第72話 ペンダント -金髪の男
昨日上げた72話に大幅な加筆修正を加えましたので、昨日の分を削除して新たに上げさせていただきます。
ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。
「またもや失敗したとは…… くそがッ! どいつもこいつも役立たずがぁぁぁっ!!!!!!!」
人並外れた大声を上げることができる。
実は本人だけが気付いていないコルダートの才能なのだが、彼の信頼する筆頭執事は主人を気遣い、あえてそのことを口にすることは無い。防音施工した執務室の壁が振動を起こし、怒号が室内を反響する。
筆頭執事が告げた内容を聞き、ギザシ・コルダートは声を荒らげ頭を掻きむしると、高価なローズウッド製の執務机の上にあった羽根ペンを床に叩きつけた。
しばらくの間、筆頭執事は沈黙していたがコルダートの興奮が収まるのを待った後、説明を再開する。
「サンスロティ領に造設した蜘蛛の子のアジトは押さえられました。 連絡を受けた冒険者ギルドが“蜘蛛の子”すべての構成員を本国の冒険者ギルド本部まで連行したとのことです」
「ヴリカ子爵に引き渡すことはしないか…… クソ、わざわざ帝都まで連れていったとは」
「内容が内容だけに、ヴリカ子爵との関係を疑ったためだと思われます」
自身の領地に何年も堂々と盗賊の拠点があるにもかかわらず、黙認同然といっていいほどに放置していた以上、蜘蛛の子を壊滅させた者たちはヴリカ子爵の騎士団に引き渡すことをしなかったのだ。
帝国領の各地に点在する冒険者ギルド支部は、帝都ゼルヴニアを所在地とする冒険者ギルド本部によって統括されている。
ヴリカ子爵は冒険者ギルドの行動を制限することはできない。 冒険者ギルドは各地の領主とは相互不可侵であると帝国法に明記されているからだ。
なお、冒険者ギルドは設立から現在まで、ある程度の資金を帝国が出している都合上、その繋がりは深い。
冒険者ギルドは表立って帝国との繋がりを誇示することはないものの、ゼルフィア大陸各地に冒険者ギルドが点在している都合上、本来の業務だけでなく、各ギルドが得た情報を本国に伝える役目も負っていた。
「クソ、私の策謀がことごとく失敗するとは……。 何故だ、どうしてだっ……」
コルダートは机に両肘をつき頭を抱え、苛立ちを抑えることに努めていた。
自身へと繋がる証拠を残してはいないが、それでも時間や金をかけて仕立てた数々の策が失敗続きなのだ。
その事を考えるにつれ、コルダートの心の内から不快感が沸き起こるため、彼はその対処に苦慮せざるを得なかった。
なんとか腹の奥に悪感情を押し込めると、コルダートは執務机に肘をつき顔の前で手を組むと、首を垂れ表情を隠すかのように組んだ手を額に押し当てる。
そして絞り出すように声を出しながら、筆頭執事に向かって問いかける。
「……もしも、だ。 このままあの小娘がアスターシャまでたどり着いた場合、エルメリアはどう反応するのか。 トルマン、おまえはどう思う」
トルマンと呼ばれた白髪混りの筆頭執事は、少し考え込むような仕草をみせると、主人に向かって自身の考えを吐露する。
「まず一般論ではありますが、通常の公爵家を例に挙げるならば、地方のいち辺境領主の訴えなど適当にあしらって終わるでしょう。
そして、エルメリアの人格を鑑みるに、カスパート公爵家の家督を継ぐとはいえ相続した途端、恣意的なふるまいを為すとは思えません。
ですが、エルメリアは聖女アスターシャに憧れ、アスターシャの所業をなぞるかの如き偽善的な活動に腐心してきた女です。 エリス・エリアスの必死の嘆願を聞き入れ、直接的介入をしないまでもコルダート様にとって不快な措置・対応・根回しなどを行う可能性はあります。 そして……」
さらに続くであろうトルマンの言葉を、机をみつめたまま眉間にシワを寄せた面持ちで待ち受けるコルダート。
トルマンは言葉を続ける。
「例のペンダントの件にエルメリアが気づくのであればエリス・エアリスに情を示し、積極的な介入を敢行する可能性は高いと思われます」
筆頭執事トルマンに視線を向けると、コルダートは忌々し気に口を開く。
