第66話 フルレド -side莉亜
今朝上げるつもりでしたが、体調を崩したため寝込んでおりました。申し訳ありません。
17時台に一度上げましたが大幅に加筆した為、こっそり直すのも誠意が無いと感じ、一度削除してもう一度上げることにしました。ご迷惑をおかけいたします。
カスパート家の次男フルレドは、重臣たちからの信頼を得られていないことは、以前から実感していた。
だが、それも当然の事だろう。他領の貴族が抱える騎士団に入り、騎士として、仙技使いとしての訓練に明け暮れていたフルレドは、成人してカスパート家に戻ってからも領主である父の仕事を手伝うことは無かった。
領主の補佐として領地運営に携わることが、次期当主候補して必要なことであるにもかかわらず、フルレドにとってそういった事は下の者がやれば良い事らしい。
フルレドの興味は強さだった。
仙技使いとして、ひとかどの才能を開花させたフルレドだったが、元からそういった傾向があったにせよ、仙技使いとして自信を深めるにつれ、彼の態度は増長していった。
やがてフルレドの自信は極端で偏った思想らしきものへと変化していく。
男は力が肝要であり、力を持つものこそがすべてを手に入れる権利があり、他の人間を従わせることができる。だからこそ力を手に入れる為ならあらゆる手段、犠牲を強いてもかまわない。
それが彼の思想だった。
生来の暴力的な性格と仙技使いとしての才が合わさった結果だった。ひょっとすると、絶仙という、この世界における最強の存在が彼の考えを歪ませたのかもしれないが。
「フン、まずい茶だ」
もてなしてくれたのにもかかわらず、出された茶を一蹴するフルレド。
フルレドは数人の従者を連れ、支援者の一人である、キザシ・コルダート男爵の部下ディーキンスが拠点として借りている屋敷を訪れていた。
コルダートの部下と、カスパート家における今後の家督相続に関する話をするためだ。
「申し訳ございません、市場で手に入る茶葉の中ではもっとも高価なものをお出ししたのですが。フルレド様のような、稀に見る大器をお持ちのお方を満足させるほどではなかったようです。心よりお詫びを申し上げます」
みえすいたお世辞だったが、世辞の文言にフルレドは満足したらしく、少し上機嫌で答える。
「ふふん、まあ、いい、私はこの上なく寛大だからな、気にせんぞ。ところで、ついに手筈がととのったと聞いたのだが?」
無意識のうちに身体をディーキンスに傾けるフルレド。ディーキンスは柔和な笑みをフルレドに向けながら口を開く。
「はい、準備に何年もかかりましたがようやくです。周辺の貴族に対する根回しは、ほぼ済んでおります。弱みを見つけ出すのに苦労しました。カスパート公爵やエルメリア嬢に味方する貴族が動き出すことはないでしょう。いくつかの貴族は押さえられませんでしたが、さほどの力はない連中ですから問題ないでしょう」
「当家の重臣たちはどうだ? あいつらは、死にぞこないクソオヤジと行き遅れ善人気取りのバカ妹に肩入れしているからな」
ディーキンスは小さく咳ばらいをしたのちスーツの胸ポケットから本革のカバーが付いた手帳を取り出すと、ページをめくり目当ての項目をみつけだした。そして彼は流暢かつ落ち着いた口調で読み上げる。
「アスターシャにおいて、同性愛が禁じられているのはご存知の通りですが、騎士団長のラムサックは従騎士の13歳の少年と不適切な関係にあります。また、何人かの従卒や使用人の少年と関係があるようです。公爵家の騎士団長には相応しくない立派なご趣味ですな。
団長補佐のイーツェは団長に少年を斡旋するばかりでなく、アスターシャにおいて違法とされている少年少女専門の売春宿を保護し、私腹を肥やしているようです。立派に団長の補佐として仕事をしておりますな。
また、部下の隊長たちもイーツェの副業に関わりお零れに預かっているようです。部下想いのいい上司ですね。
