第69話 エルメリアの依頼 -side莉亜
「やっほーい! アンナさん、タケコちゃん! あたしの弓の腕、ちゃんと見てよねっ!」
あたしはスキルランチャーからEFスキル【麻痺矢】を選択すると、弓を狂獣に合わせて狙い射った。
標的に矢が刺さると、麻痺状態になって行動力が低下する。これはCULOの話だけどね。
あたしが射当てた狂獣は“ベヒーモス”と呼ばれているヤツだ。
カバが大きくなったような怪物で、角なんか4本も生えている。これならカバよりトリケラなんとかっていう恐竜に近い見た目かもしれない。いや、カバだけど。
前にテレビで見たけど、カバって人を襲うくらい凶暴だと聞いたことがある。それが怪物になったなんてヤバすぎじゃん。
ベヒーモスは大柄にもかかわらず、動きはとても速い。
ベヒーモスは暴れまわり、あたしたちの反対の方向へ逃げようとする。
ひょっとしたら麻痺矢が効いているのかもしれない。すこし動きが鈍くなったし。
もちろん逃がしはしないよー この狂獣“ベヒーモス”はアスターシャに住む人たちを何人も殺した悪いヤツなんだからさ。
ゲームではない以上、生き物を殺すことに抵抗を感じないワケじゃないけど、これ以上被害を出すわけにはいかない。絶対に逃がしちゃダメだよね!
「麻痺矢で動きが鈍くなったぽいから! ユージィ! 追い込んで!」
「ペイッ!」(あツしに任せなさイ!)
ユージィはメチャ速いダッシュでベヒーモスを追い込み、あたしたちの方へ誘導していく。ベヒーモスはユージィにビビッているのか、追い立てられているみたい。
オオオオオオオオオ!!!
「来たっ! 私が迎え撃つから、タケコさんはリアちゃんを守って!」
そう言ってアンナさんはこっちに向かってきたベヒーモスを迎撃するため、剣を構えて猛烈にダッシュしていった。
「錬仙功…… 錬仙鍛…… 錬仙光刃…… はぁっ!」
アンナさんが何かをつぶやいたあと、彼女の身体が発光した気が…… した。アンナさんはすれ違いざまに、ベヒーモスに斬り込む。剣の刃はベヒーモスの腹部側面を切り裂いたけど、皮が分厚かったのか思ったほどのダメージは無かったみたいだ。
「ウソッ?! しまっ…… まずい、リアちゃん! 逃げて!」
ベヒーモスはあたしに向かって突撃してくる。
んー? ちょっとヤバイよね、これえ。
そのときだ。武子ちゃんが勢いよく駆けだすと、正面からベヒーモスの突撃を受け止めた。そんな細い身体でどうやってやってんの!
まあ、あたしたちの身体“あーまめんと”って普通じゃないっぽいから常識で受け止めちゃいけないんだろうけど。
武子ちゃんはベヒーモスを受け止めたままで、その力は拮抗しているかに見えた。でも徐々に押されている。そりゃそうだ、体格はまるで違うんだし。
だが、その時だ。一瞬だけ、武子ちゃんは身体の力を抜いたかのような仕草を見せると、目にも止まらぬ速さでベヒーモスの側面にまわり、上から下に一気に刀を振り下ろす。
すると、ベヒーモスのまるで大木の幹みたいに太い首が両断されてしまった。首を失ったベヒーモスは突進の勢いが残っていたため、しばらく歩いていたが、すぐに地に崩れていった。
うわっ! グロいっ!