「ペンダントの件か……
たしか、エリスもエルメリアも、いまだにあのことについて詳しくは知らないのだろう?」
「はい、彼女の父ダリウスが、死ぬ直前に告げた以上のことは知らないと思われます。 エルメリアにしても父親から告げられた事だけかと」
コルダートはこめかみを指で押し、記憶を探りながら言葉を吐いていく。
「ダリウスは死の間際…… たしか『そなたにはさる高貴なお方の血が流れている。あのペンダントがそれを示すのだ』と告げたのだったか。 そしてエルメリアは父親から秘密を告げられたと……」
「諜者からの報告を信じるならば。
そして、そのペンダントと非常に似たものをエルメリアも持っているわけです」
コルダートは前に開かれた三者会談のことを思い出した。
それはエリス・エアリスとノルデェラの領主ジルノエ・シアノが出席した会談であり、現在まで続いている領主同士の抗争について話し合う為のものだった。
無論、コルダートに抗争を止める意思など無かったのだが。
そのときの強張った表情のエリスを見ても、コルダートには何の感興もわかなかったが、彼女の胸元にあったペンダントには魅かれた。
妙に印象深い造形をしたペンダントだったのだ。
そのとき、エリスのペンダントを見て、コルダートの記憶からあるものが呼び起こされた。
以前、とある伯爵の元で開かれたドルフィーラ地方の有力貴族を集めた晩餐会に出席した際、招かれていたエルメリアの姿をコルダートは目にした。
普段きらびやかな装飾品の類をあまり身に付けないことで有名なエルメリアが、その時は珍しくペンダントを身に着けていたのだから、コルダートの視線が自然と彼女の胸元へ行ったのは当然だろう。
その時点でコルダートは“妙なペンダントだ”以上の感想は持たなかったのだが……。
しかし、カスパート家の次男フルレドを支援する過程において、コルダートは気になる情報を手にすることとなる。
身体の弱ったエルメリアの父ルガリア公は死期が近い事を悟ったのか、エルメリアを枕元に呼ぶと、ルガリアに隠し子がいるという秘密を告げたのだ。
筆頭執事、トルマンが続けて口を開く
「改めて旦那様の記憶力には驚きを隠せません。 そのおかげで偶然、我々にもたらされた情報を更に有益にすることができたのですから」
トルマンの世辞を無視してコルダートは言葉を続ける。
「だが、エルメリアが家督を継いだ…… いや、まだ正式ではないが、いずれ継ぐことが確定した以上、そのネタでカスパート家に働きかけるのは難しくなってしまった。 クソ、どうするか……」
コルダートは再度、机に両肘をついて顔の前で両手を組み親指でこめかみを押す。これがコルダートの癖なのだ。
彼は少しの間、思案にふけるとトルマンに自身の考えを伝える。
「あのペンダントを手に入れるにはどうすればいい? ペンダントを奪った上で、うまくこちらでルガリア・ドゥル・カスパート公の血を引く娘を仕立て上げる方法はどうだ?」
コルダートの目が妖しく光ったのを見たトルマンは、主人の質問に対し間髪入れずに返答する。
「正攻法では難しいかと。 エリスの護衛を務めている二人の凄腕をなんとかしないことにはなんとも……。
それで、いかがでしょう。私といたしましては“メメ”を使うことを提案致します」
トルマンの進言を聞き、内心ためらいを感じるコルダート。 “メメ”は異常な強さを持つ仙技士だが、コルダートの指示に従う事をよしとしない自由奔放な性格の持ち主だった。
正直なところ、コルダートは“メメ”の事を嫌悪していた。
何故ならメメは様々な方面に力を持つキザシ・コルダートに対し、微塵も怯えず、媚びることもせず、言葉に出すことは無いにせよコルダートを見下す態度を見せるからだ。
嫌悪感を隠しもせず、腹立ち紛れの口調でトルマンに問うコルダート。
「チッ…… ヤツの所在は把握しているのか?」
「はい。 こちらの連絡員とは、それなりに接触しているようです。 彼がコルダート様に対して従順には程遠いにせよ、一応の指示に従っているのは、こちらの情報網を頼りにしているためかと……。
なにより彼の生きがいは強者と戦う事ですから」