家令のクレセントはエルメリア嬢が支援している孤児院と救護施設の資金を横領しております。そればかりか、管理を任されている宝物庫の物品を売りさばいております。ご丁寧に台帳を改ざんするなど偽装工作も目が行き届いてますね。さすが家令としてきめ細かい仕事ですな。
メイド長のミアヌに至っては、12歳の小姓の少年と……」
ディーキンスが皮肉を込めて読み上げていくにつれ、次々とカスパート家の穢れた側面が明らかになっていく。だが、それを聞いてもフルレドはショックを受けるどころか邪悪な笑みを浮かべていて、それは崩れる様子すら見せなかった。今回の計画を成功に導くための材料が、次々と揃っていくのを快感にも近い感覚でフルレドは満足げに聞きほれていたのだ。
「いいな、ククク…… 聖女アスターシャの地を統治するカスパート家の臣とは思えぬ所業ではないか?」
「はい、まったくでございます。フルレド様が当主になられた時は、カスパート家の膿出し切った上で一掃し、必ずやアスターシャを良い領地へと変えてくださるでしょう。そうそう、その際は是非とも我が主コルダート男爵にお力添えをお願いしたく……」
ディーキンスが言い終わる前に、さえぎる形でフルレドが喋り出す。どうやら言いたくてしょうがなかったかのように。
「そうだ! カスパート公爵家当主! フルレド様だっ! いいだろう! 私が当主になった暁にはコルダートには手厚い便宜をはかってやろう。支援者の中でもコルダートが一番資金提供もしてくれているし、こうした謀に関しては、もっとも手を貸してくれているしな。
家督を継いだ際には、可能な限り優先的にコルダートと会見することを約束してやる」
まだ、実現には遠いというのに、すでに当主となることが確定したかのように振舞い、上機嫌で答えるフルレド。
フルレドの反応を見ても、変わらぬ柔和な笑みを絶やさないディーキンス。
これほどのバカとは思わなかった。そうディーキンスは内心で嘲笑う。
家督を簒奪するのはともかくとして、簒奪した証拠はコルダート家が握るというにもかかわらず、フルレドに気付いている様子はみられない。
気付いた上で、フルレドが何か企んでいる可能性も考え、それを裏付ける動きを探ってみたが、結局のところ得られることはなかった。
この公爵家のバカ息子は、自分が動かされていることにまるで気付いていないのだ。自分を中心に周りが動いていると錯覚している者ほど、使いやすい駒はない。
カスパート公爵家の嫡子が二人しか生まれなかった事を、長男は病弱で次男が腕力頼みの愚者であることを、ディーキンスは創造神ゼーヴェに密かに感謝した。
カスパート家に子供が少ない理由。これはアスターシャ独自の古例にのっとった結果なのだ。
通常、帝国領内において一夫多妻制が認められている皇帝はもちろん諸侯や貴族において、側妻や妾に該当する寵姫を持つのはごく当たり前のことだった。
だが、アスターシャにおいて、その概念は許されない。
それはアスターシャという土地の誕生に由来する。
遥か昔、ゼルフィア大陸を舞台とし、人類の存亡をかけた戦いである魔人戦役が集結したのち初代皇帝となる絶仙ガラルド・ロン・ゼルヴニアはゼルヴニア帝国の元となるガラルド国を建国する。
その後、荒廃した各領地をガラルドと共に戦った絶仙たちに分け与えると、各領地の絶仙たちは荒れ果て混乱した領地を復興させ、統治を進めていく。
やがて、絶仙たちが長を務める領地が繁栄していくと、時期が整ったと判断したガラルドはゼルヴニア帝国の建国を宣言し、各領地を治める絶仙たちに、帝国への忠誠と引き換えにそれぞれ爵位を与えていったのだ。
民衆から“聖女”と称される癒しの絶仙アスターシャの魔人戦役においての活躍は、数ある伝承の中でも、ゼルフィア大陸に住む者たちの間では高い人気があって広く知られている。
