなった。
「おい、お嬢さんたち。 スカートめくれているぞ」
「どうぞ、お好きにご覧になってください……」
「姐さんなら好きなだけ見ていいよぉ……」
枕に突っ伏し、精魂尽き果てた二人の少女。 すでに恥じらいという概念は失せてしまったようだ。
仕方ないので、めくれたスカートをそれぞれ正しておく。
これはまるで娘の様子を見に部屋に行ったら、あられもない姿で寝ているのを目にしたため、そっと毛布か何かを掛ける父親のようだ。
二人部屋のため、当然オレのベッドは無い。 別に構わない、そもそもこのアーマメントという身体は睡眠も必要ない以上、雑魚寝で十分だ。 正しくは床で寝たふりだが。
床に腰を下ろし胡坐をかくと、なんとなく自分の身体を眺める。
今のオレはどこからどう見ても10代後半の少女だ。
見た目が女性だからこそ、エリスもレシーカもここまで気を許しているのだろうけど、ジスエクス・ニゴレイアルの中身が新瀬零司である以上、オレの心中は複雑だ。
本来ならば男のオレが、若い女性二人と部屋を共にすることは、とてもじゃないが落ち着けるものではない。
ただ、幸いなことにアーマメントの状態では、性欲の昂りをまるで感じないのだ。
しかし、彼女たちを見て微塵の興味も湧かないかというと、そういうことでもないワケで……。
これは父性のほうが欲望を上回っていうということなのだろうか。
元々、性欲が薄い自覚はあるが……。
エリスもレシーカもとびきりの美少女なのだ。 前世と現世を合わせればオッサンと呼ばれる歳のオレだが、これでも長いこと男をやっている以上、こんな状況で何もしないというのは何とも腰抜けというか何というか……。
やめよう。
こんな下らないコトを考えてしまうのも、きっと莉亜たちを見つけ出す算段がつかないせいだろう
偶然、桜野と再会し、なんとなくエリスを護衛する仕事を引き受け、その後なんとなく人助けした。
こんな調子で、本当に莉亜たちと再会できるのだろうか。
少しでも情報が手に入りそうな人の多い場所に行けば、どうにかなるとは思っていたが、それらしいネタは今まで何も無かった。
床に寝転がり目を瞑る。
思い出されるのは、ほんの一週間前の事。
平凡な日常。 桜野と高場とバカをやり、クソつまらない授業を受けて、家に帰れば趣味に没頭。
平凡で幸せな生活がそこにあったではないか。
どうしてこんなことになった。
何故、何故いまさらこんなことが起きたのか……。
考え込んでいても仕方ないので、やるべきことをしておく。
アイテムストレージを開き、漆黒の亜空間を出現させる。
そこから大きなカバンを取り出す。 貨物馬車にあったエリスの着替えなどを物色して、適当に詰め込んだカバンだ。
ふと、エリスが枕から顔を上げ、こちらに顔を向けた。
「え? それどうしたのですか?! いつのまに?!」
まあ、驚くだろうな。 当然の事だ。
「企業秘密。 あ、いや、乙女の秘密」
一瞬の間があってから、自分自身で吐き気を催すほどツマらないことを口にしたことに気付き、手で顔を覆った。
気を取り直し、エリスに説明する。
「このカバンに着替えが入っている。 確認してくれ」
エリスは目を丸くしてオレを見つめていた。
特に説明はしない。
そう遠くないうちに別れる相手だ、心から信用しているワケでもなし、これ以上親睦を深めるつもりもない。
ウソを交えて中途半端に説明するのはよろしくない場合が多い。
どうせ人並外れた変な奴と思われているのだから、それを突き通したほうがいいだろう。
オーバーヘッドマップに目をやり人の動きを伺うが、特に怪しい動きは無かった。
更に周囲を調べようとマップを移動させようとしたときだった。
突如、レシーカが跳ね起きる。
「うっし、回復したっ! 動けるよアタシ!」
さすが若さ溢れる十代、体力が違う。
しかし、次に彼女がオレにかけたひと言で、おそるべき十代という評価に代わる。
「姐さん! 一緒にお風呂入ろう!!! 姐さんの背中流してあげるよ!!!」
「は?! お、お風呂?!」
あまりにも突然なその提案に、オレの思考は一時停止してしまうのだった。
◇ + ◇ + ◇ + ◇
「――あいつ! 一体何を考えて…… ああ、いや、女同士で風呂に行くのは自然か…… 」
執拗にオレと一緒に風呂に入ることを望むレシーカは、疲れ果てていたとは思えない程の力でしがみついてきた。 レシーカを引きはがし、必死に拒否し、彼女を納得させるのは大変だった。
どんだけオレと風呂に入りたいんだよ!?
気分を変えたくなったオレは集落の裏手にある丘に来ていた。 夜風に当たりたくなったのと、色々と考えたくなったからだ。
ちょうどよい強さの風が身体に当たる。 生身ならば心地よいだろう。
しかし、アーマメントの状態ではイマイチ気持ち良くない。
この身体はドコか自分を俯瞰で見ているような感覚があって、常に違和感を感じるのだ。
「はあ…… いまいち気が晴れないな。 ん、そうだな…… ちょっとやってみるか」
アイテムストレージから銅製の長剣を取り出し、地面に突き刺す。 これは蜘蛛の子の拠点で手に入れたものだ。
数打ちの粗製濫造品だが、練習で振るぶんには十分だ。
そしてアーマメントを解除するためシステムログアウトを行うと、閃光と共にジスエクス・ニゴレイアルが消失し、入れ替わりに新瀬零司が出現する。
生身に戻った身体で地に突き刺した長剣を引き抜くと、さっそく柄を両手で握り基本の構えをとる。
そして、構えから基本の型を繰り出す。
17年も経てばすっかり忘れているものと思ったが、幼い頃から死に物狂いで獲得したものというのは、そう簡単には忘れないらしい。
ただ、覚えているのは知識だけであり、身体にはまるで伝わっていない。
剣の振りは稚拙で、足運びはまるで上半身と連動せず、いくらやっても型は不格好だ。 身体がまるでついていかないのだ。
これでは剣を振り始めた従卒以下ではないか。
実に滑稽だった。 頭では知っているのに神経が半分マヒしているかのように動作が鈍いのだ。
情けないのにも程がある。
これでは気分転換どころか、型を繰り出すたび不快感が増していく。
苛立ちを覚え始めたころ、頭の中が剣を振る事だけで埋め尽くされていることに気付いた。
なんだかんだ気分転換できているのだから、我ながら単純な性格だと苦笑してしまう。
更に剣を振り続ける。 愚直に、一心不乱に、ただただ俺は剣を振り続けた。
どれくらい経ったのだろうか、気が付くと心の迷霧が薄くなっていくのを感じていた。
そうだ、それでいい。
――すこしずつ、少しずつ前に進むのだ。
昔、誰かが言ったことだ。
剣も、莉亜たちも、少しずつ取り戻せばいい。
――俺はめげない。
「――はっ?!」
背後に人の気配を感じ、弾かれるように反転し横に転がると、即座に起き上がり基本である正眼の構えをとって気配の主と対峙する。
「ご、ごめんなさいっ! 集中しているみたいだったから、なかなか声をかけることができなくて……」
俺の目の前にいる金髪の少女は、気まずいのか身をすくめていた。
その金髪の少女は顔は見覚えがあった。
俺の鍛錬を背後から見ていた者の正体。 それは護衛者ジスエクス・ニゴレイアルの雇用主、エリス・エリアス其の人だったのだ。