「タケコちゃん、残酷……」
あたしは思わず口にしてしまう。武子ちゃんはちょっと悲しそうな顔をしていた。
「しょうがないだろう? どのみち、この“べひーもす”とやらの“核”が必要になるのだ。殺す以外の選択肢はなかろう?」
「でも、よく平然とできるね。あたし、ムリムリ。あれ? でもバジリスクのときは苦手そうにしてなかったっけ?」
「私は他人が狩った獲物はダメなのだ。でも、どういうわけか自分で狩ったものなら平気なんだ。自分で仕留めた場合、奪った命に対して責任が生じるからな。
これでも子供の頃からおじい様と山で狩猟をしていたからね。獲物の仕留め方や解体など、ひととおり経験しているのだ。さっき言った通り、他人のせいで流れた血はダメだが、血自体には慣れているのだ」
武子ちゃんは平然とした様子で過去を語る。
なんていうかヘンテコな理屈だけど、意外な武子ちゃんの一面を見て、あたしは驚いた。だって、武子ちゃんって歴史ある名家のお嬢様だと思っていたからさ。こういう分野とは無縁だと思っていたんだ。マジ意外です。
ふと、アンナさんを見ると、あっけにとられたように立ち尽くしていた。
「うそ…… でしょ? あの分厚い表皮をもつベヒーモスを一撃で? しかも防御力の高い首の部分から両断するなんて……」
アンナさんは驚愕の表情を浮かべていて、信じられないものを見たといったカンジだ。彼女の目は武子ちゃんに釘付けだった。
武子ちゃんは、フフン! とばかりに鼻高々だ。
アンナさんたちはベヒーモスという狂獣はとても恐ろしい怪物だと言っていたけれど、コイツはそれほどでも無かったね。
あたしたちがなんで凶獣退治をしているかっていうと、それは一週間前にさかのぼる。
◇ + ◇ + ◇ + ◇
自他ともに認める行き遅れの公爵家ご令嬢エルメリアさん(24)は、膝にユージィを乗せて抱っこしたまま、彼女の私室にいる全員に向けて説明をしていた。
エルメリアさんのお兄さんである、フルレドさんがいなくなった後、アンナさんが所属する冒険者パーティ“ルルエラの剣”のリーダー、ジャックさんがやってきた。
残りの二人は用事があって来れないそうだ。
「アスターシャより北東の方角にある“スウェッツェン”という領地のことは、皆さまご存じだと思います。ラグランド湖と隣の領地スメルスにあるクレード湖を繋ぐグレノア水路と呼ばれるとても長い天然の水路は有名ですね」
ほうほう、そういうのがあるのか。あたしはこの世界の地理感なんて皆無なので、ひとりフムフムしていた。武子ちゃんも同じ感想を抱いたのか、顎に手をやってうなずいていた。
「スウェッツェンは肥沃な土地と降雨に恵まれることから農業が盛んですが、もう一つ重要な産業があります。それは水産業です。ラグランド湖で獲れる魚介類は、スウェッツェンの経済活動において4割に達するほどなのです」
「それは我々も存じ上げております。して、いったいスウェッツェンで何があったのでしょうか?」
ジャックさんが質問すると、エルメリアさん一度全員の顔を確認してから説明を再開する。
なお、エルメリアさんの手はユージィのお腹をナデナデしていた。ユージィはエルメリアさんにもたれかかり、ぐでーんとリラックス状態だ。
「ラグランド湖で漁業が盛んなことは先ほど説明しましたが、ラグランド湖の湖辺とグレノア水路の川辺には河馬という獣が生息しております。
以前までは、河馬の生息地を荒らさないよう漁業関係者が配慮を重ねた結果、なんとか住み分けができていたのです。
ですが、一か月近くまえのことです。
一匹の河馬が凶獣化して、漁業関係者や周辺に住む住民に被害が出てしまいました。
どうやら、その河馬、並の凶獣ではないようなのです」
ジャックさんが片手を軽く挙げながら質問する。
「スウェッツェンにも冒険者ギルドはありますが、もちろん討伐は試みたのですよね?」
「はい。領民からの依頼で何度も複数の討伐チームが編成されたそうなのですが…… すべて失敗したそうです。多くの犠牲者が出たと聞いております」
エルメリアさんによると、冒険者では解決できなかった事態に業を煮やしたスウェッツェン領主クートゥア伯爵は、クートゥア家の騎士から猛者を集めて、大部隊で討伐に向かわせたんだってさ。
でも、結果は惨敗。自慢の騎士たちがボコボコにやられちゃって面目は丸つぶれだとか。
「うーむ、本当に異様な話だ。
スウェッツェンはそもそも獣の凶獣化が少ない土地です。その為、冒険者においても強い仙技使いが少なく、一番強い冒険者でも超金級でせいぜいだと聞いております。
しかし、騎士団ですら歯が立たないとは……」
すると、アンナさんが突然、声を上げる。かなり驚いた感じで。
「それほどの強さの凶獣…… ま、まさか、狂獣だというのですか?!」
エルメリアさんに向けて、強い口調で問いかけるジャックさん。エルメリアさんは静かに答える。