アスターシャは身分にとらわれず誰に対しても優しく接し、傷ついた絶仙や民衆たちを癒し、冥府へと旅立った絶仙たちを蘇らせ、魔人戦役の勝利に大きく貢献したと言われている。
その後、領地を与えられたアスターシャは、一人の男性を夫として迎えることとなる。そして4人の子宝に恵まれつつも夫とともに領地運営に励み、善政を敷き民や臣に慕われ、忙しくも幸せな人生を送ったと語り継がれている。
そんな聖女アスターシャは今日まで穢れ亡き聖女として、領地アスターシャに住まう民衆やそれ以外からも信仰に近いものを集めている。事実、アスターシャが信仰していたと言われているゼ―ヴェ聖教はアスターシャの人気に着目し、彼女を利用して信者獲得に繋げているのだから、あきれたものである。
しかし、アスターシャの人気は招いたのは決して利点ばかりでは無かった。彼女が没した後、それは露見することとなる。
アスターシャは伝承によると、結婚するまで男性を関係を持ったことがない処女であり、生涯においてただひとりの男性を愛し続け、夫亡きあとも彼女は生涯を閉じるまで夫を想い続けたとされる。
アスターシャの長男として生まれ、二代目の当主になったアストルは、先代の人気にあやかったのかは不明だが、正妃しか迎えなかった。三代目の当主もそれに倣っていった。次の当主も、そのまた次の当主もだ。
いつしか、カスパート公爵家には妙な慣例が出来上がってしまったのである。
そして、その慣例はカスパート家に断絶の危機を招くことになった。
八代目の当主となるルドガー公爵は、正妃との間に子供が産まれなかった。ルドガー公爵は当然、寵姫を迎え入れようとしたところ、アスターシャを信仰する領民だけでなく他の領主からも非難されてしまったのである。聖女アスターシャの慣例を汚すのか、というのが理由だった。
滑稽とも言える理由ではあるのだが、民衆と他の貴族から受ける圧力を無視できず、やむを得ずルドガー公爵は当時の皇帝に相談を持ち掛けることとなる。
そして下された特例として、カスパート家で跡継ぎの問題が発生した場合、皇帝の許可の元、絶仙の血を引き継ぐ家、“旧家”からのみ、養子を迎えても良いという事になったのだ。
これは数が少なくなったとは言え、絶仙という人外の存在が未だ影響するゼルフィア大陸全体において発生している問題の一例である。
しかし、聖女アスターシャの人気が厄介ごとを招くとは、当の本人も予想だにしなかったに違いない。
「ところで、フルレド様。もうひとつ、お伝えしたい情報が御座います」
「む、なんだ?」
笑みを絶やさないディーキンスだったが、鈍いフルレドでも流石に不快感を抱き始めていた。
ディーキンスの笑みが、不敵な笑みを浮かべているように思えたフルレドだったが、彼の耳元でディーキンスがもたらした情報はその不信感を吹き飛ばすものだった。
「なっ、なにぃ?! それは本当かっ?!」
仰天しすぎたフルレドは大きく開けた口から大粒の飛沫を飛ばしてしまう。飛沫のひとつが顔にあたってしまうディーキンスだったが気にする様子はなかった。
「ま、まさかっ?! そ、それは本当のことなのかっ?!」
「はい、絶対に、とまでは申し上げませんが。かなり信ぴょう性の高い情報です。
エルメリア・シィル・カスパート様の元に“絶仙会議”より極秘に召喚状が届けられた、と」
それが意味することをフルレドはすぐに悟った。
基本的に家督は男性だけが相続できると定められており、嫡男がいない場合。前当主の妻もしくは娘が相続人である男子が現れるまでの期間、代行を務めることが許されている。
ただし、唯一の例外がある。
それは初代カスパート家領主、アスターシャ・カスパートのように“絶仙”としての力を持つ者が女性だった場合。
女性でも家督を継ぐことができるのである。
いや、むしろ、それが推奨されるのだ。
このゼルフィア大陸における絶仙の誕生は、世代を重ねるにつれ減少しているのだから……。