「わかった、任せる。 次の作戦を進めろ」
コルダートは己の思い通りにならない“メメ”を用いることに抵抗があった。
しかし今はそんな状況ではない。
報告を聞けば聞くほど、エリスの護衛を務めるふたりの仙技士は常軌を逸した強さを持つのだ。そのふたりの護衛を殺すためだけに大軍を動かせない以上、コルダートは単独で高い戦闘力をもつ刺客を送り込まなければならない。
その点“メメ”は最適だった。
事実、コルダート自身がこれまでの人生で目の当たりにした強さの中で、絶仙と呼ばれる人外を除いた場合、“メメ”ほどの仙技士は見たことがないのだから。
「あの金髪男め、私に感謝の素振りすらまるで見せんとは……」
コルダートは“メメ”との出会いを記憶の書庫から選び出す。
それは二年前のことだった。
当時、コルダートを悩ませていたのは、義賊を自称する仙技使いの賊集団“戦血の牙”による略奪と殺人だった。
“戦血の牙”はコルダートの領地アルカンシェラを襲撃の主な対象とし、貧乏人や女性・子どもからの収奪はせず、裕福な地主や豪商などを襲うことで、アルカンシェラの民衆から密かに英雄視されはじめていたのだった。
“戦血の牙”は少人数で構成された上位クラスの仙技使いの集団で、常に神出鬼没だった為、討伐しようにも戦場での戦闘を専門とするコルダートの騎士たちにとって“戦血の牙”との戦いは非常に勝手の違うものだった。
何せ“戦血の牙”は騎士たちを見るなり正面からの衝突を避け、戦うどころかいち早く逃走してしまうのだ。 高い実力を持つ仙技使いが逃げることを重視して立ち回られた場合、仕留めるのは困難を極める。
高いフットワークを持つ“戦血の牙”を討伐する為、様々な方法が考案されたのだが、すべて失敗していた。
基本的に“戦血の牙”がやっているのはテロであった。 義賊であるとアピールすることで、コルダートに搾取されている民衆を味方につけ、領地の治安維持に務めている騎士団へ有益な情報が伝わりにくくさせるばかりか、民衆の中に協力者まで作らせている疑いがあった。
コルダートの推察では“戦血の牙”が名乗っている義賊というのは方便であり、結局は機才にたけた新種の盗賊や野盗の集団であると、彼は結論づけた。
しかし、結論づけたところで現実はコルダートにのしかかってくる。
当時、コルダートはエリアス家と抗争の真っ最中だった。そのため騎士たちを“戦血の牙”が襲撃しそうな全ての場所に配置することもできなかったのだ。
そこで思案した結果、コルダートはウェットワーカーを雇い“戦血の牙”に対処することになった。
裏ギルドに所属しているウェットワーカーは一流どころなら経験豊富な者が多く“戦血の牙”のような相手の対処法を知っている者もいる。
なによりウェットワーカーは凶獣退治を主とする冒険者と違い、殺人慣れしていて違法行為もものとせず、金次第で融通も効きやすい。 そして帝国との繋がりがないことがコルダートにとっては魅力だった。
一流のウェットワーカーを雇う為、かなりの費用はかかったがやむを得なかった。 いち早く領地アルカンシェラの治安を回復させなければ、コルダートの威厳や評価が落ちるのは必至なのだから。
しかし“戦血の牙”を討伐することになるのは、ウェットワーカーたちでは無かった。
それは雇ったウェットワーカーたちの顔見世と、彼らにこれまでの経緯を説明するため、コルダートみずから待ち合わせの場所へ赴いたとき、それは起こった。
コルダートは護衛の部下を引き連れ、指定した街一番の大型パブに到着したところ、建物は半壊していて周囲にはウェットワーカーらしい荒くれ者たちの死体が転がっていたのである。
20人以上いた一流のウェットワーカーたちを倒したのは、たった一人の男だ。
年齢は20代前半ぐらいで、美しく長い金髪を持つ長身で細身の優男であり、仙晶武具のような武器を使いこなす凄腕の仙技使いだった。
コルダートは優男に近づくと、名前と何故ウェットワーカーたちを殺したのか訊いた。
金髪の優男は答える。
単に強そうな連中だったので戦いを挑んだら、結果死んでしまったと。
そして男は名乗る。
もし名を呼ぶつもりなら“メメ”と呼べと。