「クートゥア伯爵が実際に戦った騎士たちから聞き取りした結果、河馬から変化した狂獣“ベヒーモス”ではないかと推察しているようです」
「え、まって。おかしくない? あの辺って“仙脈”の影響が弱い土地でしょ? このアスターシャじゃあるまいしどうして……」
エルメリアさんの話を聞いたアンナさんは疑問を感じたみたい。
アンナさんから出た話に、知らない言葉が出てきた。
せんみゃく? ナニソレ? 気になったのであたしはエルメリアさんに尋ねると、エルメリアさんはイヤな顔ひとつせず答えてくれた。
「ゼルフィア大陸全域には“仙脈”と呼ばれる仙気の筋が流れているといわれております。強い仙脈が流れる地域には凶獣が集まりやすいのです。
このアスターシャの下には強い仙脈が流れていると言われております。ゆえに獣が凶獣化しやすく、まれに狂獣が現れるのです」
なるほど。“仙脈”というもの影響が強い場所は凶獣が出やすくて、それより強い“狂獣”も出るってことね。
エルメリアさんは皆の顔を見回すと、静かにそして強い意思を込めて告げる。
「先日、バジリスクの件で皆様がわたくしの元へ訪れるより少し前のことです。クートゥア伯爵より、わたくしに直接、内密という条件で依頼があったのです。ベヒーモスを討伐してほしいと。
そこで、このアスターシャの中でも有名冒険者ギルド“カートラス”でもトップクラスと言われる冒険者パーティ“ルルエラの剣”の皆様にわたくしから再び依頼をさせて頂きたく存じます。
今回は、ギルドの方へはわたくしが直接赴き、事情を説明し秘密を守るようお願いするつもりです」
ジャックさんはアゴを手で押さえながら考えを巡らせると、つぶやくように言葉を吐く。
「つまり、向こうにもメンツがあるからこれ以上騎士団は動かせない。だから代わりにベヒーモスを倒せる人間を送ってほしいということか。
いくらカスパート公爵家と繋がりがあるとはいえ、クートゥア伯爵はムシが良すぎませんか? 内密にやってくれなんて、エルメリア様に対して失礼ではありませんか?」
「リーダー、何言ってるのよ。エルメリア様だからこそ、でしょう? エルメリア様のように力があって人徳もあり、なにより聖母のような優しさを持つお方だからクートゥア伯爵も自身の恥を晒してまで、エルメリア様にお願いに来たワケじゃない」
「失礼も何も、わたくしは特に気にしておりません。あと、わたくしもその依頼は受けたい理由があるのです。
それは例の“ゼ―ヴェパウダー”の材料としてベヒーモスのツノと核が必要だからです。まさか、バジリスクに続いて機会が巡ってくるなど思いもよらなかったのです。
わたくしからも是非お願いいたします。報酬はかなり弾ませていただきますので」
ジャックさんは少しの間考え込むと、ゆっくりと口を開く。
「わかりました。我々なら構いません、バジリスクとの戦闘でもさほどのダメージはありませんでしたし、すぐにでも向かえます。ただし…… 今回の依頼に関して、ぜひお願いしたい条件がございます……」
ジャックさんとアンナさんが、あたしたちの方を見つめてくる。特にユージィと武子ちゃんのほうに集中して。
「ペイッ?」「な、なんだ? わ、わたしの顔に何か付いているのか?」
な、なんか。アンナさんたちの目がおかしい、イヤな予感がするのだけれど……。
◇ + ◇ + ◇ + ◇
「ハハ…… これであたしたち、何級にアップするのかな?」
アンナさんが答える。
「そうだね…… これほどの狂獣を倒したのだから、間違いなく次の階級には昇格だろうね。ホント、ふたりが…… いや、違うよね。三人が“ルルエラの剣”に加入してくれて大助かりだよ」
はあ、まさか、あたしたちが冒険者になってしまうとは。首を落とされた出来立てホヤホヤのベヒーモスの死骸を見ながら、あたしは複雑な気持ちになった。
本来ならば、冒険者ってのは“10万ゼル”のお金を持っていき、その半分をギルドに預けないと登録できないんだって。
最低限の装備を整えるだけのお金を持っていることが、冒険者になるための最低条件なんだってさ。
あと、10万ゼルを溜めることができるくらいの人間でないと、その先をやっていくのは難しいという判断もあるみたい。
でも例外がある。金剛級以上の高位冒険者や、領主をはじめとする一定以上の力を持つ貴族。また司教などの一定以上の位にある聖職者の推薦状があれば、戦闘力テストなどを受けたのち、金級から冒険者を始めることができる特別措置があるらしい。
あたしたち3人は冒険者になってしまったんだ。すっごい人たち二人の推薦を受けてね。
余談だけど、クートゥア伯爵も討伐が終わったら推薦状を出してくれると言っていた。
なんだろう、あたしたちって何をやっているんだろうか……。
あたし、早くみんなに…… れーにぃに会いたいな……。
そして、日本に帰りたい。
ベヒーモスの死骸を見ているうちに、テンションが急激に下がっていくのをあたしは感じていた。




